4-4 冷たい缶コーヒー
現代層になり、児島湾大橋がつながってから、ダンジョン入り口まで歩いて帰った。
帰りは、ヌートリアの攻撃はなく、干拓地の洪水もたいしたことがなかった。
無線で聞くと外の雨は上がっているので、やはり外の雨に左右されるようだ。
「これが昨日だったら」
「言っても仕方がない」
相良と黒瀬が話しているが、それに相槌を打つ気力もない。
事前調査のときに雨が降っていれば分かったのに。こんなところで「晴れの国」の看板に足をすくわれるとは思わなかった。
「黒瀬さん、三浦さんが限界です」
「三浦、大丈夫か?」
「もうちょっとなので、頑張ります」
「少し休もう」
ほぼ徹夜、横になって休んだと言っても土の上。そのうえ二時間の歩きは、予想以上に堪えた。
同じスケジュールで、さらに戦闘もしていたのに、普通に歩いている三人との体力の差を感じる。
なんとかダンジョンから出ると、そこには高原がいた。
「みなさん、無事でよかったです……」
「天使……」
いまは黒瀬の気持ちが分かる。この状況でそれでも無事に戻ってきたことを心から喜んでくれる高原の優しさに、救われる。
座り込んで、高原のくれた水を一気に飲む。カラカラだった身体に、水がしみわたっていく。ほんのわずかだけ、身体が軽くなったような気がした。
荒手の周りは暗く、対岸の堤防の向こうに、家の灯りが見える。
しばらくそうしていると、見覚えのある人が近づいてきた。
「おい! 夜だったら行けるって言っただろう!」
「課長、やめてください! 皆さん必死で頑張ったんです」
「……俺たちなんだよ。市長は激怒してる。市民は、なんで雨もたいしたことがなかったのに避難なんだって苦情だらけ。その全部の矢面に立ってるんだよ!」
そうだ、思い出した。市の土木課の課長だ。
「ダンジョンのために避難なんて前例のないことをやって、失敗しましたなんて言えるか……!」
「本当に申し訳ございませんでした」
黒瀬が頭を下げた。なんとか立ち上がり、その横で一緒に頭を下げる。
黒瀬のせいではない。そもそも余裕がない今日の決行に黒瀬は反対したのだ。けれど、異常空間対策庁の担当者が押し切った。文句ならそっちへと言いたい。だが、彼は彼で上の決定を伝えただけだ。
結局、みんな制度に振り回された。
「課長、次に攻略してしまえば、実はこうでしたって言えますよ、きっと」
「だがなっ!」
「これからのことを考えましょう。ね?」
高原が上司を説得してくれている。きっと矢面に立たされたのは高原だって同じはずだ。
「……明日、市長に説明するために、市役所まで来てくれ」
「はい」
上司の背中を見送った高原がこちらを向く。目の下には濃いくまが残っていたが、それでも柔らかく笑っていた。
「みなさんのせいじゃないって、ちゃんと分かってますから」
「こんな時間まで、ありがとう」
本当に申し訳なくて、それ以上何も言えなかった。
「三浦、送っていこうか?」
「高原さんをお願いします」
「私はタクシーを拾いますので、三浦さんを」
「うちの三浦は引き取るよ」
あらたに聞こえた声に顔を上げると、河川安全事務所の上司がいた。
「三浦さん、やっちゃったね」
「すみません……」
「あとは任せて、明日は、っていうかもう今日だけど、一日休みなよ」
「でも、市長への説明が」
「こんなときに仕事させるほど、鬼じゃないよ。三浦さんじゃなくてもいいでしょ。行って適当に謝っとくよ」
はい、と渡してきたのは、いつも飲んでいる缶コーヒー。よく冷えた缶なのに、不思議と温かく感じた。思わず強く握りしめる。
「そもそも、うちの管轄じゃないのに、押し付けられてるんだから」
「それは……」
「次行こう、次。洪水は発生しなかった。被害はなかった。それでいいじゃない」
いつもどおり、上司が軽い。けれど、その軽さに、救われた。
黒瀬や高原も笑っている。
さあ行こう、と上司に言われて、一つだけやらなければならないことを思い出した。
「黒瀬さん、責任者じゃないのに、謝らせてしまってすみませんでした……」
「探索者のリーダーは俺。そもそもダンジョンが、人間の思うとおりになると思うほうが間違いだ」
「うんうん。川と一緒」
「これで異対も分かっただろ。次、頑張ればいいさ。こっちこそ無理させて悪かったな」
その優しさに、悔しさと情けなさが込み上げる。
叫び出したくなり、缶コーヒーを一気にあおった。
次こそは、成功させなければならない。




