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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★第2話 その名は『勝利』

 衛士隊の演習施設「アイギス・ドーム」は、人工太陽の熱を遮断した冷徹な空気感に包まれていた。

 最新鋭の戦闘シミュレーターと、エーテル衝撃を吸収する特殊セラミックの床材。訓練校の土埃舞うグラウンドとは一線を画す、高度な魔法と科学と軍事の結実がそこにはある。


 第7独立遊撃部隊「ノヴァ」の四人は、その広大な演習場の待機室に整列していた。

 前日の初任務、セクター28での勝利は、彼女たちに確かな自信を与えていた。

「モモが薙ぎ払い、クロエが突く」という基本戦術の確立。リナは、自分たちが既に一人前の衛士として機能し始めているという、甘い錯覚の中にいた。


「本日の部隊訓練における、模擬戦闘の相手を紹介します。……入りなさい」


 大隊長の乾いた声に応じるように、重厚な自動扉が左右に滑り出した。現れたのは、四人の衛士たち。彼女たちが一歩踏み出すごとに、室内の空気が目に見えて重質化していくのをリナは肌で感じた。


「第3独立遊撃部隊。通称『ヴィクトリア』。全衛士部隊の中でも、攻守のバランスにおいて右に出る者はいない最強クラスの部隊です。あなたたちの『教育』を依頼しています」


「第3部隊……」


 現れた四人の姿、そして部隊名を聞いたリナは息を呑む。大隊長の説明を受けるまでもなく、リナも第3部隊の令名は知っていた。

 『ヴィクトリア』の名に違わず、勝利を約束する衛士隊の象徴、現役最強と謳われる最精鋭部隊だ。

 リナたちの前に立った四人は、同じ銀青の制服を纏いながらも、その着こなしには数多の修羅場を潜り抜けた者特有の凄みが宿っていた。全員が21歳。衛士としての活動歴は5年。それは、肉体的にも精神的にも、少女が「完成された戦士」へと脱皮を遂げるに十分な歳月だった。


 中央に立つのは、栗色の髪を高い位置でポニーテールにした女性、マヤ。腰に二振りの直剣を佩いた双剣の剣士であり、第3部隊の隊長だ。その自信に満ちた笑みは、リナのような初々しい緊張感とは無縁の場所にある。

 その左隣には、紫色の長い髪をなびかせ、幾何学的な魔法陣を浮かび上がらせる杖を携えたリリス。彼女は第3部隊の参謀であり、「光魔導師」として光魔法を駆使して攻撃にも参加する後方支援のエキスパートだ。

 右側には濡羽色の髪を揺らし、装飾の施された長槍を構えるサラ。そして、その横で巨大なタワーシールドを岩のように構えているのが、短い金髪の盾士、ルウであった。


「よろしくね、第7部隊。期待の新星って聞いてるわ。……でも、実力のない星は、すぐに墜ちるのがこの街の理よ」


 マヤの言葉に、リナの背筋に冷たい戦慄が走った。挨拶というにはあまりに鋭い、警告の刃。


「模擬戦闘を開始します。設定は非殺傷のエーテル出力。しかし、痛みは本物です。それでは……始め!」


 大隊長の号令と同時に、アリアが叫んだ。


「ドローン散開! 索敵開始……っ!? 相手のエーテル反応が、速すぎる!」


 アリアのドローンが高度を上げる暇もなく、リリスの杖から放たれた光の魔方陣が戦場を覆った。アリアのホログラムスクリーンに強烈なノイズが走る。


「電子干渉!? 私の分析を遮断している……!?」


「アリア、落ち着いて! モモ、予定通り薙ぎ払って!」


 リナの指示に従い、モモが巨大な剣を振りかざして突進した。初任務でヴォイドを粉砕した、あの豪快な旋回斬り。


「どっかーーーんっ!」


 重力加速を乗せた一撃が、第3部隊の陣形を飲み込もうとした瞬間、最前線のルウが一歩踏み出した。巨大な盾が黄金色の光を帯びる。


「……不動」


 鈍い金属音と共に、モモの大剣が完全に止められた。岩を叩いたような衝撃に、モモの腕が痺れる。


「えっ、止まった!? あたしの一撃を、盾だけで……っ!?」


「甘い。一点に力を込めすぎよ」


 ルウの背後から、黒い影が飛び出した。槍士のサラだ。彼女の槍は、モモの攻撃の「終わり」を完璧に捉えていた。


「クロエ、カバーして!」


 リナの声に反応し、クロエが槍を繰り出す。だが、サラの槍はクロエの突きを僅かな身のこなしで受け流し、逆にクロエの肩口を鋭く掠めた。


「っ……! 速い、突きが正確すぎる!」


 クロエの驚愕。それは、訓練学校で「天才」と謳われた彼女が、初めて味わう技量の絶対的な差だった。

 リナは細剣を抜き、自ら前線へ出ようとした。だが、その視界をマヤの双剣が遮る。


「隊長のリナ。指示を出しながら剣を振るうのがどれだけ難しいか、教えてあげる」


 マヤの双剣が、流れるような連撃となってリナを襲った。右からの斬撃を弾けば、左から。上を凌げば、下から。リナは防戦一方となり、周囲の状況を把握する余裕を完全に失った。


「アリア、左から回り込んで……うぐっ!?」


「指示が遅いわね。仲間の位置を見ていない証拠よ」


 マヤの言葉通り、リナが振り向いた先には、リリスの拘束魔法によって身動きを封じられたアリアの姿があった。さらに、孤立したモモはサラの槍の連打に晒され、防壁としての機能を果たしていない。


「モモ! クロエ! 陣形を……っ!」


 焦るリナの隙を、マヤは見逃さなかった。双剣の柄がリナの腹部に叩き込まれる。


「がっ……は……っ!」


 床に崩れ落ちるリナ。肺から空気が押し出され、視界が白む。演習開始から、わずか三分。


挿絵(By みてみん)


「終了。……そこまで」


 大隊長の声が響き、演習場のエーテル残光が消えていく。リナたちは全員、床に這いつくばっていた。一方で、第3部隊の四人は、呼吸一つ乱さず、衣服の汚れを払う程度の余裕すら見せていた。


「……話にならないわ」


 マヤが鞘に剣を収め、リナを見下ろした。その瞳には、侮蔑ではなく、もっと残酷な「失望」の色があった。


「あなたたちの戦い方は、ただ個人のスキルを順番に並べているだけ。連携なんて呼べるものじゃないわ。モモが薙ぎ払っている間、隊長のあなたはただ見ていた。クロエが孤立しているとき、参謀のアリアは自分の計算機を守ることに必死だった」


「私たちは……初任務で、ちゃんとヴォイドを倒しました……!」


 悔しさのあまり、リナは声を震わせて反論した。


「あれはただの幸運よ、リナ。ヴォイドに知性があれば、あなたたちは全滅していたわ」


 マヤはリナの前に屈み込み、その銀色の髪を乱暴に撫でた。


「いい、リナ? あなたが背負っているのは、自分の命じゃない。その三人の命よ。あなたが迷えば、彼女たちは死ぬ。あなたが指示を間違えれば、彼女たちは怪物に食われる。……その重さを、本当に理解しているの?」


 マヤたちの足音が遠ざかり、扉が閉まる音が演習場に虚しく響いた。残された四人の間に、沈黙が落ちる。


「……あたし、全然ダメだった。あんな盾、見たことない」


 モモが膝を抱え、小さく呟いた。


「……私の槍も、一度も届かなかった。五年の差って、これほどなの?」


 クロエの拳が、床を強く叩く。


「私のデータも……リリスさんの干渉の前には無力でした。論理だけでは、本当の戦場は予測できないのかもしれません」


 アリアが眼鏡を外し、疲弊した表情で俯いた。

 リナは、立ち上がることができなかった。

 全身を苛む打撲の痛みよりも、胸の奥にある「重圧」が彼女を押し潰そうとしていた。

 自分は、選ばれたはずだった。衛士になり、第7部隊という一桁の重要な番号を与えられ、三人の優秀な仲間を預かった。だが、自分にその資格が本当にあるのか。自分の一つの判断が、モモの笑顔を奪い、クロエの誇りを傷つけ、アリアの知性を無力化させてしまうのではないか。


(私が……隊長じゃなければ……)


 そんな卑怯な思いが頭を掠める。

 その時、演習場の高い窓から、ソラリスの人工太陽の光が差し込んだ。それは、昨日自分たちが守った街を照らしている光と同じだった。

 ふと横を見ると、都市保安隊の隊員たちが、訓練後の演習場を無言で清掃し始めていた。彼らは、リナたち衛士のような超常的な力は持たない。それでも、一歩一歩着実に、自分たちにできる「街を守るための雑務」を完璧にこなしている。

 リナは深く息を吸い、震える手で膝を突いた。


「……ごめん。私の指示が、全部遅かった」


 その言葉に、三人が顔を上げる。


「第3部隊との差は、単なる年月じゃない。……覚悟の差なんだと思う。マヤさんの言った通り、私はまだ、みんなの命を預かる覚悟ができていなかった」


 リナはゆっくりと立ち上がり、乱れた制服を整えた。


「でも、ここで止まるわけにはいかない。私たちは第7部隊だ。墜ちていい星じゃない。……もう一度、基礎からやらせて。次は、私がみんなを死なせない」


 リナの瞳に、再び凛とした光が宿った。それは挫折を知り、己の未熟さを痛感した者だけが持つ、鈍く、しかし強い輝きだった。

 モモも、クロエも、アリアも。その光に導かれるように、静かに、しかし力強く立ち上がった。

 「勝利」という名の先輩たちが残していったのは、絶望ではなく、超えるべき高い壁だった。

 第7部隊の本当の戦いは、ここから始まるのだ。

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