4-7 作戦準備完了
二度目のダンジョン攻略に向けての会議が行われている。
オンラインの向こうには、東京の異常空間対策庁の人間がいる。
前回ハンマーを届けに来た担当者と、フロニクス社の関係者がいなければ、いつもの土木関係の会議だ。
まあ、内容はほとんど治水だ。異常空間対策庁に口をはさまれると、むしろ困る。
「まず最初に、異常空間対策庁に確認ですが、今回は現場の判断で決行日を決めさせていただきます。よろしいですよね?」
「コア破壊の瞬間は、こちらでも把握したいので、事前にスケジュール調整をお願いします」
「承知いたしました。ではスケジュールが決まり次第、連絡いたします」
「お願いします」
連絡は、おそらく実施直前になる気がするが、事前には違いないから問題ないだろう。
さすがに異常空間対策庁も、前回の二の舞は避けたいはずだ。
「ではまず、フロニクス社から、破壊実施の候補日をお願いします」
「追加調査の結果、江戸層でも児島半島に渡れることが分かりましたので、その時間と干潮が重なる時間が候補になります。詳しくは三浦さんが資料にまとめてくれていますのでご覧ください」
「……この候補日の中から、ということですね」
そのとき、別のところから声が上がった。
「県の土木課より、発言よろしいでしょうか?」
「お願いします」
「南方海上で台風性低気圧が発達中です。期間中に影響が出るかもしれません」
「河川行政にはなじみのない方々のために、ご説明いただけますか?」
土木関係者はすでに台風の進路に注視している。厄介すぎるので、頼むから来てくれるな、というのが総意だ。
だが、ダンジョン関係者には説明が必要だろうと、上司が話を振った。
「現在ダムの放流は、ダンジョンが前回と同量の水を吐いた際にも下流域で洪水が起きないよう、最低限しか行っておりません」
「大変な調整をしていただいて感謝しております」
「台風の進路と降水状況によっては、ダンジョン攻略の日程に関わらず、ダムの崩壊を避けるために、緊急放流の可能性もあることをご認識おきください」
画面越しでも、表情に疲れが見える。現状でもすでに、かなり対応に苦慮していることが伝わってくる。
台風で雨量が増え、ダムの水位が上がると想定されるので、事前にダムの水を減らしておきたい。
けれど、ダンジョンのほうが下流にあるというのが、何より厄介なのだ。ダンジョンが水を吐いたと分かったときに放流を止めても遅い。結果、影響がないくらいの少量ずつしか放流できない。
もしダムの水を減らせないまま、台風で大量の雨水が流れ込んだら、ダムの水位が限界を迎える。
ダンジョンだけでなく、現実の気象と河川の流量、そして潮汐、さらに今回は台風も考慮しなければならない。それがこのダンジョンの難しさだ。
状況の確認のみで、会議は休憩に入った。
すぐに白石が寄ってきて、小さな声で質問した。
「あの、緊急放流って何ですか?」
「ダムが限界近くになった場合に、崩壊を防ぐために、入ってきた水をそのまま流すことです。下流に大量の水が流れます」
「え、でもそれじゃあ、ダンジョンが水を吐き出したら、洪水が起きるんじゃ……」
「起きますね。それでも、ダムの崩壊よりはましです」
ダム崩壊による無秩序な濁流が、流域すべてを押し流すよりはましだ。
もちろん、そんなことにならないように最善の策を取る。
それでも、どうしようもなくなったら、放流するしかない。
白石はなにかを言おうと口を開いては閉じる、ということを繰り返し、そして小さく首を振った。
台風の影響で大量の雨が降れば、ダムは綱渡りの運用を強いられる。
つくづく、荒手にダンジョンができたことが恨めしい。
気分を変えたくて、外の空気を吸おうと会議室の外の廊下をうろうろしていると、黒瀬がだれかと話しているのに気づいた。
あれは、異常空間対策庁の担当者……?
「お前ら、一度は旭川ダンジョンに入っとけ」
「しかしいまは無理です」
「あのダンジョン、いままでの常識が全く通用しない。一度でいいから、破壊前に入っとけ」
黒瀬と異常空間対策庁の担当者は同等、あるいは黒瀬のほうが気を使われている。黒瀬はいったい何者なんだろう。
「困らせるために言ってるんじゃない。同じようなものができたときに、河川安全事務所に頭を下げられるのか? これだけ丸投げしておいて」
「東北の件が終わるまでは……」
「破壊は伸ばせないぞ。お前らだって分かってるだろう」
「そうですが」
「次にダンジョンが水を吐いたら、さすがにごまかしきれない。そうなったら、矛先はそっちに向かうぞ」
異常空間対策庁の担当者は何も答えず、黒瀬に頭を下げてから歩いていった。
さて、どうしよう。このまま出ていくと、盗み聞きがばれる。かといって、会場に戻る通路はここしかない。
「三浦、出てこい。いるのは分かってる」
「え?」
さすがは探索者。三浦は隠れていたつもりだが完全にばれていたらしい。
姿を見せると、黒瀬がこちらを見ながら小さく笑っている。
「何も聞いていません」
「ふっ。お前はそういうやつだよな」
壁に向かって口笛を吹く真似をすると、黒瀬が吹き出した。
詳しいことは理解できないが、あきらかに裏事情を知ったうえでのやり取りだった。ややこしいことには触れないに限る。
それにしても黒瀬は、異常空間対策庁の担当者が一歩引くほどで、裏事情も知っている立場らしい。
「黒瀬さんって、もしかしてフロニクスのお偉いさんですか?」
「まあ、それなりには」
「なんでこんな現場にいるんですか」
「そりゃ、地元じゃけえな」
突然出た岡山弁に、返事が出来なかった。
いつものベテラン探索者という雰囲気に合わない。
「驚きすぎだ」
「イメージになかったので」
「そろそろ戻るか」
そう言って歩きだした黒瀬の背中に、三浦は告げた。
「上を通してくれれば、協力しますよ」
「お前……」
「流域の安全を守るのが、僕の仕事ですから」
ダンジョンなんて危険なものには関わりたくない。その気持ちはいまも変わってない。なんで管轄外のダンジョンの調査をさせられているのか、という思いはなくなっていない。
けれどそれが、流域の安全にかかわるのなら、別だ。
それにここは地元なのだ。そのために戦っているのは、黒瀬だけじゃない。
休憩明け、異常空間対策庁の担当者が発言した。
「ダンジョンの破壊許可はすでに承認されております。台風の接近も予想されるため、本庁としてはこれまでの整理を踏まえ、現場調整に基づく運用といたします」
「ありがとうございます」
「では、決行日が決まり次第、本庁に速やかに報告をお願いします」
「承知しました」
一つでも上手くいかなければ、すべてが終わる。そんな繊細なバランスの上での、大博打だ。
河口の水門、排水ポンプは緊急点検を行い、異常がないことを確認している。
どうか台風がそれますように。それが、それだけが、この場の全員の願いだ。




