3-8 第二の石碑
児島湾大橋を渡りきると、児島半島の真ん中あたりに着く。
コア探知機の反応が示すのは、島の中心ではない。
「東側、ということは、湾沿いか、湾の中か?」
「先にドローン飛ばします」
相良が、すぐ近くにドローンを浮かせて、調査には出ずにその場でくるくると回っている。
「操作が不安定です」
「玉を持ってるときとどっちが?」
「いまのほうが制御しにくいです」
「あまり高くは飛ばさないほうがよさそうだな。水の上には出すなよ」
それを確認してから、ドローンは陸の低いところをゆっくりと飛び始めた。
「ドローン、何かありました?」
「光の玉を持っていると、ドローンの操作が不安定になったんだ」
「なんで不安定に?」
「おそらく、この異常な波動が、あの玉からも出てるんだろう」
宝珠を持って動くと、ドローンの操作がしにくかったり映像が乱れたりと、調査に影響があったそうだ。それでいまは宝珠を持ってきていない。
「ということは、コアの近くでドローンは飛ばせない?」
「そうなる」
文明の利器もダンジョンには負けるのか。
「また、登山道がありました」
「龍ノ口山の向かいか」
ここから見ると、操山の奥に、龍ノ口山が見える。
向こうの展望台からはこちらが見えた。となると、こちらにも展望台があって向こうが見えるのかもしれない。
「田嶋とここにいてくれ。何かあったら、判断は任せる」
「はい」
引き上げるにしても、出口である操山までたどり着けるのか。それを含めて、任せるということなのだろう。
田嶋と二人になると、会話がなくなってしまった。
「あの、お休みなくなっちゃって、すみません」
「問題ありません」
「お子さんに会いたいですよね」
「朝、顔を見ています」
そこしか顔を見る時間がないので、なるべく幼稚園に行く前に、家に帰るようにしているそうだ。
それだけ話したら、話題がなくなった。
やることもないので、空を見上げる。
波の音が聞こえている分、しゃべらなくてもそこまで不安にはならない。
空全体が灰色に光っているので、星は見えない。
「そういえば、ここって風がないんですね」
田嶋がこくりとうなずいた。
波の音はするが、すぐそばにある木から、葉っぱ同士のこすれる音がしない。
「雨って降ったことありますか?」
「ありません」
ダンジョン内は常に晴れらしい。さすが晴れの国のダンジョン。
となるとここで半袖で活動すると、日焼けするのだろうか。ダンジョンの太陽は、紫外線まで再現しているのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えていると、黒瀬たちが戻ってきた。
「石碑があった」
「読めないやつですか」
「ああ。なんでいまの文字で書いてくれないんだか」
「象形文字じゃないだけ、ありがたいと思うしかないですね」
筆でさらさらと書かれたような字なので、白石に読んでもらうしかない。
波動検知器と白石の古文書のおかげで、多分何か見つかるだろうなと思っていたので、そう驚きはない。
むしろ、やっと見つかったという安堵のほうが大きい。
「見に行こう。ないとは思うが、海と森からのモンスターの飛び出しに気をつけてくれ」
「はい」
ここは危険がないかしっかり見ていないから、と言われたが、おそらくここにもモンスターはいない気がする。
黒瀬の案内でたどり着いた展望台からは、やはり龍ノ口山が望めた。
「これだ。まったく分からん」
「なんとなく、一文字目が海、のような気がします。なんとなく」
「言われればそんな気がしないでもない」
そもそもどこまでで一文字になるのかもよく分からない。
「コアの波動はこの沖合だ。石碑に攻略方法が書かれているんだろう」
「じゃあ、白石さんに読んでもらえば、コアの場所、分かるかもしれませんね」
「すんなりいくかどうか。このダンジョンはちょっと信用できないからな」
黒瀬が疑心暗鬼になっている。
だがそろそろ、コアにたどり着かせてほしい。これでまた山のほうに行け、などと言われたら、キレそうだ。
「石碑はセットって感じなのに、こっちには宝珠がないんですね」
「あれが唯一のものってことだろう」
「ということは、日中にここから向こうの山を見たら、宝珠が輝いて見えるんですかね?」
「そもそもこっちに渡れない」
そうだった。ここにアクセスできるのは夜のみ。旭川を渡れれば、児島湾が陸続きになってからは渡れるが、いまのところ渡る手段がない。
「相良の調査が終わったら、戻ろう」
「あの、もし可能なら、もう少しいていいですか?」
「なんのために?」
気になっていることがあるのだ。
「江戸層の用水路が不安定なのが気になって……。もしかして、児島湾の潮位が関係しているのではないかと」
「江戸層の洪水が?」
「はい。河口水門ができるまで、満潮時には児島湾から百間川へ海水が逆流していました。その影響で、洪水が発生しているのではないかと仮説を立てました」
記録された映像を見ると、用水路の水があふれる場所や時間の規則性が見えない。そのために黒瀬たちは翻弄されていた。
ダンジョンの気まぐれ、という可能性もあるが、場所が場所だけに潮汐の影響も考えたほうがいいだろう。
「児島湾の潮位は、6時間で1メートル以上変動するので、2時間たてば確実に分かります」
「……だから日によって違うのか」
「その可能性があります。もし現実の影響を受けているなら、天気のほか、旭川、百間川の水位なんかも候補ですね」
先ほど橋げたのどこまで水が来ているかを記憶したので、帰るときに見れば分かるはずだ。
そこに、相良が近寄ってきた。
「この近辺の調査は終わりました」
「三浦が海の高さを見たいらしいから、あと1時間ほどここで過ごす」
「では、橋の向こうの調査をしてもいいですか?」
「ああ。全員で戻るか」
橋まで戻り、時が過ぎるのを待った。
「やっぱり満ち引きしてますね。それもおそらく、いまの潮汐と同じです」
高原が用意してくれていた潮汐表をみると、いまは満潮に向かう時間。ここの潮位も上がっている。
「面倒だな」
「そうでもないですよ。攻略は干潮のとき。ということは、中も干潮なら、洪水は起きにくいはずです」
「たしかに」
「それに、これ以上独立に変動するパラメーターが増えないなら、ありがたいです」
時間、旭川の水位、児島湾の潮位に、ダンジョン内の時代、これ以上は勘弁してほしい。
「ここのダンジョン、探索者だけだと攻略できないな」
「まあ確実に、河川安全事務所は巻き込まれましたね」
この地特有の外的パラメーターが多すぎるのだ。ダンジョンって独立した空間ではなかったのか。
「石碑が見つかった。洪水の原因も分かった。ってことで今日は帰ろう」
「やっと進みましたね」
きっと白石がこの石碑を読めば、コアの場所が分かるだろう。




