2-8 森の外
ダンジョンが、岡山の地形を模していると分かった翌日。
探索者だけで森の外へ行こうと決めていたはずなのに、三浦がプレハブ小屋に現れた。
「最初だけ、一緒に入ってもいいですか?」
「何をするんだ?」
「測量です」
そう言ってこちらに、手の中に納まる機械を見せた。
何がしたいのか分からないが、20分もあればできると言うので、一緒にダンジョンに入った。
三浦は迷わず森を西に進むと、古墳に近づいた。
朝なので、古墳は苔むしておらず、きれいだ。
その石の上に、手に持った機械を置いた。
「あっちにレーザー飛ばすので、動かないでくださいね」
そういうと、赤い光が伸びて、南側にある古墳の石に当たった。
「35.5メートル。リアルの計測結果と一致ですね」
「もしかして、測ってきたのか?」
「はい。この森の中の縮尺は、おそらく現実と同じですね」
いや、分からん。分かるように説明してくれ。
「本当はもっといろいろ計測したいですが、とりあえず現実とダンジョンで、目印になりそうなものが古墳しかないんですよ。しかもお互いに見えるのがここしかなくて」
「それが?」
「地形が再現されているとして、それが等倍率なのかどうなのか、というのが気になりました」
「箱庭みたいになっていないかってこと?」
「そうです」
相良は目的が分かったようだ。
縮小されて、あるいは拡大されて、ダンジョン内に再現されていないか、というのが気になったらしい。
「時代が変化しても山はそう大きく変化しないでしょうし、現実に古墳もありますから。それで比べました」
「なるほど?」
それが分かって何かいいことがあるのか、ピンとこない。
「ということで、高原さんから送られてきた地図をプリントしてきましたので、使ってください」
「これ……」
「白石さんの古地図と比べて、この時代はこのあたりが海岸線だろうっていう予想図です」
すごいものが出てきた。これと、ドローンの画像を合わせれば、地形変化が地図上で分かる。
しかも、そこまでの距離は現実と変わらない。歩いて到着するまでの予想も立てられる。
三浦はまだ森の外の縮尺が等倍率か分からないと言っているが、外に行くほど広がってるなんてこともないだろう。
「お前、実は探索者に向いてるんじゃないか?」
「まさか。地図は、高原さんの案ですよ」
とりあえず行ってみよう、身体で感じよう、という肉体派が多いだけで、論理的に考えられる人材もきっと必要だ。
三浦を出口まで送ったあと、相良が思わずという感じでこぼした。
「探索者の常識にとらわれ過ぎているってことですか……」
「俺たちは、地図は中で作るものと思ってるからな」
現実の地形が再現されていると知っても、現実の地図を活用することに気づかなかったことが悔しいようだ。
だがそもそも、通常のダンジョン内の地図は、こんなにリアルさを求められない。だいたいの道順が分かれば十分だ。
「こんだけ常識破りのダンジョンなんだ。仕方ないさ」
田嶋がポンッと相良の肩をたたいた。
気を取り直して、森を出る準備をする。まずは、安全に降りられる道を探す必要があるが、それはすでに調べてある。
「海側からでいいですか?」
「ああ。本命は海側だろう。とは思うが龍ノ口山も捨てられない」
「龍神ですか」
探索者の真逆の発想をすれば、龍ノ口山になる。そこに白石が注目している。それが気にかかるのだ。
「田嶋、降りられるか?」
「はい」
短く答えると、近くの木にロープを結んでから、するすると斜面を下っていった。元消防士だけあって、迷いがない。
調査に三名と言われたときに、まず地図作成で相良を指名し、もう一人戦闘能力の高いメンバーを入れたかったが、すぐに動ける者がいなかった。それで、田嶋を指名したのだが、素人の護衛をし、こういう場面でも活躍しているので、結果的に正解だった。
あっという間に、斜面にロープが張られ、道ができた。
相良が先に降りて、その後から降りる。
降り立ったそこは、しばらく続く平らな地の向こうに、青い海が広がっていた。
「白石が、古代の海って大喜びしそうだな」
「同じことを思いました」
もちろん探索者としては、この海をどうやってわたって、あの島まで行くか、という方法にあれこれ考えをめぐらせている。
けれど、海は海として、景色を楽しんでもいいのではないか、そんな思いが浮かんだ。
そのまま山の周囲を進むことにした。
「モンスター、いませんね」
「モンスターのいないダンジョンは、ダンジョンと呼んでいいのか?」
「異対はどう考えているんですかね。これを知っていて、河川安全事務所に丸投げなんでしょうか」
「だったら、そもそもうちに話が来ない」
フロニクスは超大手なのだ。依頼料金だって高い。モンスターがいないと分かっていれば、もっと安いところに頼むはずだ。
モンスターも出てこないので、あれこれ話しながら、山の周りをぐるっと回るために西に向かって歩く。
リアルと同じ距離だとすると、何もなければ5時間もかからない。
特に何もないまま、山の周りを歩き、そろそろ東側のふもとにたどり着く、というときだった。
目の前の地面が、ゆらゆらと揺らいでいる。
「警戒しろ!」
いないと思っていたモンスターが出てくるのか? それにしては、揺らいでいる範囲が広い。
息を殺したまま揺らぎを見つめている前で、湿地帯に見えていたところが、突然川になった。そう思うと、また湿地帯に戻る。
「百間川……」
「川が生えた」
いまは江戸時代なのだろう。
そのとき、相良が振り返った。
「岡山城が」
いつからあったのか分からないが、遠くに岡山城が見える。
周りに、家はない。家があれば、もっと時代が分かるはずだが、岡山城だけは、普通の家とは別の扱いのようだ。
「ご丁寧にランドマークか」
ここにきて、少しだけダンジョンの意思が見えた気がする。
百間川が安定するまで、そこで変化を観察した。




