4-6 予行演習
その日の夕方は、黒瀬たちと江戸層の児島湾大橋を確かめに向かった。
白石は灯篭のギミックが見たいと、最後まで自分も行くと主張していたが、許可はできなかった。水の近くに行くのだ。何があるか分からない。
「右です」
「ヌートリアがいないだけで、楽に思えるねえ」
「次まっすぐ」
江戸層での用水路からの洪水は、児島湾から百間川への逆流にも影響されている。
児島湾に流れ込む百間川は、満潮時は児島湾のほうが水位が高くなり、海水が逆流する。現代では河口水門が逆流を防いでいるが、できたのは昭和の時代。
いまは満潮に近い時間なので、百間川に海水が逆流し、あちこちで用水路があふれている。
それでも、ヌートリア地獄に比べれば、水だけに集中して進めるのは気が楽だ。あのときはタイムアタックでもあったので、四人とも軽くパニック状態だったのだと、いまとなっては冷静に振り返ることができる。
ヌートリアがいなければ、注意するのは洪水だけだ。水の境界に触れて、どこかに飛ばされる、それさえ回避できれば問題ない。
用水路からの洪水に注意し、迂回しながら児島湾大橋の近くまで進むと、陸がなくなった。ここが江戸時代の干拓地の端だ。
「灯篭はどこだ?」
「見当たりませんね」
古代児島のように、橋のふもとに当たる部分ですぐ見つかると思っていたのだが、どこにもない。
しばらく四人であたりを見回すが、ここが児島湾大橋に一番近い陸地のはずだ。
そのとき、何かに気づいた相良が、児島湾の中を指さした。
「あれじゃないですか?」
「水の下か」
「もう少し潮が引かないと、無理そうですね」
いままで見つけられなかったのは、灯篭自体が児島湾の中に沈んでいるからだ。上空から見れば、ただの岩に見える。
こんなところまで潮の満ち引きに影響されているとは。
「小舟が来ます」
「いちおう攻略させる気は、あるわけだ」
相良の言葉に、指さしているほうを見ると、コアへと渡るのと同じ小舟が、どこからともなく現れた。これに乗って、あの灯篭に珠を置きに行くのだろう。
こうして攻略のための道は、最初から用意されていたのだ。ただそれを見つけるのが、とても難しい。
「これで決まりだな。攻略は江戸層」
「しかも、現代層になってヌートリアが出る前ですね」
「にわか雨も気にしなくていいのは、楽だ」
晴れの予報でも、雨が降らないとは限らない。江戸層での攻略が、一番現実的だ。
「今日は引き上げよう。明日からは、江戸層の干拓地を越える練習だな」
「攻略のための予行演習ですか」
「ああ。できるだけ本番で想定外が起きないようにな」
ヌートリア地獄のようなサプライズは、一度で十分だ。これ以上何かが隠されていると思いたくないが、それでも信用ならないのがこのダンジョンだ。
ダンジョンから出て待機部屋に戻り、装備の片付けをしながら、明日からの予定を立てる。
「これからは、毎日江戸層になると同時に、児島湾の灯篭に向けて進む練習だな」
「集合は十五時でいいですか?」
「ああ。三浦、しっかり寝ておけよ」
「はい」
攻略メンバーの中で一番体力がないのだから、なるべく寝て、体力を温存しておくしかない。それで思い出した。
「そういえば、昨日の市長への説明、大丈夫でしたか?」
「お前のところの上司が収めてくれた」
「え?」
「初っ端、今回は残念な結果になったが、岡山の治水のために今後も協力をお願いしたい、って頭を下げられて、市のやつらは何も言えなくなった」
追及する前に頭を下げられたら、人情として追い打ちは難しい。
フロニクス社も、黒瀬と一緒に市役所を訪問した支社長が頭を下げたそうだ。
「おかげで小言で済んだ。向こうだって分かってんだ。ただ、どこかに責任を取ってほしいだけで」
「こういうとき、異常空間対策庁って出てこないんですか?」
「こないな。あいつらが頭を下げるわけがない」
レアメタル鉱山を握っているというのは、それだけ強いのだろう。
省庁間の力関係に思い当たってしまい、沈む気持ちを払うように小さく頭を振った。
「ダンジョン攻略の教科書が欲しいです」
「異対に言っとくわ」
「ここのことも、いずれ載るんですかね」
「うーん、どうかな。ここは特殊過ぎるから」
公開されることはないだろうが、各ダンジョンの攻略方法などは異常空間対策庁に管理されているはずだ。ここのことも記録されるだろう。
けれど、教科書が作られたとしても載らない可能性が高い。
「コアがあるってことは、ダンジョンではあるんですよね?」
「だろうな」
「ほんと、このダンジョンなんなんでしょうねえ」
考えても答えは出ない。それでも、誰かに正解を教えてほしかった。




