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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★第12話 太陽の衛士たち

 多重階層都市ソラリス。

 人類が築き上げた最後の揺り籠であり、幾重にも重なる鋼鉄の多重台地が天を突き刺す繁栄の象徴。しかし、その最下層に位置する「未開発暗黒区画」の最深部には、都市の華やかな光など最初から存在しなかったかのような、絶対的な暗黒と冷徹な静寂が支配する世界が広がっていた。


挿絵(By みてみん)


 第7独立遊撃部隊「ノヴァ」の四人が立つ足元は、地上のアスファルトとは異なり、剥き出しの錆びついた鉄板と、都市の全階層から滴り落ちてきた結露やオイルが混ざり合った、冷たい泥にまみれていた。インフラシャフトを数千メートル降下してきた彼女たちの周囲には、ソラリス建造初期の巨大な構造用支柱が、まるで闇の中に聳え立つ巨人の化石のように不気味に並び、都市の重量そのものを支えているかのような重苦しい圧迫感を生み出していた。

 大気は異次元のエーテルによって赤黒く腐食され、肺に吸い込むたびに鉄の錆びた臭いと、肌を刺すようなヴォイド特有の不快な瘴気が神経を蝕んでいく。

 その質量さえ感じられる暗黒の最奥に、世界を終わらせようとする絶望の元凶が、ひっそりと、しかし絶対的な存在感を持って鎮座していた。


 今回のソラリス史上最大規模となる未曾有の大規模侵攻。そのすべてのゲート出力を操作し、全階層へと無尽蔵に怪物を吐き出し続けているヴォイドの知性体――最上位個体、仮称「キング」。


 その姿は、これまでリナたちが戦ってきたスカベンジャー級やプレデター級とは、文字通り次元が異なっていた。王は、都市の基盤システムから剥き出しになった巨大な動力ケーブルを無数に自らの肉体へと引き込み、周囲の鉄屑や崩落したコンクリートを巻き込んで形成された、禍々しい紫色の「結晶の玉座」に君臨していた。

 王の本体は、硬質な漆黒の結晶装甲によって覆われた異形の巨躯であり、その頭部には都市のエーテル結界を侵食して作り上げた、星の冠を模した不気味な光冠が明滅していた。王の胸部深くには、都市の命脈を吸い上げて脈動する、直径数メートルに及ぶ巨大な「漆黒のコア」が、不気味な赤黒い光を放ちながら鼓動していた。


「……あれが、キング……」


 リナが微かに刃毀れした細剣を構え、震える声を絞り出した。彼女の制服は、地上の激戦による怪物の返り血と泥でボロボロに裂けており、肩口の傷からは今も微かに赤い血が滲んでいた。しかし、その銀色の瞳に宿る光は、かつて隊長としての重圧に押し潰されそうになっていた頃のそれとは異なり、深淵の底を射抜くような強い覚悟に満ちていた。


ギ、ギギ……ガ、ガガガガ……


 四人の接近を感知した王が、玉座の上でゆっくりと上体を起こした。その瞬間、最下層の空間全体が物理的に軋み、何重もの重力波が泥の地面を激しく叩いた。王の周囲から、物質を分子レベルで消滅させる紫色の瘴気の霧が津波のように溢れ出し、アリアの放つドローンの探索光を一瞬で飲み込んでいく。


「リナさん……! 敵の周囲に展開されているエーテル密度は、地上のプレデター級の数百倍を計測しています。空間そのものが歪んでおり、通常の索敵アルゴリズムでは、敵の正確な輪郭すら捉えられません」


 眼鏡のレンズに大きなヒビを入れたままの参謀、アリアが、過負荷で火花を散らす戦術端末を必死に叩きながら告げた。彼女の周囲を浮遊する三機のドローン「アイリス」「ルナ」「セレネ」は、王が放つ圧倒的なプレッシャーの前に、まるで嵐の中の羽虫のように激しく機体を震わせていた。


「……上等じゃない。どんなに分厚い装甲を着込んでいようが、叩き潰せば同じことよ」


 クロエが息を荒くしながらも、白銀の槍を静かに水平に構え直した。彼女のストイックな横顔には、恐怖を完全に排した戦士の冷徹な闘志だけが宿っていた。


「そうだよ! ここまで来て、あの化け物にソラリスを渡すわけにはいかないもん!」


 桃色のツインテールを激しく乱したモモが、両腕の筋肉の悲鳴を無視して、大剣「イグニス・ゼロ」を力強く担ぎ上げた。

 しかし、彼女たちの肉体はすでに限界を完全に迎えていた。マヤたち第3部隊による「現場指揮権」に基づく正式な命令を受け、この深淵へと飛び込んできた彼女たち。支援も補給もない中、それでも後へは引けない。この質量を持った暗黒の底で敗北すれば、彼女たちの存在は歴史から完全に抹消され、都市は数十分後に結界の崩壊と共に自重で崩落する。絶対的な孤独と、圧倒的な絶望が、四人の少女たちの細い肩へと容赦なくのしかかっていた。


 王の玉座から放たれた紫色の衝撃波が、最下層の鋼鉄の床を激しく引き裂きながらリナたちを襲った。


「モモ、防壁を!」


「おりゃぁぁぁ!!」


 モモが大剣を地面に叩きつけ、辛うじて衝撃波を正面から受け止める。しかし、防壁の役割を果たした大剣の表面には微かな亀裂が走り、モモは泥の上を数十メートルも吹き飛ばされ、激しく咳き込んだ。


「モモさん!……ダメです、精神同調シンクロニシティのエーテル残量が限界値を下回っています。このままでは、王の第一波の突撃すら防ぎきれません!」


 アリアの端末が、冷酷な警告音と共に赤色の点滅を繰り返す。四人の精神を繋ぐ鎖は、肉体的な疲労とアビスの瘴気によって今にも引き千切れそうになっていた。その時――


ジ、ジジ……ザー……。


 アリアの持つ、完全に外部通信を遮断されたはずの戦術端末のスピーカーから、突如として強烈なノイズが弾けた。


「……通信? いえ、これは広域のエーテル共鳴回路が、物理的な音声振動を拾っている……?」


 アリアが驚愕の表情で端末を耳に近づける。ノイズの向こうから聞こえてきたのは、微かな、しかし信じられないほど透き通った「歌声」だった。


『緑なる多重の台地、天を突く鉄の揺り籠――』


 それは、ソラリスの市民なら誰もが幼い頃から歌い慣れている、都市の市民歌だった。

 スピーカーから響く歌声は、また一人、また一人と重なり合い、やがて地上の全セクターで戦い続ける衛士たちや都市保安隊の兵士たち、避難したシェルターで身を寄せ合っている市民たちの、泥臭くも力強い合唱へと変わっていった。

 数百万ものソラリスの市民たちが声を揃えて歌うその振動が、都市のエーテル循環パイプを通じて、この最下層の底にまで奇跡的に響き渡っていたのだ。それは、能力の有無に関わらず、この都市に生きるすべての者が「戦士」として最後まで抗い続けるという、生への絶対的な執着の証明だった。


「……みんな、歌ってる」


 リナの目から、熱い涙が泥にまみれた頬を伝って零れ落ちた。自分たちは、この地上で戦う数百万人の命の鼓動と繋がっていた。

 彼らはまだ諦めていない。ならば、その未来を託された自分たちが、ここで膝を折ることなど絶対に許されない。


「アリア、モモ、クロエ。……聞こえるよね。私たちは、一人じゃない」


 リナが細剣を再び真っ直ぐに掲げた。その瞬間、四人のバッグに揺れる、あの日ショッピングモールでお揃いで買った星のキーホルダーが、地上の歌声と同調するように美しく、優しく輝き始めた。


「あったりまえじゃん……! あたしたちの後ろには、数百万人の応援団がついているんだもん!」


 モモが涙を拭い、満面の笑顔で大剣を担ぎ直した。


「……完璧な射線が見えるわ。彼らの歌声が、私の槍の迷いをすべて消し去ってくれた」


 クロエの白銀の槍が、これまでにないほど研ぎ澄まされた緑色の閃光を放ち、アビスの瘴気を一瞬で駆逐した。


「精神領域、全回路の強制限界突破オーバーロード。地上のすべての意志を、私たちのエーテル兵装の燃料へと変換します!……リナさん、いきましょう!」


 アリアの眼鏡の奥の瞳が、青いデータの光で眩しく満たされた。

 地上の名もなき市民たち、戦士たちの歌声に励まされ、第7部隊の四人は、これまでの限界を遥かに超越した極限の精神同調を発動した。四人の心臓の鼓動が完璧に一つに重なり合い、ボロボロの制服が、まばゆいエーテルの光によって白銀色に染め上げられていく。


ギオォォォォォン!!


 人類の反撃の意志を感じ取った王が、激怒の咆哮を上げ、結晶の玉座から無数の黒紫色の触手を触手の大波のように放った。


「アリア、敵の多重障壁を剥がして! 道を作って!」


 リナの鋭い号令が、深層のリンクを通じてアリアの脳細胞へとダイレクトに伝わる。


「了解……! ドローン、全基限界駆動オーバードライブ! 私の目を、王の深淵へ直結しなさい!」


 アリアが叫ぶと同時に、三機のドローン「アイリス」「ルナ」「セレネ」が、過負荷による激しい火花を散らしながら、王の巨躯の周囲へと突撃した。ドローンが放つ青い探索光が、質量を持った暗黒の世界を立体的な幾何学のワイヤーフレームとして可視化していく。

 アリアの眼鏡の奥で、数億を超える文字列が光速で流れた。彼女は、王の本体を守るために何重にも展開されている、不可視のエーテル多重障壁の暗号化パターンの解析を瞬時に開始した。


「……見つけました! 障壁の位相反転周期、0.02秒! ハッキングリンク、確立!」


 アリアが虚空のキーボードを叩くたび、王の周囲に展開されていた紫色の絶対障壁が、ガラスが割れるような美しい音を立てて次々と剥がれ落ちていった。さらにアリアは、精神同調の極限状態を利用して、王の障壁の『正確な座標』を固定し、前衛の視界に直接ホログラムデータとして投影した。


「モモさん、クロエさん! 敵の障壁は残り一層! ですが、王が放った触手の壁と雑魚敵の群れが、射線を完全に遮断しています!」


「そこはあたしの縄張りだよぉぉ!!」


 桃色のツインテールを嵐の中に躍らせ、モモが最前線へと躍り出た。彼女が両手で握り締める大剣「イグニス・ゼロ」は、精神同調の限界突破によって、もはや鉄の塊ではなく、巨大な青白い光の柱へと変貌していた。


「みんなの歌声を邪魔する奴らは――全員まとめて、あたしがぶっ飛ばす!!」


 モモの悲鳴のような咆哮と共に、大剣が極限の速度で水平に旋回された。


ズガァァァァァン!!!


 それは、最下層の空間そのものを削り取るかのような、圧倒的な破壊の現象だった。モモが放った渾身の旋回斬りは、巨大な光の熱風となって前方を一文字になぎ払い、王が放った無数の触手の壁を、一撃のもとに木っ端微塵の結晶へと粉砕した。モモの怪力と相棒の大剣が、アビスの軍勢を力づくでねじ伏せ、絶望の深淵の中に、王の本体へと続く一直線の広大な空間をこじ開けたのだ。

 大剣の負荷により、モモの両腕の皮膚が裂け、鮮血が飛び散る。しかし、彼女はその場に激しく膝を突いても、最高の笑みを浮かべていた。


「……隊長! 道は開けたよ! あとは任せたからね!」


「うん、最高の仕事だったわ、モモ!」


 リナの細剣が銀色の閃光を放ち、モモが切り開いてくれた、光の残る直線の空間へと、弾丸のような速度で飛び出した。アリアのドローンは、過負荷によってレンズが赤く焼け落ちそうになりながらも、王の多重障壁を構成するエーテルの逆位相数式をミリ秒単位で相殺し続けていた。モモの大剣の軌道には、彼女が怪力ゆえに周囲から忌避されてきたすべての孤独な記憶が、今や仲間を守るための最強の誇りへと反転して宿っていた。


 モモがこじ開けた空間の先、結晶の玉座の剥き出しになった中心部に、ヴォイドの王が激昂の挙動で身を震わせていた。王の漆黒の装甲の隙間から、紫色の凶悪な雷撃がパチパチと音を立てて収束し、その全エネルギーが、突撃してくるリナへと照準を合わせていく。


「リナさん、危ない! 王の放つ紫色の反撃雷撃は、物質の分子構造を直接破壊する即死のエネルギーです! 回避してください!」


 アリアの悲痛な叫びが精神のリンクを通じて脳内に響く。しかし、リナは速度を緩めなかった。

 アリアの提示した戦術データによれば、王の本体の動きを完全に止め、クロエの槍のための「絶対的な射線」を確保するためには、誰かが囮となって、その雷撃の全出力を正面から引き受けるしかなかった。誰一人犠牲にしないという執着が、かつての第7部隊を全滅させたという悲劇の歴史。


(いいえ、私は誰も犠牲にしない! そのうえでこの雷撃は――隊長である私が、全部受け止める!)


 リナの銀髪が、王の放つ電界の風圧で激しく後ろへと流れた。彼女は細剣を真っ直ぐに掲げ、全身のエーテルを刀身の周囲に凝縮させて、即席の絶対鏡面防壁を展開した。


ギ、ガガガガガガ――!!


 王の放った漆黒の雷撃が、轟音と共にリナの身体を正面から直撃した。


ズガガガガガガガガガガガ!!!


「う、あああああああああっ!!!」


 リナの悲鳴が最下層の空間に響き渡る。分子を破壊する紫色の電撃が、リナが展開した防壁を強引に焼き裂き、彼女の細い身体を容赦なく感電させた。凄まじい衝撃と激痛が彼女の全神経を狂わせ、視界が真っ白に染まる。細剣を握る右手の骨が軋み、肉が焦げる臭いが立ち上る。精神同調のリンクを通じて、リナが味わっているその筆舌に尽くしがたい地獄の激痛が、モモ、クロエ、アリアの脳内にも同時に流れ込み、三人は悲鳴を上げそうになった。

 しかし、リナは倒れなかった。彼女は泥の中に両足を深く突き立て、血を吐きながらも、その漆黒の雷撃を正面からすべて受け止め続けた。彼女が肉体の限界を超えてその場に踏み止まったことで、王の反撃のエネルギーはリナ一点へと完全に固定され、王の本体の動きは硬直した。リナの命を懸けた、執念の空間固定だった。


「クロエ……今よ!! 私たちの、地上のすべての人の未来を信じて――あの核を、貫きなさい!!」


 リナは血に染まった顔を上げ、細剣を王の胸部へと突き刺したまま、背後の仲間に向かって魂のすべてを込めて叫んだ。

 そのリナの背後から、一筋の白い影が、音さえも置き去りにした超高速の跳躍を見せた。

クロエだった。

 彼女の瞳には、隊長が文字通り命を削って作ってくれたこの一瞬の機会を、絶対に無駄にしないという、極限の静寂の意志が宿っていた。


「……リナ。あなたの命、私がしっかりと繋ぎ止めるわ」


 クロエの身体が空中で光り輝いた。彼女の持つ白銀の槍は、アリアのハッキング、モモのなぎ払い、そしてリナの肉体を賭した固定によって作り出された、世界で最も純粋で、最も真っ直ぐな「絶対の射線」へと吸い込まれていった。

 すべての迷い、すべての過去の劣等感を完全に捨て去り、ただ毎日朝夕、愚直に繰り返してきた、あの一突き。

 その静寂の技が、いま絶望の深淵の底で、一筋の神なる光の線へと昇華された。

 王の漆黒の結晶装甲から放たれた雷撃は、大気中のすべての分子を腐食させ、吸い込む空気さえもオゾン臭と硝煙の混ざり合った地獄の臭いへと変えていた。

 リナの展開した細剣の鏡面防壁は、電撃の直撃を受けた瞬間に無数のガラスのようなヒビが入り、彼女の白い皮膚を内側から激しく焼き焦がしていったが、彼女の脳内にあるシンクロニシティの回路は、仲間への絶対的な信頼によってその激痛をすべて「闘志」へと一瞬で変換していた。彼女の流す赤い血は、白銀の制服の襟元を染め、クロエのための絶対的な勝利の射線を作り出していた。


「……貫け」


 クロエの呼気と共に、白銀の槍が一直線に突き出された。


挿絵(By みてみん)


シュゥゥゥゥゥン――。


 あとに残されたのは、完全なる静寂と圧倒的な漆黒の闇だった。それは、音や光、重力さえもが彼女の刺突の精度に平伏したかのような、絶対的な静謐の瞬間だった。クロエの放った槍の穂先は、王の漆黒の結晶装甲の、アリアが指定した唯一の構造的欠陥を完璧に捉え、その深奥で脈動していた、巨大な「漆黒のコア」の中心を一寸の狂いもなく、完璧に射抜いた。


パリィィィィィン!!!


 凍りついた空間が弾けるような、硬質で圧倒的な破壊の音が響き渡った。クロエの槍が貫通した瞬間、王の核の内部に溜め込まれていた、都市のエーテル循環システムから吸い上げられた膨大なエネルギーが、一気に臨界点を突破して逆流を開始した。


ギ、ガ、ガガガガ……ッ!? ガ、ガ、ギャァァァァァァッ!!!


 王が、この世の終わりのような断末魔の叫びを上げた。その巨躯を覆っていた漆黒の装甲が、胸部の亀裂から放たれたまばゆい白銀の光によって内側から次々と破砕され、結晶の破片となって四散していく。王が座していた紫色の結晶の玉座も、動力ケーブルも、すべてが光の奔流の中に飲み込まれ、ドミノ倒しのように崩壊していった。

 最下層の全域を満たしていた異次元の瘴気の霧が、王の消滅と共に急速に晴れ渡っていく。

 そして、それと同時に、ソラリスの全セクター、上層から下層までの空に群生していた数十箇所の巨大なアビス・ゲートが、まるで役目を終えたかのように、一斉にその口を窄め、空間の染みとなって次々と閉鎖へと向かっていった。街に降り注いでいた怪物の群れは、空間の繋がりを失ったことで、その場に崩れ落ち、エーテルの霧となって消滅していった。

 地上の幹線道路で、装甲車の残骸に背を預けて引き金を引いていた都市保安隊の兵士たちが、空を見上げて呆然と立ち尽くした。


「……ゲートが、閉じていく!? 怪物の増援が、止まったぞ……?」


「俺たちは、生き残ったんだ……! 勝ったんだ!」


 誰からともなく歓声が上がり、やがてそれは、ソラリス全土を揺るがす数百万人の大歓声へと変わっていった。大規模侵攻は、ここに完全なる終息を告げたのだ。

 しかし、その奇跡の勝利が生み出された、誰も知らない最下層の暗黒の底では。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 リナは細剣を杖代わりにして、冷たい泥の上に片膝を突いていた。王の放った雷撃の残余によって、彼女の身体からは微かに煙が立ち上り、衣服はぼろぼろだったが、その肉体の痛みさえ、今の彼女にとっては心地よい感覚だった。


「隊長……!」


 モモが、大剣を置き去りにして這うようにして駆け寄り、リナの身体を強く抱きしめた。


「よかった……! 隊長、死んじゃ嫌だよぉ……っ!」


「モモ……痛い、痛いよ……。でも、大丈夫、私は生きてるから」


 リナは微かに笑い、モモの桃色のツインテールを優しく撫でた。その横では、クロエが槍を収め,激しい疲労でその場に座り込みながらも、満足そうに微笑んでいた。


「完璧な突きだったわね、クロエ」


「……ええ。アリアのデータと、リナの固定ホールドがあったからよ」


 アリアは眼鏡のヒビの奥の目を細め,端末のデータを消去した。


「都市のエーテル結界、出力回復の兆候を確認。……私たちの、完全な防衛成功です、リナさん」


 四人は、互いのボロボロの手を重ね合わせた。精神同調の光は穏やかに消え去っていたが、その手のぬくもりは、これまでのどんな戦闘よりも深く、彼女たちの魂を一つに結びつけていた。


 この決戦は、中央の司令部が把握していない状況のもと、戦果を確認する者もいない深淵の闇の中で繰り広げられた。そのため、第7部隊が勝利の栄誉を称えられる可能性は低かった。

 地上で歓喜に沸く数百万人の市民たちが、自分たちの命を救ったのが、わずか16歳の四人の少女たちであるという事実を、一生知ることはないだろう。

 でも、彼女たちには、それでも良かった。

 通信の隙間から微かに聞こえていた、あの名もなき歌声。自分たちを信じて背中を預けてくれた、地上のすべての戦士たちの意志。それに応えることができたという確かな誇りだけで、四人の心は満たされていた。誰に知られずとも、自分たちはソラリスの光を支える、「太陽の衛士たち(エーテル・ガーズ)」なのだ。


 少女たちの戦いは、歴史の闇の底で、確かに人類の未来を繋ぎ止めていた。王の巨大な結晶が最下層の泥の中に崩れ落ち、エーテルの残光となって消滅していく間、ソラリスの鋼鉄の構造体全体が、まるで長い悪夢から目覚めたかのように、静かにその鳴動を沈めていった。

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