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旭川ダンジョン対策班、出動! ――水が消える川と時代変化ダンジョンを攻略せよ  作者: 戌葉
第1章 河道内異常空間確認報告 ―河川安全事務所・三浦
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1-3 ダンジョン初潜入

 水の裂け目から、滑り落ちるようにダンジョンへと足を踏み入れる。

 水があったのは最初だけで、着地は水のない地面の上だった。落差は身長くらいだったので、膝をつきそうになりながらも、なんとか衝撃を吸収した。


「少し奥で、止まって」

「はい」


 内側から見ると、ぽっかりと空いた口の向こうに空が見える。水の音がするのに、水はない。

 高原の足がこちら側に入ってきたところで、黒瀬がそのまま全身で受け止めて、下ろした。


「すみません」

「いえ。では進みましょう」


 田嶋も入ってきたので、ダンジョン内部へと向かう。

 いまいるのは、小さく短いトンネル、といった感じのところだ。


「ここは?」

「接続部。どこのダンジョンも、入り口はこういうトンネルになっている」


 現実でも、ダンジョンでもないらしい。ここで装備を整えてから、ダンジョンへ足を踏み入れるそうだ。


「出た先は森。モンスターはいないが、足元が平らではないので、気をつけて」

「はい」

「俺より前に出ない、田嶋より後ろに行かない、それを守ってくれ」

「はい」


 ここから先は、未知の世界。自分の心臓の音がうるさくて、水の音が聞こえない。

 先にトンネルを出た黒瀬を追って、光の中へ一歩踏み出す。


「ほんとに、森だ」

「ふしぎ……」


 後ろを振り返ると、出てきたところは、小さな石の門だった。

 身をかがめなければ通れない、背の低い門。どうやってここから出てきたのか。


「どこもこんなふうに、門になっているんですか?」

「違う。ここだけだ。それは、なんかの遺跡だろう」


 川の中に、森がある。その事実が上手く飲み込めない。

 太陽の高さは外と同じのようだが、空気が違う。何より音がほとんどしない。


「この空間って、どこなんですか?」

「異空間だと言われている」


 二つの空間がたまたまあの入り口で重なり合った。そんな感じだろうか。 


「生きものがいない……?」

「え?」

「鳥の声も、虫の声もしません」


 言われてみればそうだ。車などの生活音だけでなく、生きものの気配がない。


「そのほうが、モンスターの接近に気づける」


 ビクッと高原が肩を震わせた。そうだ。森林浴に最適そうな場所だが、ここはダンジョンだ。


「モンスターは見つかりましたか?」

「相良が探しているが、いないな」

「それって、普通ですか?」

「普通ではないな」


 分からないことが多すぎて、質問ばかりになってしまう。

 田嶋は、会話には口を出さず、周りを警戒している。


「で、どうする? 少し歩いてみるか?」

「高原さん、どうしますか?」

「私は……どちらでも」


 と言いながらも、乗り気ではないのだろう。モンスターという言葉が出てから、両手で自分自身を抱きしめている。

 だが、ここで帰っていいのか。調査に来たのに、ここだけ見て終わりでいいのだろうか。


「ダンジョンの様子は知りたいですが、私たち素人がいていいのか判断がつきません。黒瀬さん、どう思われますか? 全員の安全が最優先です」


 黒瀬は、片方の眉を上げて、こちらをまっすぐに見た。


「相良、戻ってこい」

『了解』


 しばらくすると、相良が戻ってきた。索敵という調査の役割なのだろう。ダンジョンに来るにあたって、少しだけ探索者については調べた。


「二人を連れて、どこまでなら安全に行ける?」

「少し行ったところに見晴らしのいい場所がある」


 相良は出たところから右手の方向を指している。


「そこまで行こうと思うが、どうする?」

「行きます」

「大丈夫です」


 さすがに木しか見えなかった、とは報告できない。それは高原も同じだろう。

 黒瀬について進みながら周りを見るが、本当に何もいない。まばらに立つ木のあいだから日が差すので、薄暗くはない。

 数分もしないうちに、見晴らしのいいところに出た。

 木が切り取られたように、抜けた視界の先に、青が見える。


「海……」


 青い海に、緑の島が浮かんでいる。もしかして、今いるのも島の一つなのだろうか。

 隣の高原も、少し口を開けたまま海を見ている。

 ここが危険な場所だということも忘れて見ていたくなる、そんな景色だ。

 ダンジョンとは、本当に不思議な空間だ。


「こういうダンジョンを、自然型と呼んでいる」

「人工物がないからですか?」

「普通にある地形だからだ。階層があるのは階層型とか」


 ダンジョンの入門書のようなものがほしい。


「モンスターがいないのは、いいことですか?」

「よくないな。金にならない」


 探索者は、ダンジョンのドロップ品を売って生計を立てている。

 ドロップ品はモンスターを倒せば手に入るので、モンスターがいないということは、ドロップ品も手に入らないということだ。

 しばらく海を眺めてから、黒瀬に視線を移す。


「ありがとうございます。森と海があって、見える範囲にモンスターはいない、ということは分かりました」

「満足したか?」

「はい。報告書は書けそうです」


 高原もうなずいているので、ここまででいいだろう。


「吸い込まれた水は、どこに行っているのでしょうね……」


 思わずつぶやいた言葉に、返事はなかった。

 ダンジョンとはそういう不思議空間だと思うしかないのだろう。


「戻ろう」

「はい」


 黒瀬たちも戻るようで、五人で遺跡に向かい、門をくぐって、現実世界へと戻る。


 黒瀬が先に上り、まず高原を引き上げた。裂け目から水は落ちてこないのに、水の音がするのが、ここが普通の出口でないことを教えてくる。


「手を伸ばせ」

「お願いします」


 黒瀬の手を取ると、ぐっと引き上げられたので、壁を蹴って上ると、出た先は水だった。


「うわっ」

「おいおい、出てからかよ」

「すみません」


 ダンジョンの中では水がなかったので、油断して滑ってしまった。しりもちをついたが、レインコートのおかげで濡れてはいない。

 立ち上がったが、情けなさにしばらく顔があげられなかった。

 

 荒手近くのプレハブ小屋の中で、レインコートを脱ぐ。

 ダンジョンでは匂いがしなかったことに、いまさら気づく。


「ここの鍵をお渡しします。自由に使ってください。ダンジョンに近づかないよう見張る警備員が常駐しますが、貴重品は置かないでください」

「助かる」

「それで、今後ですが……」


 帰って報告書を出さなければならない。高原もだろう。そのあいだに、できれば調査を進めてほしい。

 口に出す前に、黒瀬が答えた。


「このあと、三人で入って中を確認する。まずはモンスターがいるのかをはっきりさせたい。夕方には報告する」

「よろしくお願いします。私もなるべくこちらに来るようにします」


 黒瀬がまた、片方の眉を上げた。何かおかしなことを言ったのだろうか。

 こういうとき本来の担当である異常空間対策庁はどういう対応をするのか、教えてほしい。


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