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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★第5話 追撃のツインテール

 多重階層都市ソラリス、その下層部に近い「セクター51」。かつての工業地帯の名残を留めるこの場所は、林立する巨大な煙突と、複雑に絡み合う錆びついた配管が迷宮を形成している。人工太陽の光も届きにくいこの薄暗いセクターに、突如として異変が訪れた。


「アビス・ゲート開放……いえ、これは『自然発生型』の小規模な裂け目です! ですが、中から現れたヴォイドの反応が……速い! これまでのデータにない移動速度です!」


 参謀のアリアの鋭い声が、第7部隊「ノヴァ」の通信回線を駆け抜けた。彼女の操る三機のドローンが捉えた映像には、夜の闇を切り裂く紫色の残像が映し出されていた。


「クッ……! 速すぎるわ!」


 クロエが舌打ちと共に白銀の槍を突き出す。しかし、その必殺の刺突は、空気を切り裂く音だけを残して虚空を穿った。紫色の影――高速移動特化型のヴォイド「ストライカー」は、重力を無視したかのような挙動で配管の壁を蹴り、クロエの背後へと回り込む。


「クロエ、後ろ! 私が抑える!」


 リナが細剣を抜き、電光石火の速さで迎撃する。金属音が火花と共に夜の静寂を切り裂くが、ヴォイドの加速は止まらない。リナの剣筋さえも、その圧倒的な「速度」の前には後手に回らざるを得なかった。


「アリア、敵の進路予測を!」


「無茶を言わないでください! この閉鎖空間での乱反射的な移動は、既存の演算アルゴリズムでは追いきれません。私たちの『目』が追いつかない……このままでは、翻弄されるだけです!」


 アリアの冷静な声に、微かな焦りが混じる。第7部隊の誇る「情報の刃」さえも、物理的な極限速度の前には沈黙を強いられていた。


 その戦場の中心で、桃色のツインテールを揺らす少女、モモは独り、巨大な大剣を地面に突き立てて立っていた。彼女の瞳には、かつて見た「孤独」の景色が重なっていた。


 モモが生まれたのは、ソラリスの下層にある、陽の光も届かない小さな居住区だった。

 彼女は、生まれながらにして「異常」だった。

 3歳の時、母に抱きつこうとして、母の肋骨を三本折った。

 5歳の時、近所の子供たちと「力比べ」をして、鋼鉄製の遊具を飴細工のように捻じ曲げた。

 10歳の時、居住区を襲った小規模なヴォイドを、ただの鉄パイプ一本で叩き潰した。

 周囲の人々は、小さな体躯にそぐわない腕力を持つ彼女を「英雄」とは呼ばなかった。彼らの目に宿っていたのは、理解を絶する怪物を見る「恐怖」だった。

 「オーガ(鬼)の娘」「化け物」。そんな陰口が、モモの幼い心を幾度となく切り裂いた。

 そんな少女の唯一の救いは、家族だった。


「モモ、あなたの力は神様からもらった大切なギフトなのよ。いつか、誰かを守るための力になる。だから、自分を嫌いにならないで」


 母の温かな言葉と、折れた肋骨を隠して笑う父の優しさだけが、彼女をこの世界に繋ぎ止めていた。

 だが、学校に行けば、同級生たちは彼女が近づくだけでクモの子を散らすように逃げていった。彼女が優しく触れようとするだけで、相手は怯え、身を固くした。モモにとって、自分の「力」は愛するものを壊してしまう呪いであり、自分を世界から切り離す壁だった。

 12歳になり、衛士の適格検査を受けた時、試験官たちは驚愕した。彼女のエーテル適応値は平均的だったが、その「肉体的な出力」が測定不能を叩き出したからだ。

 衛士になれば、自分のこの力をみんなを守るために使える。初めて自分の居場所を見出したモモは迷わず衛士を志すことになったのである。

 だが、彼女に待っていた現実は残酷だった。


 訓練学校に入学した後も、彼女の孤独は続いた。標準的なエーテル兵装である細剣や短槍は、彼女が全力で振るうたびに負荷に耐えきれず、自壊した。


「自分に合う武器がない」


 教官たちは溜息をつき、彼女を「扱いにくい出来損ない」として片付けようとした。

 そんな時だった。モモはある教官に言われて訪れた武器庫の奥深くで、埃を被って放置されていた「それ」に出会った。

 全長二メートルを超える、歪な形状の巨大な塊。それは、かつて衛士隊の兵装部が「一撃の破壊力」のみを追求して試作したものの、重すぎて振るえる衛士が一人もおらず、失敗作だが破棄するには惜しいサンプルとして保管されていた大剣「イグニス・ゼロ」だった。


「……ねえ。あなたも、私と同じなんだね」


 人々を守る力として期待されながら、実際には力ばかりで扱いにくい出来損ない。

 モモがそっと話しかけながらその柄に触れた瞬間、大剣が淡く共鳴した。他の衛士が二人がかりでも動かせなかったその鉄の塊を、モモは羽毛のように軽々と持ち上げた。

 その瞬間、彼女の中で何かが弾けた。壊すことを恐れて縮こまっていた彼女の魂が、この巨大な「相棒」と出会うことで、初めて解き放たれたのだ。


 そして今、彼女は第7部隊という「居場所」にいる。

 リナは、彼女を「怪物」ではなく「仲間を支える剣」として呼んだ。

 クロエは、彼女を「相棒」として認め、背中を預けた。

 アリアは、彼女を「勝利に不可欠なピース」として計算に組み込んだ。


「……私は、もう化け物じゃない。私は、ノヴァのモモなんだから!」


「モモ! 危ない、避けて!」


 リナの悲鳴が響く。「ストライカー」が音速の壁を突破し、モモの首元を狙って鎌のような腕を振り下ろした。だが、モモは避けなかった。


「……逃がさない。この場所を壊そうとする奴は、私が全部、なぎ払う!」


 モモの両足が、アスファルトを深く砕いて固定される。彼女は背中の「イグニス・ゼロ」を、信じられない速度で引き抜いた。


「アリア! 座標指示なんていらない! ここから半径十メートル……全方位、真空になるまでかき回すから、三人は下がってて!」


「モモさん!? そんな無茶なエーテル出力、身体が持ちません!」


「いいから! 信じて、隊長!」


 リナは一瞬、モモの瞳に宿る烈火のような決意を見た。


「……全員、離脱! モモを信じなさい!」


 リナはが鋭く叫ぶと、クロエ、アリアは瞬時に後方へ飛び退く。

 一人残されたモモを中心に、大剣が唸りを上げた。


挿絵(By みてみん)


「重力共鳴、全開……! 回れぇぇぇ!!」


 それは、「剣術」と呼ぶにはあまりに野蛮で、あまりに圧倒的な「現象」だった。

 巨大な鉄の塊が、遠心力とエーテルの爆発的な加速を得て、セクター51の夜を切り裂く。モモのツインテールが嵐の中で激しく踊る。


キィィィィィン!!


 耳を劈くような金属音。高速で接近していたヴォイド「ストライカー」は、逃げることさえ叶わなかった。モモが作り出した「絶対破壊圏」の中では、速度など何の意味も持たなかった。どこに動こうとも、そこには超重量の刃が待ち構えている。


ギ、ギャァァァッ


 ヴォイドの身体が、モモの薙ぎ払いによって粉々に粉砕される。一度の旋回。二度の旋回。モモは大剣の重さを利用して独楽のように回り続け、周囲の配管や放置された重機ごと、ヴォイドの残党を塵へと変えていく。


「……はぁ、はぁ、はぁ……!」


 嵐が止んだ。

 路面には直径20メートルにも及ぶ巨大なクレーターが穿たれていた。その中心で、モモは大剣を杖代わりにして、肩で息をしていた。


「……やった、よ。隊長」


 ふらりと倒れそうになるモモの身体を、真っ先に駆け寄ったリナが抱きとめた。


「モモ! 大丈夫!? 無茶しすぎよ!」


「あはは……。でも、気持ちよかった。私、やっと信じられた気がする。この力は、みんなを守るためにあるんだって言ったママの言葉」


 モモの笑顔には、かつての孤独な影は微塵もなかった。クロエが呆れたように溜息をつきながら、槍を収める。


「……まったく。あなたの薙ぎ払い一発で、私の出番がなくなるじゃない。少しは手加減を覚えなさい」


「ふふ、計算外の破壊力でしたね。でも、おかげでセクター51の脅威は完全に排除されました。お疲れ様、モモさん」


 アリアがドローンのデータをシャットダウンし、優しく微笑んだ。

 遠く、ソラリスの上層から、都市保安隊の輸送ヘリが到着する音が聞こえてくる。彼らは、リナたちが切り拓いたこの平和を維持するために、これから瓦礫の撤去と市民の安全確保に当たるだろう。


 モモはリナの腕の中で、夜空を見上げた。

 そこには、アビス・ゲートの裂け目ではない、人工太陽の残光に照らされた美しい星々が輝いていた。


「私、この部隊が大好き。……ずっと、一緒にいようね」


 少女の純粋な誓いが、夜風に乗って消えていく。

 怪力ゆえに孤独だった少女は、今、かけがえのない仲間と共に、自分の生きるべき空を見つけていた。


 第7部隊「ノヴァ」。

 彼女たちの絆という名の重力は、どんな高速の絶望さえも、逃がすことはない。

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