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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★第4話 情報という名の刃

 衛士隊専用の演習場「アイギス・ドーム」には、今日も今日とて激しい金属音が鳴り響いていた。

 第3部隊――最強と謳われる「ヴィクトリア」に完敗を喫してから、第7部隊「ノヴァ」の日常は一変した。隊長であるリナが打ち出したのは、基礎の徹底的な反復である。


「モモ、今のスイング! あとコンマ三秒早く振り抜いて! クロエ、モモの太刀筋が終わる前に予備動作に入って!」


 リナの鋭い指示が飛ぶ。彼女はマヤから受けた「隊長としての孤独と責任」という教えを胸に、自らも細剣を振るいながら仲間の動きをミリ単位で修正していた。


「了解だよ、隊長! 重力加速、最大……おりゃぁぁ!」


 桃色のツインテールを激しく揺らし、モモが巨大な大剣を旋回させる。その風圧だけで周囲の空気が爆ぜるような衝撃が走る。彼女の役割は広範囲の掃討だ。

 続いて、その旋回が終わる瞬間に滑り込んだのは、槍士のクロエだった。


「……ふっ!」


 白銀の槍が、仮想敵ダミーの胸部を一寸の狂いもなく貫く。彼女たちの動きは、数日前に比べれば格段に鋭さを増していた。しかし、演習場の片隅で、幾層ものホログラムスクリーンと三機のドローンを操るアリアだけは、どこか精彩を欠いていた。


 アリアの脳裏に焼き付いていたのは、第3部隊の参謀、リリスの姿だった。彼女はアリアと同じく情報の分析を担当しながら、同時に「光魔導師」として杖を振るい、強力なエーテル干渉で攻撃にも参加していた。


(リリスさんは、情報分析のプロでありながら、自分自身も強力な『武器』を持っている……。それに比べて、私は……)


 アリアが操るドローン『アイリス』『ルナ』『セレネ』は、戦場のすべてを可視化する優れた目だ。しかし、それ自体に敵を屠る力はない。エーテル兵装としての出力はすべて演算と通信に回されており、彼女自身には攻撃手段が皆無だった。


「アリア、どうしたの? 今の座標データ、更新が2秒遅れてる」


 リナが歩み寄ってくる。リナは真面目で責任感が強く、常に全体を把握しようとしている隊長だ。アリアは慌ててホログラムを操作したが、その指先は微かに震えていた。


「すみません、リナさん。……少し、計算のリソース配分を考えていました」


「嘘ね。あなたの演算能力なら、そんなことで動きが止まるはずがないわ」


 リナはアリアの横に座り込み、その金髪の少女を真っ直ぐに見つめた。リナの瞳には、仲間を「戦士」として信頼しようとする強い決意が宿っている。


「アリア。リリスさんのことを気にしてる?」


「……わかりますか。彼女は凄いです。情報を制しながら、自らも戦場を焼き尽くす力を持っている。今の第7部隊において、私はただ『見てるだけ』の存在なんじゃないかって。攻撃力を持たない私が、皆さんの足を引っ張っているんじゃないかって……そう、思ってしまうんです」


 アリアの独白。論理的な彼女らしくない、感情的な吐露だった。リナは静かに首を振った。


「アリア。第7部隊の戦術は『モモが薙ぎ払い、クロエが突く』。でも、それはあなたが『どこを薙ぎ払い、どこを突くべきか』を教えてくれるから成立するの。目が見えない剣士がどれだけ強くても、それはただの暴力よ。あなたがいて初めて、私たちは『正義の剣』になれる。私はそう信じてる」


 リナの言葉。それは、マヤから受け継いだ「仲間を信じる愛」の形だった。アリアは眼鏡を押し上げ、小さく息を吐いた。論理的な根拠はない。しかし、リナのその言葉は、アリアの冷え切った計算回路を温めるには十分だった。


「……ありがとうございます。データ外の励ましですが、今の私には必要な『補給』だったようです」


 翌日の夜。

 第7部隊は初めての夜間当直を担当することになり、「夜間哨戒」に出ることになった。

 場所は、ソラリスの下層に近い工業セクター。人工太陽の光が届かず、複雑な配管と影が入り組む、衛士にとっても最も神経を使う戦域だった。


「アリア、夜間モードのドローンを最大展開。司令部から、この付近で小規模なアビス・ゲートの予兆があったそうよ」


 リナの指示に、アリアが頷く。


「了解。セクター内、全域をスキャン。……来ます!」


 アリアの警告と同時に、虚空から不気味な紫色の光が漏れ出した。裂け目から這い出たのは、これまでに見たことのないヴォイドだった。

 その姿は、まるで不定形の影。周囲の闇に完全に溶け込み、視覚的には輪郭を捉えることさえ困難だった。


「どこ!? 全然見えないよっ!」


 モモが大剣を構えるが、敵の気配が掴めない。闇の中から、鞭のような触手がモモの肩を掠めた。


「ぐっ……! 今の、どっから来たの!?」


「モモ、動かないで! クロエ、援護を!」


 リナが叫ぶが、クロエの槍も虚空を切る。夜戦という不慣れな状況に加え、敵の「光学迷彩」に近い特性が、前衛の二人を翻弄していた。


挿絵(By みてみん)


(視覚データは無効。赤外線スキャン……ノイズが多すぎる。エーテル波形の共鳴……微弱。このままじゃ、みんなが……!)


 アリアの焦りが頂点に達した。その時、リナの声が通信越しに響いた。


『アリア、自分を信じて。あなたの目は、私たちが見ることのできない「真実」を捉えるためにあるんでしょ!』


 その言葉が、アリアの思考を加速させた。攻撃力がない?それがどうした。自分は情報の刃だ。この闇を切り裂く、唯一の光になる。


「……すべてのドローン、自立制御を解除。私の脳波と直結ダイレクト・リンクして! 演算リソース、90%を音響解析とエーテル共鳴の逆位相計算に回します!」


 アリアの眼鏡の奥で、膨大な文字列が光速で流れる。彼女は目をつむった。

 ドローンから送られてくるのは、もはや画像ではない。音の反響、空気の粘度、微かなエーテルの歪み。それらがアリアの脳内で「色」として再構成されていく。


「見えた……。座標、4−2−9!モモさん、その方向に全力で薙ぎ払いを!敵は三体、三次元的な包囲網を形成しています!」


 アリアが座標を指定した瞬間、後方にいる保安隊の装甲車から重機関銃が絶妙のタイミングで発射され、四人を支援した。彼らも一緒に戦っているのだ。


「了解っ!アリアが言うなら、そこだよね!おりゃぁぁぁ!」


 保安隊による支援射撃のあと、モモの大剣が何もないはずの空間を粉砕した。紫色の液体が飛び散り、隠れていたヴォイドがその姿を晒す。


「クロエさん、次は上方!十時の方向からプレデター級が急降下してきます!コアの露出まで、あと二秒!」


「……捉えた!」


 クロエの槍が、闇を切り裂く一筋の光となってプレデター級の核を貫いた。アリアの指示は、もはや「予測」ではなく「確信」へと変わっていた。彼女の脳内では、戦場のすべてが手のひらの上のパズルのように組み上がっていた。


「リナさん、最後の一体。あなたの足元、配管の影です。三、二、一……今!」


「はぁぁっ!」


 リナの細剣が、背後から襲いかかろうとしたヴォイドを正確に斬り伏せる。

 静寂が戻った。闇に包まれていた工業セクターに、ヴォイドが霧散した後の残光だけが漂っている。

 リナたちは荒い息をつきながら、アリアの元へ歩み寄った。アリアは直結を解除した反動でふらついたが、その表情にはかつてない達成感が浮かんでいた。


「アリア、凄かったよ!あんなの見えないのに、どうやってわかったの?」


 モモが興奮気味にアリアの手を握る。クロエも、珍しく感心したように頷いた。


「あなたの情報がなければ、私たちは今頃闇討ちされていたわ。リリスさんとは違う……あなたは、私たちの『命そのもの』を繋いでいるのね」


「……リナさんの言った通りでした。私の得る情報は、ただの数字じゃない。仲間を守り、敵を倒すための、研ぎ澄まされた刃なんですね」


 アリアはリナを見つめ、静かに微笑んだ。金髪の少女の瞳には、もう迷いはない。自分には自分にしか振るえない剣がある。それを確信した彼女は、今、真の意味で第7部隊の一員となった。


 夜明けの光が、ソラリスの摩天楼を照らし始める。哨戒を終えた四人の背後では、保安隊の隊員たちが安堵の表情で彼女たちに敬礼を送っていた。

 リナは空を見上げ、心の中でマヤに語りかけた。


(マヤさん。私は孤独じゃありません。この最高の仲間たちが、私の背中を預かってくれているから)


 ノヴァ。その輝きは、また一つ、鋭さを増した。

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