星降る夜の下で
1:呪われた欠番の再臨
多重階層都市ソラリス、衛士たちの住まう「アイギス・タワー」上層階にある第3部隊の私室。
人工太陽が夜のプログラムに切り替わり、窓の外に広大な都市の夜景が瞬き始めるなか、衛士5年目に入り21歳になったマヤは、手元の戦術端末に表示された一通の人事通達のホログラムを、厳しい眼差しで見つめていた。
『今期、訓練学校の卒業生より、極めて高いエーテル適応値と固有スキルを持つ適合者を検出。これに伴い、長らく欠番となっていた「第7独立遊撃部隊」を再編成する』
その文字列を目にした瞬間、マヤの胸の奥に、3年前のあの暗黒の広場で焼き切れたはずの痛みが、冷たい火を伴って鮮明に蘇ってきた。
3年前、彼女の目の前でアビスの放つ空間暴走の渦に飲み込まれ、跡形もなく全滅した旧第7部隊の少女たち。全員を生かして帰そうとした隊長の優しさと、一瞬の決断の遅れが招いた最悪の悲劇。
あの日以来、第7部隊という番号は、総監部のデータベースにおいて「呪われた欠番」として封印されていたはずだった。
「……上層部のお偉いさんたちは、喉元を過ぎれば熱さを忘れるようね。あの不吉な番号を、まだ16歳の新米たちに引き継がせるなんて」
マヤはフッと鼻を鳴らし、腰にある二振りの直剣の柄を強く握り締めた。
噂によれば、新しく編成されるメンバーは、剣術、大剣術、槍術、参謀。それぞれの専攻で頭角を現した、今期で最も見どころのある逸材ばかりだという。だが、どれほど個の才能が尖っていようとも、彼女たちはまだ実戦を一度も経験していない、ただの子供たちだ。戦場の不条理も、命の重さも、何一つ知らない。
「マヤ、明日の朝には正式な辞令が下りて、彼女たちの共同生活が始まるそうよ」
青い髪を夜風に揺らし、参謀のリリスが部屋に入ってきて告げた。
「……私たちの時と同じ。上層部は、彼女たちに『理想的な同期チーム』としての期待を寄せているわ。でも、戦術計算上、新米だけで構成された部隊の初陣における生存率は、決して高くはない」
「わかっているわよ、リリス。だからこそ、私はその子たちを甘やかすつもりはない」
マヤの銀色の瞳に、冷徹なまでの決意が宿った。生きて抗う戦士になれ。そのためなら、自分は彼女たちからどれほど恨まれようとも、鬼にでも悪魔にでもなってやる。それが、あの悲劇を特等席で見届けてしまった自分に課せられた、終わらない鎮魂の義務なのだから。
2:正式編成前夜の凶報
しかし、ソラリスという戦場は、彼女たちに「明日」という準備の時間を待ってはくれなかった。
ウゥゥゥゥゥン――。
突如として、本部の作戦室全体に、鼓膜を劈くような緊急警報音が鳴り響いた。
『緊急入電! セクター44の工業区画にて、突発的なアビス・ゲートの群生を検知! プレデター級二、スカベンジャー級多数が居住区へと接近中!』
「何ですって? セクター44……三年前と同じ場所ね」
マヤが鋭く立ち上がった。だが、オペレーターの次の一言が、室内の空気を完全に凍り付かせた。
『……現在、付近のベテラン部隊は別のセクターでの防衛行動に就いており、展開に最短でも二十分を要します! 司令部の命令により、明日正式任官を控えていた訓練学校の卒業生――リナ、モモ、クロエ、アリアの四人を、急きょ『初陣』として現地へ投入します!』
「馬鹿な……! 正式編成の前よ!? まだお互いの顔も名前もまともに把握していない新米を、あの混沌の戦場へ放り込むっていうの!?」
マヤの怒号が響いた。しかし、防衛軍の上層部が下した超法規的緊急事態に基づく命令は、覆らない。
「リリス! 私たちもすぐに出撃の準備を! 彼女たちが全滅する前に、現場を掌握するわよ!」
「了解よ、マヤ。ルウとサラにも伝達します」
マヤは演習場を駆け抜け、出撃ゲートへと向かった。その地下へと続くスロープの影に、いま、まさに最初の戦場へと駆り出されようとしている、四人の少女たちの姿があった。
3:誰も知らない出発
出撃ゲートの淡い青色の非常灯に照らされ、そこには、まだ体に馴染んでいない新品の銀青の衛士制服を纏った、四人の少女たちが立ち尽くしていた。
先頭に立つのは、銀色の髪の、凛とした瞳の少女。彼女の手には、まだ一度も怪物の血を吸ったことのない、美しく研ぎ澄まされた細剣が握られていた。彼女が、次代の第7部隊のリーダーとなるリナだった。その横顔は極限の緊張に硬直していたが、その瞳の奥には、恐怖を必死にねじ伏せようとする、驚くほど強い責任感の光が灯っていた。
その背後には、身の丈を超える試作型の巨大な大剣「イグニス・ゼロ」を細い肩に担いだ、桃色ツインテールのモモ。
白銀の槍を水平に構え、鋭い眼差しで大気のエーテルを確かめている、緑髪のクロエ。
そして、何幾十もの戦術データを端末に入力しながら、時間ぴったりに起きる彼女らしく眼鏡の位置を直している、金髪の参謀アリア。
四人の少女たちは皆、お互いに言葉を交わす余裕さえなかった。ただ、本部の冷酷な命令に従い、目の前で開かれようとしている漆黒の出撃ゲートを見つめている。お互いがただの「赤の他人」であり、即席で集められただけの未熟な歯車。それが、今の彼女たちの残酷な現実だった。
マヤは、スロープの影から、その四人の細い後ろ姿を、じっと見つめていた。
彼女たちの姿に、3年前のあの広場で、紫色の光の中に消えていった旧第7部隊の仲間たちの幻影が、嫌応なしに重なって見えた。全員で生きて帰ろうと誓い、その優しさゆえに全滅した、あの哀れな少女たち。
(……引き継いだ番号が、どれほど重いかも知らずに)
マヤの胸の奥で、激しい怒りと、それ以上の切ない祈りが交錯した。
あの子たちは、これから地獄を見る。怪物の鋭い爪が彼女たちの美しい制服を切り裂き、アビスの瘴気がその精神を極限まで磨耗させるだろう。もし、3年前の彼女たちのように、お互いを甘やかすだけの優しさに溺れれば、彼女たちもまた、誰の目にも触れない暗闇の底で、無名の残骸となって埋もれるだけだ。
(だったら、私はあの子たちを突き放す。誰よりも冷徹に、誰よりも厳しく、彼女たちの未熟さを戦場で叩きのめしてあげる)
マヤは、自分の腰にある二振りの直剣の柄を、血が滲むほどに強く握り締めた。
仲間を完璧な戦士として信頼し、孤独の重さを背負う覚悟を持たせること。それが、隊長である銀髪の少女――リナが生き残るための、唯一の道なのだから。私はあの子たちの『壁』になる。彼女たちがその壁を乗り越え、真の戦士へと脱皮を遂げるその日まで、私は決して優しい先輩になど戻らない。
冷徹なシステムのアナウンスが響き、鋼鉄の扉がゆっくりと左右に滑り出した。その向こう側に広がるのは、不気味な紫色の暗雲が渦巻く、ソラリスの過酷な下層セクターの暗慢。
リナが、息を吸い込み、決意の最初の一歩を踏み出した。
「……いくよ、みんな。私たちの、最初の戦いへ」
彼女の声がスロープに響き渡る。不適なモモが「うん、行こう!」と強がりの声を上げ、クロエが槍を構え、アリアがドローンの駆動音を鳴らす。四人の少女たちは、振り返ることもなく、世界の終わりのような戦場へと、その身を投じていった。
マヤは、その光の中に消えていく四人の背中を、最後の瞬間までその銀色の瞳に強く焼き付け続けていた。彼女の手の中の双剣が、主人の秘めたる闘志と連動するように、静かに、しかし熱く共鳴のハミングを鳴らしていた。生きて、抗いなさい。私を驚かせるほどの星の輝きを見せてみなさい。
ポツリと呟いたマヤの言葉は、出撃ゲートが閉じる重々しい金属音にかき消されて、夜の静寂の中に消えていった。
終わらない明日に向かって、人類の命運を繋ぐ少女たちの過酷な戦い――『エーテル・ガーズ』の長い物語の幕が、いま、誰の目にも触れない暗闇の前夜で、静かに、しかし決定的に切って落とされた。




