3-6 シミュレーション
会議が終わって、近くで弁当を買ってきて、食べながら話している。
高原は下流域の洪水の可能性を知って、落ち込んでいるのか、箸が進んでいない。
「ダンジョンがどんだけ水を吐くか分からないのに、どうやって対策を立てればいいんですか……」
「いま、どれだけ水を吸っているかは大体把握しています」
「そうなのか?」
横から黒瀬が話に加わってきたが、シミュレーションのためのデータは河川安全事務所にそろっている。
「旭川の荒手の上流と下流での、流量と水位から、だいたい割り出せます。ダンジョンって、質量保存の法則まで破ってこないですよね?」
「どっかから水が湧いて出るかってことだよな? うーん、何とも言えない」
「ダンジョン内の瀬戸内海の水が全部吐き出されたら、岡山は沈むしかないので、それは起きないことにしましょう」
そんなのはシミュレーションしたところで無駄だから、吸った分だけ吐くと仮定しよう。
「じゃあ問題は、それがどっちに向かうか、ですね」
「旭川のみ、百間川のみ、両側、でシミュレーションします」
「今日は、三浦ちゃんがでぇれぇ優秀に見える」
「私は技官なんで、いつもそういう仕事してるんですよ」
というより、ダンジョン探索が、専門外なだけだ。
「めちゃめちゃ攻略条件限られてないか?」
「……児島にあるのであれば、児島湾の干潮が夜になる日、ですね」
児島に渡るには、現代層である夜。そしてダンジョン破壊で吐き出される水を排水するためには、干潮のとき。
「人員も増やしてもらえなかった」
「まあでも、フロニクスさんへの支払いは異常空間対策庁がしてくれるそうで、安心しました」
正直にこぼした言葉に、黒瀬が苦笑している。だが、けっこう切実な問題だったのだ。
「治水だからって押し切られるんじゃないかって、実は内部で話してました」
「国からお金取ってこれないのか?」
「そもそもついている予算が違うんですよ。あちらは花形部署じゃないですか」
予算も豊富にあるはずなので、もうちょっと協力してくれてもいいと思うのだが、なぜか旭川ダンジョンについては放置されている。
「まあ、川はあって当たり前だからな」
「川があるから、人間が暮らしてるんです!」
「そうですよ!」
珍しくかみついた高原に、白石も同意している。黒瀬が「ごめん、ごめん」と謝った。
だが、本当にそうだ。人の暮らしは川のそばにある。
「だが、あのダンジョンの厄介さは伝わっただろう。高原が作ってくれた資料もしっかりしてたから、いまごろ見返してるんじゃないか?」
「もっと下流とか、なんなら児島湾にできればよかったのに」
「ほんと、荒手が壊れたら、どうなるんでしょうか……」
「二の荒手でなんとかなると信じるしかないですね」
江戸時代から続く、岡山を守る機構だ。
正直なくなった場合のシミュレーションなどしたくないが、しておかなければならない。
「そうだ。フロニクス社の最新ドローン、台風のあとなどの点検のときに借りられないか聞いておいてって、上司が」
「私も借りたいです!」
「ですよね。高原さんも点検大変ですよね」
「旭川の河川敷に草が生えてるから刈ってくれとか、うちに言われてもって感じです。そっちですよ」
「でもほら、河川敷の公園は、市の担当ですからね」
この先のことは考えたくなくて、高原と管轄の押しつけ合いあるあるで笑い合う。
いつかあのときは大変だった、と笑い合うことができるだろうか。
翌日、事務所に顔を出すと、同僚が寄ってきた。
「ダンジョン、破壊だって聞きましたけど?」
「はい。それで、一件シミュレーションをお願いできますか?」
「面倒でないなら」
「面倒ではないですよ。一の荒手がなくなった場合の、旭川と百間川の流量の計算です」
飲み物を片手に持ったまま、固まっている。
「ちょっと待て。一の荒手がなくなるって、どういうこと?」
「ダンジョンを破壊した場合に、そのまま元に戻るか、そこが崩れ落ちるかは、分からないそうです」
「え? それっていいの? そんなことあっていいの?」
「ダメですね」
一の荒手は、簡単に言えば、二つの川のあいだにある低い堤防だ。旭川の水位が荒手を超えれば、百間川に水が流れ込む。
つまり、一の荒手がなくなれば、想定していない量の水が百間川に流れ込む。
二の荒手は、真ん中部分は堤防がなく、土砂を止めるための構造なので、流れを止めきることはできない。
「いや、それ壊しちゃダメでしょ」
「でも、ダンジョンが水を吐いたら、洪水しますからねえ」
「詰んでるじゃん」
「そうなんですよ」
あのとき、あの場にいた人間のうち、どれだけが気づいただろうか。少なくとも、土木関係のメンバーは気づいたはずだ。
ダンジョンを破壊すれば、それに伴う洪水の発生と、一の荒手も破壊される可能性がある。
ダンジョンを破壊しなければ、ダンジョンが吐き出す水による洪水の可能性が、ダンジョンがある限り続く。
もし、どちらかを選ばなければならなくなったら、自分はどちらを選ぶだろうか。
それ以上考えたくなくて、ダンジョン破壊で吐き出される可能性のある水のシミュレーションに集中した。




