モモ編 怪力少女の拠り所
1:お腹の虫と、星のきらめき
「お腹空いたぁーーっ!!」
多重階層都市ソラリスの下層セクターへ向かうリニア鉄道の車内。桃色のツインテールを揺らし、モモはシートで行儀悪く伸びをしていた。
あの大規模侵攻が終結してから二週間。第7独立遊撃部隊「ノヴァ」のメンバーには、激戦の疲労を癒やすための三日間の「一時休暇」が与えられていた。リナやクロエが少し緊張した面持ちで家路についたのとは対照的に、モモの頭の中は「パパとママの作るご飯」のことで完全に占められていた。
窓の外には、中層のきらびやかな高層ビル群から一転して、鉄骨が剥き出しになった下層エリアの無骨な街並みが広がっている。二週間前の戦火の傷跡は深く、今もあちこちで都市保安隊(CSF)の装甲車や作業員たちが復興活動に追われていた。だが、そんな殺伐とした光景を見ても、モモの心は不思議と暗くならなかった。
パトロールバッグのジッパーには、あの完全休養日に四人でお揃いで買った星のキーホルダーが揺れている。
生まれつきの異常な怪力のせいで、子供の頃は周囲から「怪物」と恐れられ、遠巻きにされてきた。触るものすべてを壊してしまう自分の手が大嫌いだった。訓練学校でも孤立しがちだったモモにとって、初めて「モモのその力必要なんだ!」と笑って受け入れてくれたリナ、クロエ、アリアの三人は、人生で初めて出会った最高の戦友であり、大切な居場所そのものだった。
けれど、そんな孤独だった幼少期、世界中でたった二人だけ、モモを「怪物」ではなく「普通の、ちょっと力持ちで大食いな可愛い娘」として抱きしめ続けてくれた存在がいた。
「待っててね、パパ、ママ! 今すぐ帰るからね!」
リニアが最下層の工業区画に到着すると同時、モモは車内を飛び出した。
2:暖簾の向こうの特等席
油の混じった懐かしい排気ガスの臭い。重工業地帯の片隅に、その店はあった。古びた暖簾に書かれた文字は『キッチン・モグモグ』。
現場作業の労働者や、非番の都市保安隊員たちがこぞって集まる、下層エリアで有名な大盛り定食屋だ。
ガラガラと音を立てて引き戸を開けると、熱い熱気と、醤油とニンニクの食欲をそそる香りがモモを包み込んだ。
「おっと、まだ準備中だぞ ……って、おおい! 母さん! モモが帰ってきたぞ!」
厨房で巨大な鍋を豪快に振っていた大柄な男――ゲンが、モモの姿を見るなり鍋を置き、丸太のような腕を広げた。
「パパ!!」
モモは荷物を放り出し、ゲンの胸に思い切り飛び込んだ。幼い頃はそれでゲンの肋骨を折ったものだが、モモが力の加減を覚えた今はゲンもしっかりとそれを受け止めることが出来た。
「おかえりモモ! よく無事で帰ってきた! ほら、顔を見せろ。少し痩せたんじゃないか?」
「痩せてないよー! 毎日ちゃんとご飯食べてたもん!」
「なーに言ってるのよ、この子は」
厨房の奥から、大きなトレイに山盛りの唐揚げを載せた母親のハナが呆れたように、でも目元を真っ赤に腫らして出てきた。
「ママ!」
「おかえり、モモ。ニュースを見るたびに生きた心地がしなかったわよ。でも、あなたが送ってくれた手紙の通り、立派に役目を果たしてきたのね」
ハナは唐揚げのトレイをカウンターに置くと、モモの桃色のツインテールを優しく撫でた。
第7部隊のメンバーに出会うまで、モモの唯一の理解者だった両親。物を壊して泣くたびに「モモの手は、人を傷つけるためじゃなくて、たくさんの人を助けるための神様からの贈り物なんだよ」と言い聞かせてくれた。その言葉があったから、モモは心を歪めることなく、衛士を目指すことができたのだ。
「さあさあ、話は後だ! 腹が減ってるんだろ? 今日はモモの貸切だ! 好きなだけ食え!」
ゲンが豪快に笑い、カウンターに次々と料理を並べ始めた。超特盛の白米、大皿の生姜焼き、溢れんばかりの豚汁、工程を終えた特大の唐揚げ。
「うわあぁ……! いただきます!」
モモは両手を合わせると、猛烈な勢いで料理を口に運び始めた。
「美味しい! やっぱりパパの生姜焼きがソラリス一だよ!」
「ガハハ! そうだろう! 衛士の飯がどれだけ高級でも、うちの火力には敵わんからな!」
3:神様からの贈り物
夕方になり、店を開けると、いつもの常連客たちが次々と入ってきた。まだ作業着を着た工員や、制服を少し着崩した都市保安隊の若い隊員たちだ。彼らはカウンターで大食いを発揮しているモモを見て、一様に声を上げた。
「おいおい、マスター! そのお嬢ちゃんが、噂の衛士の娘か?」
「ああ! うちの自慢のモモだ!」
ゲンが鼻高々に胸を張る。一人の若い保安隊員が、少し真面目な顔をしてモモに向き直った。
「あの、第7部隊のモモさん……ですよね。俺たち、二週間前の侵攻の時、セクター16の防衛線にいたんです。目の前がヴォイドで埋め尽くされて、もうダメだと思った時、信じられないくらいの巨大な赤い斬撃が飛んできて、怪物の群れを一瞬で吹き飛ばした。あの時、俺たちの命を救ってくれたのは、あなたたちですよね」
その言葉に、店内が一瞬静まり返った。公式には無名の戦い。しかし、命を救われた者たちの記憶には、確かに彼女たちの姿が刻まれていた。
モモは口いっぱいに唐揚げを頬張ったまま、少し照れくさそうに笑った。
「えへへ……。あたしはね、ただ大剣をぶんぶん振り回しただけだよ! リナが指示をくれて、クロエが急所を突いて、アリアが敵の場所を教えてくれたから、思い切りできたの!」
「そうか……。ありがとう。あなたたちがいてくれて、本当によかった」
保安隊員は深く頭を下げた。周囲の労働者たちからも、温かい拍手と歓声が巻き起こる。
「ごちそうさまでした!」
全ての皿を綺麗に平らげ、モモは満足そうにお腹を叩いた。
かつては周囲を怯えさせるだけだと思っていた自分の怪力が、いま、こうして名もなき人々の日常を守り、感謝されている。
夜、閉店後の店内で、モモはハナと一緒に皿洗いをしていた。普段なら力を入れすぎて皿を割ってしまうモモだが、今は信じられないほど繊細な力加減で、綺麗に皿を拭き上げている。
「本当に、器用になったねえ」
ハナが感心したように言う。
「うん! 試作型の大剣『イグニス・ゼロ』を振り回すにはね、ただ力が強いだけじゃダメなんだって、クロエに怒られながら特訓したんだ。力をコントロールするの、上手になったでしょう?」
「ええ、立派な衛士よ、モモは」
ハナの優しい言葉に、モモは胸がじつと熱くなった。
三日間の休暇が終われば、また過酷な戦場に戻る。けれど、もう何も怖くない。
この店があり、パパとママがいて、そして何より、自分を必要としてくれる最高の仲間たちが待っているから。
(パパ、ママ。あたしのこの手、たくさんの人を守れる手になったよ)
パトロールバッグの星のキーホルダーが、厨房の電灯に反射してキラリと輝いた。モモは明日の朝、リナたちにお土産として持っていくための、ゲン特製マヨネーズを鞄に詰め込みながら、満面の笑顔で新しい明日を見据えていた。




