3-1 氾濫警戒水位
「旭川の下流水位、急上昇中!」
「旭川、警戒水位超えました!」
「市に連絡します!」
「百間川にも流れています!」
快晴のその日の午後。
突然ダンジョンが水を吐き出した。
ダンジョン入り口を映しているカメラの映像は、大量の水が吐き出されて渦を巻く様子を最後に途絶えた。
「カメラが……」
「流されたのか」
全く無警戒だったところに大量の水が現れ、河川安全事務所の中が慌ただしくなる。
「いつまで続くんだ……?」
「児島湾の満潮時刻まで、あと4時間です!」
「間に合ってくれ、頼む」
旭川は児島湾に流れ込む。児島湾は瀬戸内海とつながっており、干満の差が激しい。児島湾の水位が旭川よりも上昇すれば、水門は逆流を防ぐように働く。つまり、ダンジョンの吐き出した水が排水されずに下流にとどまる。
市職員の高原に電話をかけると、すぐに出た。
『三浦さん、洪水の可能性って』
「ダンジョンが水を吐き出しました」
『えっ?』
水を吸うだけでなく吐き出すなど、聞いていない。それは全員の思いだ。
「僕は荒手に向かいます」
『黒瀬さんたちは……』
「中です。無線で連絡できるかやってみます」
『私はいま動けなくて』
「分かっています。市民の避難、お願いします」
雨も降っていないのに、突然の増水。いまごろ市は蜂の巣をつついたような大騒動のはずだ。
職員が走り回る河川安全事務所を出て、荒手へと向かった。
「ダンジョン内の黒瀬さん、相良さん、田嶋さん、聞こえたら応答してください」
何かあったときに連絡を取れるよう、ダンジョン内と唯一連絡の取れる無線機を借りている。
『黒瀬だ。何かあったか?』
「みなさん無事ですか?」
『ああ。何かあったのか?』
「ダンジョンが水を吐き出しています。そちらが問題なければ、出ないでください。危険です」
突然の水は、旭川に流れきれず、一部の水は荒手を超えて百間川へも流れ込んでいる。荒手には近寄れない。
入り口の目隠しのための囲いは流された。
『了解。こちらは変化なし。相良に現場に来るように、フロニクス社に連絡してくれるか?』
「承知しました。すぐ手配します」
電話をかけようとしたところに、警備員が駆け寄ってきた。
「危険です! 避難してください! あ、河川安全事務所の方ですか」
「用事が終わり次第、すぐ避難します。市民の誘導お願いします」
ダンジョンに人が近づかないように見張っている警備員も避難誘導に加わっていた。
フロニクス社に連絡し、水が吐き出される様子を撮影していると、相良が駆けつけた。
「これは……」
「30分ほど前から、水を吐き出しています」
「黒瀬たちは?」
「内部に異常はないようです。無線で連絡が取れました」
相良が小さく息を吐きだした。そして、無線でお互いの無事を確かめた。
「ここでできることはありません。避難しましょう。動画はお渡しします」
「はい」
警備員がこちらを気にしているので、避難しよう。
水の放出は、1時間ほどで止まった。越水は発生していないそうだ。
「水位が下がってきましたね」
「三浦さん、今回の件どう思いますか?」
相良が岡山弁ではないので、仕事モードだ。
「いままで溜めていた水を吐き出した、と考えるのが妥当でしょう」
「なんのきっかけでしょう?」
「満杯になった、時間になった、中で何かトリガーを引いた、偶然、あと何かあるでしょうか」
いろいろとあげてみるが分からない。
こちらからも質問がある。
「相良さん、目隠しがなくなりましたが、黒瀬さんたちの脱出、どうしましょうか」
「夜を待って、ですかね。目隠しいつごろできますか?」
「早くて明日ですね。水位が下がらないことには、工事に入ってもらえません」
「ひとまず、中に連絡します」
無線が届く範囲まで近づいて、相良が呼びかけた。
「相良です。聞こえますか?」
『黒瀬だ。聞こえている』
「水の放出は終了。水位が高く、目隠しが流されました」
『最設置は?』
「早くて明日です」
『今夜は中で過ごす』
「必要なものは?」
『問題ない』
短いやり取りののち、黒瀬と田嶋は中で夜を越すことに決まった。
事務所に戻って、ダンジョンの吐き出した水の推定を行う。
どれくらいの水が吐き出されたのか。吸い込んだ水を吐き出したのなら、吐き出しきったのか、まだ残っているのか。
分からなければ、対策の立てようがない。
そこに上司が現れた。
「三浦さん、明日、自治体との緊急会議が決まったから、資料の用意をお願いしますね」
「機密事項は?」
「機密保持契約ののち、すべて開示。異常空間対策庁の許可は取ったから」
明日まで、休む時間はなさそうだ。




