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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★幕間1 保安隊員と一輪の花

 多重階層都市ソラリスの下層、セクター71。

 ここはかつて大規模なヴォイドの襲撃を受け、現在は住民の立ち入りが厳しく制限された隔離廃墟セクターだった。大気中には今も微細な紫色を帯びたエーテルの塵が漂い、錆びついた鉄骨や崩落したコンクリートの壁が、人工太陽の薄暗い光の中で墓標のように沈黙している。


 第7部隊「ノヴァ」の四人は、この静寂に包まれた死の街を慎重に哨戒していた。細剣の柄にそっと手をかけながら、リナが周囲の歪みに視線を走らせる。


「……静かすぎるわね。アリア、周辺の状況は?」


「はい、リナさん。ドローンのスキャンによれば、半径500メートル以内に空間の裂け目は確認されません。ですが、大気中のエーテル濃度が僅かに不規則な変動を見せています」


 アリアが眼鏡の位置を直しつつ、ホログラム端末の数値をチェックした。

 その時、廃墟の奥から、静寂を暴力的に引き裂くような連続した炸裂音が響き渡った。


 ドガガガガガガッ! ドン、ドン!


「実弾兵器の音……!? 都市保安隊(CSF)だわ!」


 クロエが鋭く反応し、白銀の槍を構えた。


「みんな、急ぐよっ!」


 リナの指示の声に、モモが身の丈を超える大剣「イグニス・ゼロ」を担ぎ直す。四人は即座に音のする方向へと駆け出した。

 崩れかけた商業ビルのエントランスへ飛び込むと、そこは硝煙と紫色の霧が激しく渦巻く戦場と化していた。


「射撃を絶やすな! 左から来るぞ!」


 怒号を上げながら、ボロボロになった濃紺の戦術ベストを着たCSFの分隊長が、アサルトライフルを連射していた。彼の率いる十人ほどの分隊は、ひび割れた大理石の柱を遮蔽物にして、押し寄せるスカベンジャー級の群れを相手に必死の防衛線を敷いていた。しかし、生身の彼らにはエーテル兵装のような一撃必殺の力はない。怪物の酸に装甲車を焼かれ、弾薬も底を突きかけていた。


「アリア、敵の特性とコアの座標を特定して!」


 リナが瞬時に指示を飛ばす。


「了解です! 敵は小型の集団、中央の三体の胸部に核を確認。……モモさん、いけます!」


 アリアの計算が弾き出した最適のタイミングに、モモが前方へと躍り出た。


「あたしが全部、なぎ払ってやるーっ!!」


 大剣の放つ強烈な重力加速が空間を歪め、一爆の風圧と共に、前方から迫っていたヴォイドの第一波が一瞬にして消し飛ばされた。


「……隙あり」


 モモが作った完璧な空白へ、クロエが音もなく突進する。白銀の槍が最短直線の軌道を描いて鋭く突き出され、中央にいたプレデター級の核を寸分の狂いもなく正確に射抜いた。


「残る右翼の個体は、私が処理します!」


 リナが細剣を鮮やかに閃かせ、回り込もうとしていた残党を電光石火の速さで切り伏せる。

 戦闘はわずか数十秒で終結した。ヴォイドの巨体は光の粒子となって霧散し、戦域には静かな日常の静寂が戻り始める。


「ふぅ……。皆さん、お怪我はありませんか?」


 リナは細剣を収めると、息を切らせているCSFの分隊長の元へと歩み寄った。

 分隊長は銃の残弾を確認し、深く溜息をついてから、帽子を少し持ち上げてリナたちを見つめた。


「……第7部隊の嬢ちゃんたちか。助かったよ、流石は衛士だ。俺たちの実弾じゃ、あの数の外殻を破るだけでも一苦労だからな」


「いえ、任務ですから。ですが分隊長さん、ここは既に廃棄された危険セクターのはずです。どうして貴方たちCSFが、このような場所で命を懸けて防衛線を張っていたのですか?」


 リナの生真面目な問いかけに、分隊長は苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。


「命令されたわけじゃないさ。ただの、俺たちの意地、ってやつかな。……こっちに来て見てくれ」


 分隊長に促され、四人はビルの奥、天井が崩落して人工太陽の光が奇跡的にスポットライトのように差し込んでいる瓦礫の山へと向かった。


「これを見てほしくてな」


 分隊長が指し示した先、割れたアスファルトの僅かな隙間に堆積した古い土壌から、一輪の小さな、白い花が静かに咲いていた。


挿絵(By みてみん)


「……花?」


 モモが目を丸くする。アリアも驚いたように眼鏡を押し上げた。


「下層セクターの汚染区域で、このような植物が自生する確率は、論理的に言って零点数パーセント以下です。奇跡的な変異ですね」


「ああ。数日前の哨戒でこれを見つけてな」


 分隊長は、その無骨な、火薬の匂いが染みついた手で、優しく花びらの近くの瓦礫を退けた。


「このセクター71は、近いうちに完全に封鎖されて、セメントで埋め立てられる予定だ。でもな、この街がどれだけ化け物に汚染されても、土の底にはまだ、こんなに綺麗な日常の命が生きているんだってことを、俺たちは忘れたくなかった。だから、この花が種を落とすまでの数日間だけでも、物言わぬ盾としてここを守り抜こうって、分隊の全員で決めたんだよ」


 分隊長の言葉には、衛士のような誇り高いエーテルの輝きはなかった。しかし、そこには生身の人間だからこそ抱くことができる、狂気的なまでに純粋な「街への愛」と勇気が宿っていた。


 リナは、その一輪の白い花と、分隊長の傷だらけの手を交互に見つめた。

 衛士としての自分たちは、圧倒的な力を持って敵を倒す。それが誇りであり、使命だと思っていた。しかし、力を持たない彼らCSFの男たちは、銃弾を詰め、泥を啜りながら、自分たちの手の届かないような小さな「日常の足跡」を、命を懸けて繋ぎ止めていたのだ。


「……素敵な信念ですね、分隊長さん」


 リナは、胸の奥が温かい感情で満たされるのを感じながら、真っ直ぐに分隊長を見つめた。


「私たち衛士は、力があるから戦っています。でも、本当にこの街の明日を支えているのは、貴方たちのような、名もなき盾の勇気なのだと、今、深く理解しました」


「はは、衛士の嬢ちゃんにそこまで言われると、照れ臭いな」


 分隊長はヘルメットを被った頭を掻くような仕草を見せながら笑った。


「俺たちは力なき者だ。だからこそ、守りたいもののために、少しだけ人よりも頑固にならなきゃいけないのさ。嬢ちゃんたちのその綺麗な剣が、いつかこの街の空を完全に綺麗にしてくれる日まで、俺たちは何度でも泥に塗れてみせるよ」


「……ええ。私たちが必ず、この花が咲き誇れるような、本物の朝を連れてきます」


 リナの言葉に、クロエも、モモも、アリアも、それぞれの想いを込めて深く頷いた。

 遠くで、復興作業へ向かうCSFの別の装甲車のエンジン音が低く響き渡る。

 四人は分隊の男たちと固い握手を交わし、再びそれぞれの哨戒活動へと戻っていった。

 振り返ったリナの視線の先で、一輪の白い花が、ソラリスの下層の風に揺れながら、確かな明日への希望のように、いつまでも白く煌めいていた。

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