3-3 水を吐くトリガー
目隠しは、前回よりも広範囲に設置された。上側も囲い、ダンジョン入り口が見えないようにされている。注目を集めてしまった、その対策だ。
その工事が終わってから、黒瀬と田嶋が帰ってきた。
相良の指示のもと買い出しをして迎えた。
「お帰りなさい。お水どうぞ」
「助かる。そっちはどうだった?」
黒瀬も田嶋も、ゴクゴクと水を飲んでいる。ゼリー飲料も渡したが、まずは水のようだ。
あのダンジョンには豊富に水がある。それなのに飲めなかったのはしんどいだろうな、と思う。
「一部は百間川に流れたこともあって、越水はありませんでした」
「そうか」
「プレハブ小屋は撤去されました。その代わりに、近くに部屋を借りています」
荷物置き場として使っていたプレハブは、次にダンジョンが水を吐き出した場合に、流されるかもしれない。その対策で、プレハブ小屋は撤去することになった。その代わりに部屋を借りたので、今度は装備などを置いておくことができる。
その待機部屋へ向かうと、高原、白石が待っていた。
「お帰りなさい。ご無事でよかったです」
「天使だ……」
高原が、濡れたタオルを出しながら笑顔で迎えた。
「黒瀬さん、私もいるんですけど?」
「白石も天使だよ」
「えへへっ」
これだけ軽口がたたけるなら、黒瀬の体調に問題はなさそうだ。
「温かいってことは、お湯が出るのか?」
「ガスの契約をしていないので、水と電気だけです」
ポットは用意したので、それでお湯を作った。
濡れタオルで身体を拭いてから、黒瀬と田嶋が椅子に座った。
「簡単に情報共有したい」
「はい。まず、昨日の午後3時半ごろ、ダンジョンが突然水を吐き出しました。吐き出された水は、大部分が旭川へ、一部は百間川へ流れました。一時氾濫警戒水位を超えましたが、越水はありませんでした。これがそのときの動画です」
相良を待つ間に撮影した映像を見せた。
「うわあ……」
「こんなになってたんですか……」
「遠くから撮られた画像が、ネットに流れています」
動画を見て声をあげたのは、白石と高原で、黒瀬は画像をじっと見ている。
「昨日何か中で、いつもと違うことをしましたか? 初めて行った場所があるとか、宝玉を動かしたとか」
「いいや。昨日は夜の調査だったから、その時間は入ったばかりだ」
「となると、水を吐き出した原因から、中での操作は除外できますね」
やはり、水が限界まで溜まった、時期が来たなど、ダンジョン側の事情の可能性が高そうだ。
「このダンジョン、やばいんじゃないですか? 水を吐き出すとか、ちょっと意味が分からないです」
「黒瀬さん、探索者としての勘でいいんですが、どういう原因だと思いますか?」
「一定量まで吸ったら吐く、というのが一番シンプルだろう」
「となると、同じ量まではまた溜めて、吐き出すということになりますね」
次もある。全員がそう思っている。
今回と同じ量を吐き出すと考えて、8割くらいからは警戒するようにしたほうがいいだろう。
あとは、できてから44日ということで、44日周期を警戒するくらいか。
二回目が来ないと答え合わせができないのが困る。
「今回は、児島湾の満潮時間とずれたため排水できましたが、もし満潮だったら、河口付近で越水したかもしれません」
「だろうな」
「いままでは危険がないという想定でしたが、治水に影響するとあっては、早急な調査完了が求められるでしょう」
広瀬は目を閉じて何かを考えている。
「高原さん、市民のほうは問題ありませんでした?」
「勝手にダムの放流ってことになってて、なんとか」
「上流の水位が上がっていない、というネットの書き込みもありましたね」
「それは水位計の異常ってことにする、と上司は言ってて……」
「うちの水位計なんですけど」
水位計は河川安全事務所の管轄だ。高原が苦笑いしている。
ダンジョンを隠す以上、そう言うしかないのは分かっている。
「でも、荒手で何やってるんだっていう市民から問い合わせが、こちらに来ちゃってるんです」
「すみません」
「全力で誤魔化しましたけど。どうにもならなくなったらそっちに回しますね」
やり返されてしまった。持ちつ持たれつでやっていくしかない。
一番今回災難なのは、まったく関係ないのに原因にされた県のダムの担当者だろう。
「いつまで誤魔化せますかね……」
「そう長くはもたない気がします。異常空間対策庁が握りつぶしてくれればいいんですが」
全員がカメラを持っているのだから、いつまでも隠しきることは無理だろう。
いろいろと秘密主義の異常空間対策庁にお願いしたい。
「そうだ、異常空間対策庁との会議が決まりました」
「いつですか?」
「来週です」
「ずいぶん、のんびりですね」
高原が辛辣なことを言っているが、実際そうだと思う。こちらは、災害一歩手前だったのだが、状況を理解しているのだろうか。
「三浦、明日からは三人で入って、異対が来るまでになるべく調査を進める。お前たちにも手伝ってほしい」
「はい」
これは緊急事態と言うことで、許されるはずだ。
「でもとりあえず今日は寝させてくれ」
「寝てないんですか?」
「寝袋持ってなかったから、調査してた」
「お疲れ様です」
それなら明日は休みにしたほうがいいのでは、という言葉が喉元まで出かけたが、飲み込んだ。
ダンジョンの危険と体調管理は、プロである黒瀬たちのほうがよく分かっているはずだ。




