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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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20/32

★エピローグ 終わらない明日に手を重ねて

 あの未曾有の大規模侵攻、人類の存亡を懸けた総力戦が幕を閉じてから、数ヶ月の月日が流れた。


 多重階層都市ソラリスの上空を覆いつくしていた不気味な紫色の暗雲は完全に消え去り、いまや人工太陽が本来の穏やかで冷徹な、しかしどこか温かみのある光を各階層へと平等に降り注いでいた。

 怪物の爪と酸性の体液によって無残に破壊され、硝煙と鉄の臭いに満ちていた市街地や居住区は、都市保安隊(CSF)の懸命な瓦礫撤去作業や重機の駆動音と共に、奇跡的な速度で復興を遂げつつあった。崩壊したビルの跡地には新しいコンクリートの骨組みが立ち上がり、路地には再び、平和な日常を取り戻した市民たちの穏やかな笑顔と賑やかな話し声が戻っていた。

 その復興の光に包まれた街並みを、第7独立遊撃部隊「ノヴァ」の四人は、いつもの銀青の制服を身に纏い、静かに巡回していた。


挿絵(By みてみん)


「あ、見て見て! セクター16のパンケーキ屋さん、もう営業再開してるよ! 今度の完全休養日、絶対に行こうね!」


 桃色のツインテールを元気に跳ねさせながら、モモが嬉そうに声を上げた。彼女の背中には、最下層の激戦で一度は完全にエーテルを失って鈍い鉄の色に戻っていた大剣「イグニス・ゼロ」が、再び主人の生命力と呼応するように淡い光を湛えて担がれていた。かつてその怪力ゆえに孤独を抱えていた少女の顔には、今や仲間たちと共にこの街を守り抜いたという、確固たる誇りと純粋な笑みが満開に咲き誇っていた。


「……モモさん、哨戒行動中に私的な買い出しの計画を立てないように。でも、あの店の再開自体は、居住区の心理的復興度を示す良いデータですね」


 金髪の髪を整え、ヒビの入っていた眼鏡を新調した参謀のアリアが、手元の戦術端末を操作しながら冷静に、しかし口元に優しい微笑を浮かべて告げた。彼女の周囲では、あの地獄の戦場で火花を散らしながらもハッキングを維持し続けた三機のドローン「アイリス」「ルナ」「セレネ」が、完全に修理を終えて、ハミングの音をいっそう高らかに鳴らしながら浮遊していた。


「私は構わないわよ。モモがどれだけ大食いしても、今の私たちのチームワークなら、お会計の計算もアリアが瞬時に最適化してくれるでしょうしね」


 緑髪のポニーテールを風に揺らし、白銀の槍を背負ったクロエが、不器用ながらも冗談を口にして笑った。毎日朝夕の基礎トレーニングを欠かさない彼女の刺突は、あの最下層の深淵での「静寂の一突き」を経て、さらに無駄を削ぎ落とされた至高の領域へと達していた。


「ふふ、みんなありがとう。任務が終わったら、みんなで一緒に行こうね」


 チームの先頭を歩く隊長のリナが振り返り、銀色の髪をなびかせて晴れやかな笑顔を仲間に向けた。彼女の細剣の柄には、あの日ショッピングモールでお揃いで買った星のキーホルダーが、リニア鉄道の風を受けて小さく揺れていた。


 あの最終決戦――最下層の暗黒区画での「王」との死闘は、完全に秘匿された歴史となった。

 戦果を確認した者は皆無、頼みの綱のアリアが記録している戦闘ログデータが、あの極限の戦いの中で限界を超えて戦術端末を使った結果、クラッシュしたからだ。

 結果、リナの判断により、あの強行潜入と討伐の事実は、大隊本部ひいては衛士隊司令部に報告されることなくリナたちの胸の内に秘められることになったのだ。

 最下層から帰還した直後に報告を受けたマヤは事実をありのまま本部へ報告するべきと言った。しかし、客観的なデータもなしにあの異常な戦いを報告したところで信じてもらえないというリナの懸念に加え、何よりも第3部隊のマヤたちが守り抜いた「前線の戦功」を尊重した結果だった。

 こうして地上の人々から見れば唐突に終わったあの大規模侵攻は、決定的な勝因が不明のまま、ソラリス政府が「衛士隊、保安隊の決死の防戦によってヴォイドが『撤退』した」という苦しい公式見解を発表し、それが事態の終結として宣言されたのである。

 そして、第7部隊は、単に激戦を生き残った部隊の一つとして記録され、他の部隊と同一の戦功徽章を授与されただけだった。

 ちなみに第3部隊は衛士隊の象徴として最後まで前線で戦い続けて衛士隊、保安隊を鼓舞し市民たちに希望を与えたとして、ソラリス政府から最高名誉であるソラリス防衛勲章が授与されていた。

 リナたちは自分たちの扱いに不満など抱いていなかった。守りたかった人々の笑顔が、今日もこの光の下で続いていく。その当たり前の平和こそが、彼女たちに与えられた何よりも最高の勲章だったからだ。


 哨戒の任務を終え、四人が衛士隊のアイギス・ドームへと戻ると、演習場の片隅で使い込まれた二振りの直剣を手入れしている四人の女性衛士の姿があった。第3部隊「ヴィクトリア」のマヤ、リリス、サラ、ルウの四人だ。

 マヤはリナたちの足音に気づくと、手入れの手を止め、あの模擬戦の時のような厳しい表情ではなく、深い敬意と温かみが宿る眼差しを向けた。


「おかえり、ノヴァ。今日の哨戒も異常なし、かしら?」


「はい、マヤさん。セクター15から18まで、すべて平穏です」


 リナが歩み寄り、真っ直ぐにマヤの瞳を見つめて答えた。あの最下層での決戦の秘められた真実は、今や自分たちと、あの時現場で決戦を託してくれた第3部隊の先輩たちとの間でだけ共有される、何よりも固く、神聖な絆の証しとなっていた。


「そう。……本当に、よくやってくれたわね、リナ」


 マヤはゆっくりと立ち上がり、リナの引き締まった肩を頼もしそうに叩いた。


「公式の戦果には残らなくても、私たちが知っている。第8部隊のエレナたちも、都市保安隊の隊員たちも、現場で戦っていたすべての者が、あなたたちの成し遂げた奇跡を理解しているわ。……私たちは、あなたたちを誇りに思っている」


「マヤさん……、ありがとうございます。私たちは、あの時マヤさんが託してくれたから、最後まで戦えました。孤独になる必要なんてない、仲間を信じる戦士になれと言ってくれたから」


 リナの言葉に、マヤは優しく微笑み、その栗色の髪を揺らした。参謀のリリスが杖を傍らに置いて静かに頷き、ルウが巨大な盾を磨きながら微かに目を細め、サラが長槍を担いで不器用なウインクを送ってきた。


 ソラリスに平和が戻った。

 ただそれだけで、四人の少女たちの心は完全に満たされていた。自分たちの名前が歴史に刻まれずとも、この都市の明日が繋がったのなら、衛士としての使命は果たされたのだ。真実は彼女たちの胸の内にだけ秘められ、終わりのない光の歴史の底へと静かに沈んでいった。


 しかし、人類と異次元の怪物との戦いが、これで完全に終わったわけではなかった。

 最上位個体である「王」を討ち取ったとはいえ、ヴォイドそのものを根本から滅ぼしたわけではないのだ。アビスの深淵は未だに都市の下層に息を潜めており、いまこの瞬間にも、空間の至る所で新たなアビス・ゲートの裂け目と、そこから這い出るヴォイドの出現は続いていた。いつかまた、人類の繁栄を貪るために、あの王を超える新たな最上位個体が現れるかもしれない。それは、避けることのできない過酷な現実だった。


 四人がやってきたのは、かつて大規模侵攻によって半壊し、いまや見事に再建された、すべての始まりの場所である「建国記念広場」だった。

 人工太陽の残光が夕暮れのオレンジ色に街並みを染め上げる中、広場の中央に立ったリナは、三人の仲間たちを見渡した。ボロボロだった制服は新しくなり、刃毀れしていた細剣も完全に研ぎ澄まされていた。彼女たちの瞳には、これから始まるであろう果てしない戦いへの、静かで、しかし決して折れることのない強固な決意の火が灯っていた。


 四人は円を描くように立ち、中央で互いの手を重ね合わせた。


「私たちが守るのは、この都市の明日」


「あたしが全部、なぎ払ってやる!」


「外した獲物は、私が貫く」


「そして私が、勝利への道を計算するわ」


 重なり合った手から、温かなエーテルの輝きが漏れ出す。それは個々の力が融合し、一つの巨大な「星」へと変わる瞬間だった。


「私たちは誓う。たとえこの夜がどれほど深くても、私たちは光を絶やさない。ソラリスに住む人々の笑顔のために、この命を懸けて戦い抜くことを!」


 淡い光の粒子が、再建された広場の石畳の上に美しく舞い散る。それは、初めてヴォイドと戦ったあとのあの夜明けの誓いと、全く同じ純粋な輝きを放っていた。


 ソラリスの夜は再び更けていく。しかし、その暗闇を恐れる者は、この第7独立遊撃部隊「ノヴァ」の中に一人もいなかった。


 少女たちの足音が、新しい明日へと向かって力強く響き渡る。終わらない明日のために、私たちは何度でもその手を重ね合わせる。彼女たちはこれからも影の中で刃を振るい、都市の光を永遠に支え続けるだろう。


挿絵(By みてみん)



エーテル・ガーズ――ソラリス衛士隊戦記――

第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉編 完

エーテル・ガーズ――ソラリス衛士隊戦記――

第7遊撃部隊〈ソラリア〉編はこれで完結です。

ここまで読んでくださった皆様にはお礼申し上げます。

ありがとうございました。


ソラリス衛士隊戦記はまだ続きますので

これかもよろしくお願いいたします。

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