★勝利の産声
1 オールトップの驕り
多重階層都市ソラリスを守護する衛士隊。その中核である衛士を養成する訓練学校の歴史において、その年の卒業生名簿は、後にも先にも類を見ない「異常」な文字列で埋め尽くされていた。
剣術首席、マヤ。
光魔法首席、リリス。
槍術首席、サラ。
防御術首席、ルウ。
各分野の頂点を極めた四人の天才。
彼女たちが「衛士第3独立遊撃部隊」として編成されるとき、衛士隊総監部と司令部の高級幹部たちは色めき立った。
衛士隊が誇る英知のすべてを結集した、文字通りの「オールトップ」チーム。
司令部は『ヴィクトリア〈勝利〉』の名を与えて期待をかけた。
衛士隊が何十年もかけて磨き上げてきた『標準防衛マニュアル』に基づけば、彼女たちは初陣から一糸乱れぬ完璧な勝利を収め、新たな英雄となるはずだった。
「マニュアルの暗記は完璧よ。敵の出現予測座標、戦術の最適解、すべて頭の中のデータベースに格納されているわ」
出発前のブリーフィングで、紫色の長い髪をなびかせたリリスが、愛用の杖を傍らに置いて冷静に告げた。
彼女の放つ光魔法の理論値は、教官たちの予測を遥かに超えていた。
「……私も、準備はできている。私の盾は、いかなる衝撃にも揺らがない」
短い金髪のルウが、身の丈を超える巨大なタワーシールドを岩のように構えて呟く。防御術の歴史を塗り替えた彼女の防壁は、まさに絶対不落の盾だった。
「あはは! 堅苦しいのはそこまでだよ! ゲートが開いたら、あたしの槍で全部串刺しにしてあげるから、みんなは後ろで見ててよね!」
装飾の施された長槍を軽々と振り回しながら、漆黒の長い髪が印象的なサラが不敵に笑った。その槍術は、荒々しくも圧倒的な破壊力を秘めていた。
そして、四人の中心で、栗色の髪を高い位置で結んだマヤは、腰にある二振りの直剣の柄に触れながら、微かに微笑んだ。彼女は剣技だけでなく高い指揮能力を評価されて隊長を務めることが決まっている。
「上の期待なんてどうでもいいわ。ただ、私たちがソラリス最強の部隊になる。……それだけよ。いくわよ、初陣の戦場へ」
彼女たちの心には、己の才能に対する絶対の驕りがあった。
自分たちは天才だ。マニュアル通りに動けば、どんな怪物であっても敵ではない。そんな甘い錯覚を抱いたまま、第3部隊は空間の裂け目へと向かって、華々しく飛び出していった。
2 不協和音の天才たち
しかし、実戦という名の戦場は、マニュアルの数式よりも遥かに混沌としていた。
場所は下層域の工業セクター。空間が引き裂かれ、不気味な紫色の光と共に数十体のスカベンジャー級と、中型のプレデター級が這い出てきた。
「リリスの計算通りね。ルウ、正面を固定して! サラ、右翼から突撃!」
リーダーのマヤが直感的な双剣を抜き放ち、鋭い指示を飛ばす。しかし、その瞬間から、天才たちの「強すぎる個」が、最悪の不協和音を奏で始めた。
「ハァァァッ!!」
サラが豪快な咆哮と共に長槍を突き出し、路地を埋める怪物を一網打尽にしようと突進する。だが、そのあまりにも前傾姿勢で突き出された長槍の長い柄と、彼女の紅い髪の残像が、最前線で盾を構えていたルウの視界を完全に遮ってしまった。
「……サラ、邪魔。前が見えない」
ルウが眉を潜め、防壁の展開を一瞬躊躇う。そのわずかな隙を突き、プレデター級の鋭い爪がルウの盾を激しく叩いた。金属音が響き、絶対不落のはずの盾のバランスが微かに崩れる。
「ルウ、左へ三歩退避! 敵のエーテル波形から逆算すると、そこが死角です!」
後方からリリスが杖を掲げ、完璧な論理に基づいた回避座標を叫ぶ。しかし、その緻密すぎる指示は、最前線で直感的な双剣の連撃を繰り出しようとしていたマヤの動きの邪魔となった。
「うるさいわね、リリス! 私は今、右から斬り込もうとしてるのよ! あなたの計算に合わせたら、私の双剣の速度が死ぬわ!」
マヤの双剣が、リリスの指定した座標を意識したあまりに一瞬だけ曇り、怪物の硬質な皮膚に弾かれて火花を散らした。
個の才能が、強すぎる。
四人が四人とも、自分の得意分野の「最適解」を戦場に持ち込もうとした結果、互いの領分を無自覚に侵食し合い、連携が完全に噛み合わなくなっていた。マニュアルに書かれた美しい戦術は、天才たちのエリート特有のプライドのぶつかり合いによって、音を立てて瓦解していった。
怪物の群れを退けることには成功した。しかし、それは連携による勝利ではなく、単に四人が個々のゴリ押しで敵をねじ伏せただけの、あまりにも泥臭く、不細工な初陣だった。
「……これが、オールトップの戦い? 冗談じゃないわ」
戦闘が終わった後の工業セクターで、マヤは血の滲むような悔しさで拳を握り締めていた。背後では、都市保安隊の兵士たちが呆れたような、失望したような表情で彼女たちを見つめていた。
衛士隊の上層部が求めたマニュアルの秀才。しかし、その実態は、ただのバラバラな四人の個人技の天才集団に過ぎなかったのだ。
3 勝利の陣形
その日の夜、アイギス・ドームの演習場。
人工太陽の消えた暗闇のなかで、マヤは一人、双剣を激しく振り回していた。
「……悔しい、こんなの、私たちの戦いじゃない」
そこへ、ルウ、サラ、リリスの三人が、無言のまま歩み寄ってきた。彼女たちの表情にも、昼間の戦闘に対する深い苛立ちと悔しさが滲んでいた。
「マヤ。私の光魔法の計算に、間違いはなかったわ」
リリスが冷徹に告げる。
「あたしの槍だって、最高に出力が出てた。でも……なんか、窮屈だった」
サラが長槍を地面に突き立て、唇を噛む。
「……私は、みんなの背中を守りたかった。物理的な盾としてね。でも、盾が重かった」
ルウがタワーシールドの影から、寂しげに呟いた。
マヤは双剣を収め、三人の瞳を真っ直ぐに見つめた。16歳の少女の胸の奥で、リーダーとしての真の「覚悟」が、いま激しく産声を上げようとしていた。
「みんな、聞いて。上が求めているのは、マニュアルを綺麗にトレースする秀才の集まりよ。……でも、そんなものはクソ喰らえだわ。私たちが目指すのは、そんなお行儀のいいチームじゃない」
マヤは二振りの直剣を引き抜き、クロスさせるようにして掲げた。
「お互いの領域を気にして手加減するくらいなら、自分の才能を限界まで尖らせなさい! リリスは計算を捨てるな、サラは誰よりも狂暴に突き進め、ルウは世界で一番堅い壁になりなさい! 私がそのすべてを繋ぎ止めて、敵の逃げ場を完全に塞ぐ!」
マヤの銀色の瞳が、夜のドームの闇を眩しく射抜いた。
「私たちが創り出すのは、マニュアルの秀才じゃない。敵を絶望させる、勝利の陣形よ!」
「勝利の陣形……」
リリスの眼鏡の奥の瞳が、初めて論理を超えた驚愕に揺れた。
サラが「最高じゃん……!」と満面の笑顔を浮かべ、ルウもまた、その巨大な盾を力強く握り直して頷いた。
翌日の特別演習。再び仮想敵のヴォイドの群れが展開された。
「戦闘開始!」
マヤの号令と同時に、四人の尖った才能が、初めて完璧に噛み合った。
ルウのタワーシールドが黄金色の光を放ち、最前線に聳え立つ。彼女はもうサラの動きを気にしない。
自分が完璧な「不動の壁」になればいい。その盾の影から、サラの長槍が、ルウの死角を補うような狂暴な弾道となって一直線に突き出された。サラの豪快な槍が、ルウの盾と一つに融合したのだ。
「電子戦ドメイン、強制書き換え! 敵の座標を、マヤの双剣の軌道上へ100%収束させます!」
リリスが計算を限界まで尖らせ、空間のエーテル密度を強引に操作した。その算出した最適解の交差点に、マヤの双剣が流れるような超高速の連撃となって滑り込んだ。リリスの完璧な論理が、マヤの直感の最大のブースターへと昇華された。
ガガガガガガキィィィィン!!!
ドーム全体を揺らす、まばゆいエーテルの輝き。
最強の盾と矛。
個の才能を殺し合うのではなく、限界まで尖らせた才能を重なり合わせることで完成する、無敵の絶対防陣。
これこそが、後にソラリスの歴史において最強と謳われる、第3独立遊撃部隊「ヴィクトリア」が産声を上げた瞬間だった。
四人は、互いの武器を掲げ、確信の笑みを交わし合った。
伝説の最強部隊の物語は、ここから、光り輝く未来へと向かって、力強く走り出していく。終わらない明日に向かって、少女たちの勝利の誓いは、このアイギス・ドームの青空の下で、永遠に響き渡り続けるだろう。




