2-18 異常空間対策庁の事情
フロニクスの会議室で、オンライン会議の開始のボタンを押す。つながった画面の向こうにいるのは、東京本社の幹部だ。
「黒瀬、新しいダンジョンはどうだ?」
「うま味はない」
「資料に、モンスターがいないとあったが、そんなダンジョンあるのか?」
「地形変化が敵だ。しかも水面に触れると飛ばされる。とんでもなく攻略が面倒だぞ」
時代の地形変化と、水の境界。その組み合わせだけでもううんざりだ。
しかもあのダンジョン、他にも何かありそうな気がする。それは長年ダンジョンに潜ってきた探索者としての勘だ。
あれは、普通のダンジョンではない。
それよりも、画面の向こうの相手に、聞きたいことがあった。
「異対は?」
「東北に出現したダンジョンにかかりっきりだ」
「稼げそうなのか?」
「かなりな。ダンジョンは大型、しかも高価なドロップが出る。うちも増員を送り込んだ」
国がひた隠しにしている東北の特級案件。詳細な調査が終わって公表されれば、とんでもない騒ぎになるだろう。
そのあおりで、あとから見つかったこの岡山の現場は放置されている。
機密保持という都合のいい言葉で、河川安全事務所の三浦たちには何一つ知らされていない事実だった。もちろん相良と田嶋も知らない。
「こっちはなあ、正直、肩透かしなのか、とんでもない隠し玉があるのか、判断がつかん」
「モンスターがいない時点で肩透かしだろう」
「そうなんだが……。本当にそうだろうか」
普通のダンジョンではないからこそ、ドロップも普通の方法では手に入らないのではないか。
それが、素人である三浦や白石の参加に反対しない理由だ。
「で、本題は?」
「増員は無理そうか?」
「無理だな。向こうがお宝ダンジョンだから、あっちに予算をバンバン使ってて、そっちにはいかない」
「厳しいな」
いつも予算がないと申し訳なさそうに頭を下げる公務員コンビのためにも、増員したい。できれば二人。
そのためには、異常空間対策庁の許可がいるのだ。
「河川安全事務所の技官はどうだ?」
「素直で、こちらの言うことを聞いてくれる。なにより安全第一」
「ほお。現場に出るようなやつが、珍しいな」
まあ、そういう感想になるのは分かる。俺も最初はそう思った。素人が出しゃばってきやがった、と。
「……希望して現場にいるのは、大学院生くらいだ」
「まじか」
「上に言われたので仕方なく来ました、って感じだぞ」
「気の毒に。東北の新ダンジョンがなければ、もう少し異対も乗り気だったんだろうが、完全に河川安全事務所に丸投げだからな」
公務員コンビは、どちらも責任感が強すぎる。公務で未知のダンジョン調査など、辞表をたたきつける案件だろう。
「まあおかげで、こっちは週休二日だ」
「二日? 調査案件は休めないだろう。大丈夫か?」
「異対にちゃんとお伺いを立てたうえで、『安全配慮義務違反になるので休んでください』って言われた」
「なんだそれ」
「お伺いをたてられたときの異対の担当者の顔が見たかったな」
「丸投げしてるから、強く言えなかったのか。俺たちにはめちゃめちゃ圧かけてくるのに」
常識も文化も違うが、どちらも公務員。正論に勝てなかったんだろう。
「民間人が三人になって、大丈夫なのか?」
「パパが三人は無理だって言ったから、市役所の職員は留守番になった」
「パパ?」
「田嶋だ。『だから危ないってパパ言ったでしょう』と大学院生に言ってたぞ」
本当に可笑しい。ダンジョンも、メンバーも、いろんな意味で可笑しい。
「それは笑っていいところか?」
「周りが見えずに突っ走るのは危険だが、田嶋が上手くコントロールしてる。それに、コアの手がかりを見つけたのは彼女だ」
「そうか。お前がいいならいいが」
地道に探していたら、龍ノ口山にたどり着くまでに、どれだけ時間がかかっていたことか。
彼女の知識と明後日の方向への情熱は、間違いなくこのダンジョン攻略の鍵だ。
「ってことで、なんとか予算取ってきてくれ」
「現場は下っ端に任せて、お前がこっちに戻って直接言えばいいだろう」
「地元なんだよ」
「だからって、お前が出ていかなくても」
まあそうなんだが、できたのがあの川でなければ、あそこでなければ、と思わないではいられない。
「あの川は特別なんだ。あの川があるから、岡山は水害とは縁がない。みんながそう信じている」
「金にならないのに」
「ほんとにな」
回線を切り、机に頭を預けた。
誰も知らない、知らされていない戦いが、ここにある。
小さく息を吐き、窓から旭川の流れを見下ろした。
ダンジョンがあることなど感じさせず、静かに流れている。
どうかずっと穏やかな川であってほしい。




