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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
外伝 それぞれの帰郷

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アリア編 データを超えた灯火

1:沈黙の計算式

 多重階層都市ソラリス、その最下層にほど近い場所に建つ孤児院。大規模侵攻の戦火を辛うじて免れたその施設には、今日もまた、ヴォイド禍で親を失った子供たちの無邪気な笑い声と、子供たちを温かく見守る職員たちの優しい時間が流れていた。


 三日間の「一時休暇」を与えられたアリアにとって、戻るべき「実家」とはこの施設のことだった。

 幼い頃、アリアはヴォイドの襲撃によって両親と温かな家庭を奪われ、身寄りを失った。この施設は、そんな絶望の淵にあった彼女を拾い上げ、今日まで守り育ててくれた唯一の拠り所だ。

 アリアは、第7独立遊撃部隊「ノヴァ」の制服を脱ぎ、動きやすいカジュアルなシャツとスカートに身を包んで施設を訪れた。大規模侵攻のニュースや、連日報道される復興の映像を見ていた職員たちにとって、アリアの帰還はまさに奇跡を見るかのような出来事だった。


「アリア、本当にアリアなのね……! 無事で、本当によかった……!」


 初老の女性院長が、アリアの姿を見るなり涙を浮かべて駆け寄ってきた。アリアは、かつて両親の温もりを知る代わりに彼女の胸で泣いた日々を思い出し、少し照れくさそうに微笑んだ。


「先生、お久しぶりです。……ただいま、帰りました」


2:家族という名のデータベース

 アリアが施設で過ごす時間は、宿舎でのそれとは全く違っていた。戦術端末を握りしめ、常に0.1秒単位の情報を処理し続ける必要はない。彼女は、昔馴染みの職員や普通教育学校に通う同年代の院生たちと一緒にキッチンに立ち、年下の子供たちのための大量の夕食を作った。

 包丁を握る手つきは戦場でのドローン操作以上に正確で、野菜の切り方は完璧な黄金比率に基づいていた。そんなアリアを、小さな子供たちが好奇の目で見つめている。


「アリアお姉ちゃん、衛士さんってすごいんでしょう? 街を守った英雄なんだってね!」


 幼い男の子がキラキラした目で尋ねてくる。アリアは少しだけ困ったように眼鏡をずらし、優しく答えた。


「私はただ、計算しただけです。皆が戦いやすいように、勝つためのルートを導き出しただけ。本当にすごいのは、最前線で傷つきながら戦った仲間たちや、盾となってくれた保安隊の隊員たち……、そして、この施設を守ろうとしてくれた、ここの皆さんです」


 アリアは知っている。彼女がどんなに緻密な戦術を導き出しても、それを実行する勇気がなければ都市は守れない。そして、自分がどれだけ冷徹に確率を計算しても、この施設で育まれた温かな愛情という「非論理的な変数」がなければ、彼女は戦場という地獄で心を通わせる仲間を見つけることはできなかっただろう。

 食事の準備中、アリアはかつての自分と同じように、静かに本を読んでいる少女を見つけた。かつてのアリアがそうであったように、どこか他者との距離を感じている少女。アリアは彼女の隣にそっと座り、自分の戦術端末を隠すように閉じ、優しく語りかけた。


「……本を読むのはいいことですよ。データは裏切らないし、物語はいつも新しい視点をくれる。でも、時々顔を上げて、周りの音を聞いてみてください。計算できないような温かいことが、あなたのすぐ隣で起きているから」


 少女は驚いたように顔を上げ、アリアの落ち着いた瞳と、そのバッグに揺れる星のキーホルダーを見つめた。アリアは、自分を「家族」として受け入れてくれたこの施設が、自分にとっての最も重要なデータベースであり、何よりも信じられる帰還点であることを確信していた。


3:明日を導くための今日

 夕暮れ時、施設の屋上で、アリアは院長と共に空を眺めていた。遠くにはソラリスの摩天楼が輝き、アビス・ゲートの裂け目は今やどこにも見当たらない。


「アリア。あなたはもう、自分自身の道を見つけたようね。幼い頃、いつも計算ばかりして、夜空の星を眺めていた小さな女の子が、いまや都市の運命を導く衛士になったなんて」


「先生……私は、まだ迷うことがあります。私の分析が、仲間を危険に晒すのではないか、私の導き出した最適解が、誰かの未来を奪うのではないかって」


 院長は優しくアリアの肩を抱いた。


「迷いなさい。それが、人間である証拠よ。でも、あなたは一人じゃない。あなたの周りには、あなたを信じる仲間たちがいて、あなたを見守る私たちがいる。あなたはこれからも、計算し続けて。冷徹な戦術のためではなく、皆が帰るべき場所を守るための、温かな未来をね」


 アリアの瞳に、星々の光が反射した。

 宿舎に帰れば、リナ、モモ、クロエが待っている。彼女たちとの絆は、もはや単なる戦術上の同調率ではなく、人生を分かち合う確かな重みとなっていた。


 アリアは端末を取り出し、ネットワークを遮断した。休暇が終わればまた、戦いの日は続く。新たなゲート、未知のヴォイド、そしていつか現れるかもしれない「第二の王」。しかし、彼女はもう恐れない。自分には帰るべき場所があり、守るべき日常があり、共に歩む家族がいるからだ。


「……明日から、また計算を始めます。一人でも多くの人が、今日という日を笑って終えられるように」


 星のキーホルダーが夜風に小さく揺れた。

 アリアは、誰に知られずとも、自らの論理を駆使して、明日へと続く最も確実なルートを導き出す。たとえどれほど深い夜であっても、彼女が計算し続ける限り、ソラリスの灯火は決して消えることはないだろう。

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