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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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17/32

★第10話 泥濘の防衛線

 多重階層都市ソラリスの最上層に近い「セクター04」は、いまや人類の防衛線における最も熾烈な地獄と化していた。

 ソラリスの政治・経済の中枢であるこの最重要エリア。人工太陽が紫色の暗雲に完全に覆い尽くされ、街に降り注ぐのは自然の雨ではなく、アビス・ゲートの裂け目から無尽蔵に這い出るヴォイドの群れと、それらが撒き散らす不気味な紫色の結晶片だった。大気を激しく震わせる怪物の咆哮と、それに抗う人類の全火力が交錯し、セクター全域が物理的な暴力の渦に巻き込まれていた。


 その絶望的な最前線の中心に、衛士隊の中で最強と謳われる第3部隊「ヴィクトリア」の四人が陣取っていた。彼女たちの戦闘は、もはや洗練された芸術の域に達しており、押し寄せる圧倒的な物量を個人の絶対的な技量によってねじ伏せていた。


「サラ、右からプレデター級が三体接近しているわ! ルウ、正面の圧力を抑えなさい!」


 隊長のマヤが、腰に佩いた二振りの直剣を抜き放ち、残像を残すほどの超高速で虚空を切り裂いた。彼女が振るう双剣は、エーテルの刃を幾重にも撒き散らし、接近しようとしたスカベンジャー級の群れを一瞬で細切れの結晶へと変えていく。マヤの指示は的確であり、その背中には五年間の修羅場を潜り抜けた者だけが持つ、絶対的な風格が宿っていた。


「……了解」


 金髪の盾士、ルウが一歩前に踏み出す。彼女が構える巨大なタワーシールドが黄金色のまばゆい光を放ち、地面へと突き立てられた。ドォォォォォンという重々しい衝撃音と共に、ルウを中心に強力なエーテル防壁が展開される。突撃してきた大型のプレデター級がその防壁に激突し、凄まじい火花を散らしながら体勢を崩した。


「そこを退きなさい、化け物ども!」


 ルウの背後から、長い黒髪をなびかせて飛び出したのは、槍士のサラだった。彼女の構える長槍が、弾丸のような速度で一直線に突き出される。アビスの怪物たち持つ、物質を腐食させる爪や牙をものともせず、サラの槍は崩れた怪物の胸部へと正確無比に吸い込まれていった。硬質な結晶が砕ける音が響き、プレデター級の核が完璧に撃ち抜かれ、怪物は悲鳴を上げる間もなく霧散していった。


「電子戦ドメイン、完全掌握。敵の増援ルートを一時的に妨害ジャミングします。マヤ、今のうちに中央を一掃して!」


 参謀のリリスが、携えた杖を高く掲げた。彼女の周囲に展開された無数の幾何学的な魔法陣が眩しく明滅し、空間のエーテル密度を強引に操作する。リリスの放つ光の魔術は、アリアのドローンとは異なり、高度な情報解析を行いながらも、それ自体が敵の神経系を焼き切る強力な攻撃兵器として機能していた。


 第3部隊の四人は、完璧な攻守のバランスを保ちながら、セクター04防衛線を単独で維持していた。彼女たちの周囲には、すでに討ち取られたヴォイドの死骸である結晶の破片が山のように積み上がっていたが、マヤたちの表情には一切の焦りも動揺もなかった。

 彼女たちは知っている。自分たちがここで一歩でも退けば、その下層にある数百万人の市民の命が、一瞬で怪物の餌食になるということを。その背負うものの重さが、彼女たちの刃をさらに鋭く、さらに冷徹に研ぎ澄ませていた。「ヴィクトリア〈勝利〉」の名を持つ部隊としての意地と覚悟が、地獄の戦場において鉄の壁となって聳え立っていた。

 マヤの持つ二振りの剣は、単なる武器ではなく、彼女の精神が結晶化した確固たる意志そのものだった。彼女が動くたびに、周囲のエーテルが音を立てて爆ぜ、怪物の接近を許さない絶対的な拒絶の空間を作り出していた。


挿絵(By みてみん)


 第3部隊が守る最前線から、数セクター離れた広大な幹線道路。そこでは、リナたちの同期であるエレナ率いる第8独立遊撃部隊〈インノヴァーレ〉が、 死力を尽くした防戦を展開していた。彼女たちが纏うのは、最新の戦術理論に基づいて設計された、身体にぴったりとフィットする戦闘服。そしてエレナの手には、以前の戦闘でクロエを挑発した、変形機構付きの最新鋭エーテル兵装「アグライア」が握られていた。


「アグライア、第二形態へ移行シフト! エーテルビット、全基パージ! 面制圧を開始する!」


 エレナの叫びと共に、彼女の持つ槍が中央から機械的に分離し、複数の独立した光の浮遊パーツへと姿を変えた。それらのビットがエレナの周囲を生き物のように旋回し、アビス・ゲートの裂け目から吐き出されるスカベンジャー級の群れに向けて、高出力のエーテルレーザーを網目状に乱射し始めた。紫色の闇が、最新兵装の放つ鮮やかな青白い閃光によって激しく明滅する。


「エレナ、敵の電磁障害波が強くなっているわ! ビットの制御維持にリソースを回して!」


 第8部隊の参謀が、新型の戦術端末を叩きながら警告を発する。この大規模侵攻において、ヴォイドたちが撒き散らす電磁障害とエーテルの乱反射は、これまでの戦闘の比ではなかった。以前、電子制御に依存しすぎて手痛い落とし穴に嵌まったエレナは、その苦い経験を決して無駄にはしていなかった。


「わかっているわ! 同じ失敗を二度も繰り返すほど、私は愚かじゃない! 制御コントロールが狂うなら、私の精神力で無理やり繋ぎ止めるまでよ!」


 エレナは額に玉の汗を浮かべ、奥歯を噛み締めながら、脳波をアグライアの駆動回路へと直結ダイレクト・リンクさせた。過負荷によって端末から火花が散り、彼女の視界が微かに赤く染まるが、エレナは一歩も引かなかった。彼女には、訓練学校時代から常にトップを争ってきたクロエに対する、戦士としての強烈なプライドがあった。前回の戦いで、クロエが放った「データを超えた完璧な一突き」を見せつけられたエレナは、自分もまた道具に頼るだけの未熟な存在ではないことを、この都市の存亡を懸けた大舞台で証明しなければならなかった。


変形キャスト! 第三形態、ランスモード! 貫きなさい!」


 空中を舞っていたビットが一瞬でエレナの手元へと戻り、巨大な光の重突撃槍へと再結合された。エレナはその巨槍を構え、正面から突撃してきた中型のプレデター級の胸部へと猛然と突き進んだ。最新鋭のエーテル兵装が放つ最大出力のエネルギーが、怪物の結晶装甲を内側から爆発させ、その核を跡形もなく粉砕する。

 第8部隊の少女たちもまた、傷つき、制服を泥にまみれさせながらも、最新兵装の限界を限界駆動オーバードライブで引き出し、死力を尽くして戦っていた。彼女たちのプライドと、都市を守るという純粋な意志が、地獄の戦場においてもう一つの眩い光の柱となって輝いていた。

 エレナの脳裏には、かつて訓練学校の廊下でクロエと視線を交わしたときの、あのヒリついた空気感が鮮明に蘇っていた。「私はあなたに負けない」。その言葉は、口に出さずとも彼女の戦い方すべてに刻まれていた。


 衛士たちが超常の武力を振るって最前線で怪物を駆逐するその裏側で、戦場の最も泥臭く、そして最も血生臭い場所を支えている男たちがいた。濃紺のタクティカルギアを纏った、都市保安隊(CSF)の隊員たちである。彼らには、エーテル兵装を操る才能はない。怪物の核を消滅させる超常の力もない。しかし、彼らには、この都市に生きる一人の人間としての、および市民の命を預かる兵士としての、絶対の誇りと義務があった。


「第二小隊、防衛線を維持しろ! 盾を構えろ! 後ろに子供たちがいるんだ、絶対に一歩も退くな!」


 セクター16の地下シェルターへと続く広大なスロープ。そこでは、数十人の保安隊員たちが、特殊合金製の重厚な盾を横一列に並べ、肉の壁となってスカベンジャー級の濁流を受け止めていた。怪物の鋭い爪が盾の表面を激しく引っ掻き、不快な金属音と火花が暗闇の中に飛び散る。


ガガガガガガガガガガガガ!


ズドォォォォォン!


 彼らが放つ自動小銃の実弾の掃射は、怪物の核を砕くことはできずとも、その四肢を撃ちちぎり、結晶の肉体を細切れにすることで、確実にその進軍を足止めしていた。銃身が摩擦熱で真っ赤に焼け落ち、弾倉が空になるたびに、隊員たちは互いの名前を叫び合いながら、泥にまみれて弾薬を補給し、引き金を引き続けていた。

 彼らの背後では、怯えて泣き叫ぶ小さな子供たちや、戦災によって家族を失った避難民たち、およびまだ正規のエーテル兵装を与えられていない、衛士候補生(訓練学校の生徒たち)が、必死の思いでシェルターの内部へと誘導されていた。


「候補生、怪我人を頼む! 荷物を捨てて走れ! 後ろを見るな、シェルターに入るんだ!」


 ベテランの保安隊員が、血まみれの腕で候補生の少女の背中を押し、地下への扉へと導いていく。候補生たちは、昨日までは安全な教室で講義を受けていたはずの子供たちだ。恐怖で足をもつれさせ、涙で視界を滲ませながらも、彼女たちは先輩である衛士たちが届けてくれた予備の補給カートリッジや救急キットを必死に抱え、負傷した市民の肩を支えて地下へと運んでいた。


「隊長! 右翼の防衛線が突破されました! 怪物どもが回り込んできます!」


「予備兵力を投入しろ! 俺が行く、お前たちはシェルターの扉を死守しろ!」


 一人の若い保安隊員が、弾薬の尽きたライフルを投げ捨て、腰の拳銃を構えてスカベンジャー級の群れへと単身突撃していった。怪物の鋭い牙が彼の肩を深く抉り、濃紺の制服が鮮血で染まっていく。それでも彼は、自らの身体を物理的な盾とすることで、逃げ遅れた子供がシェルターの中へと滑り込むための、わずか数秒の時間を稼ぎ出した。

 彼らの戦闘は、華々しいエーテルの光とは無縁だった。泥を傷つけ、血を流し、硝煙にむせび返りながら、ただひたすらに「時間」を稼ぐための決死の防戦。その泥臭くも命懸けの献身が、最前線で戦うリナたち衛士の背中を、何重もの物理的な盾となって支え続けていた。彼らが流す血の海の上に、ソラリスの最後の希望が繋ぎ止められていた。

 彼らの持つ重厚な盾には、数え切れないほどの傷と、怪物の体液によって変色した痕が刻まされていたが、その盾の裏側にある人間の温もりだけは、決して怪物たちに渡してはならない最後の砦だった。


 同じ頃、第7部隊「ノヴァ」の四人は、傷つき、疲弊しながらも、精神同調戦術「シンクロニシティ」の接続を限界まで維持し、孤立したセクターを一つずつ救出するための過酷な進軍を続けていた。セクター16のシェルターを守り抜いた彼女たちに、休息の時間など一秒たりとも与えられていなかった。

 四人の制服は、すでに怪物の返り血と、崩壊したビルのコンクリート粉塵によってボロボロに変色していた。リナの銀髪は汗と泥で汚れ、細剣の切っ先は絶え間ない戦闘の負荷によって微かに刃毀れを起こしていた。


「アリア、次の孤立セクターの座標は……っ!?」


 リナが通信越しに叫ぼうとした瞬間、彼女の脳内に強烈な激痛が走った。精神同調シンクロニシティの継続による、精神的・肉体的な過負荷オーバーロードだ。四人の精神領域を一本の光の鎖で結びつけるこの戦術は、爆発的な出力を生み出す代わりに、彼女たちの脳細胞を絶え間なく焼き削る諸刃の剣だった。


「……精度、セクター17の生存者反応を確認。ですが、私の演算回路が……熱を、持っています」


 参謀のアリアの声は、いつもの冷静さを失い、明らかな疲労で途切れ途切れになっていた。彼女の眼鏡のレンズには戦闘の衝撃で大きなヒビが入り、周囲を浮遊する三機のドローン「アイリス」「ルナ」「セレネ」は、過負荷による火花を散らしながら、辛うじて飛行を維持していた。アリアの脳は、都市全域の広域ノイズを処理し続けることで、すでに限界を迎えていた。


「アリア、無理をしないで! データの投影マッピングを切ってもいいわ!」


「ダメ、です……! 私が目を閉じれば、前衛の二人が……闇討ちされます。……論理切計算は、まだ、諦めるという選択肢を、提示していません!」


 アリアは頭痛に耐えながら、血の滲む唇を噛み締め、さらに深く精神のリンクを繋ぎ止めた。


「隊長、あたしはまだいけるよ! 筋肉がちょっとびっくりしてるだけ!」


 桃色のツインテールを激しく乱し、モモが強がりの笑顔を見せる。しかし、彼女が構える大剣「イグニス・ゼロ」の重量は、今の彼女にとって鉛のように重くのしかかっていた。超重量の旋回斬りを何百回と繰り返した彼女の両腕の筋肉は、すでに細かく悲鳴を上げて震えていた。


「……私も、問題ないわ。私の槍は、まだ鈍っていない」


 クロエが息を荒くしながらも、白銀の槍を水平に構え直した。彼女のストイックな精神力だけが、限界を迎えた肉体を無理やり戦士の形に留めていた。アリアが脳内に直接投影してくれる敵の弱点座標。その一点だけを信じ、クロエは一寸の狂いもない刺突を繰り出し続けていたが、その一突きごとに、彼女の集中力は紙一枚の薄さへと削り取られていた。

 リナは、深層のリンクを通じて、仲間たちの肉体と精神がどれほど悲痛な叫びを上げているかを、我がことのように感じていた。完璧な隊長であらねばならないという、かつての頑なな重圧はもうない。今の彼女にあるのは、この最高の仲間たちを誰一人として死なせないという、純粋で強大な意志だけだった。


「みんあ、ありがとう。……私の指示を信じて。私たちがこの手を離さなければ、どんな絶望(闇)だって切り裂ける!」


 リナの細剣が再び銀色の輝きを取り戻した。精神同調の光が四人のボロボロの制服を包み込み、彼女たちは次なる地獄、セクター17の濁流へと足を踏み入れた。

 リナの細剣が描く軌跡は、銀色の星の瞬きのようであり、それはまるで暗黒の夜空を強引にこじ開けようとする、少女たちの細い、しかし決して折れることのない強固な抵抗の灯火そのものだった。


 セクター17の居住区に滑り込んだ第7部隊の目に飛び込んできたのは、これまでの訓練学校の教科書には決して載っていなかった、過酷で、しかし崇高な「抗う者たち」の現実だった。

 そこには、大破した都市保安隊の装甲車をバリケードにし、実弾の弾薬が完全に底を突きかけた中で、拳銃や軍用ナイフを構えてスカベンジャー級の群れに肉弾戦を挑む保安隊員たちの姿があった。彼らの濃紺の制服は血と泥で汚れ、誰一人として無傷の者はいなかった。しかし、その瞳から生への執着と、後ろにいる者を守るという闘志は消え失せておらず、怪物の肉体に泥臭く刃を突き立てていた。

 さらに、その保安隊員たちの背後、半壊した建物の影では、先ほど宿舎のロビーで見かけたような、衛士候補生の少女たちが、涙を流しながらも必死の思いで戦っていた。彼女たちはまだ正規のエーテル兵装を扱えない。しかし、彼女たちは自分の小柄な身体を投げ出すようにして、負傷した保安隊員を安全な影へと引きずり込み、救急キットを使って必死に包帯を巻いていた。


「しっかりしてください! 目を開けて! まだ、諦めなゃダメです!」


 候補生の少女の叫びが、怪物の咆哮にかき消される。彼女の白い手は、隊員の流す鮮血で赤く染まっていたが、その手を止めることは決してしなかった。別の候補生は、空になった保安隊の弾薬箱を集め、瓦礫の中から使えそうな実弾を拾い集め、動ける兵士たちへと手渡していた。

 能力の有無など、ここには何の意味もなかった。

 エーテルを操れる衛士も,実弾しか持たない保安隊員も,まだ戦う武器すら持たない候補生の少女たちも。このソラリスという人類最後の揺り籠に生きるすべての者が、それぞれのやり方で、それぞれの持てる限界の力を振り絞り、世界を食い破ろうとする異次元の絶望に対して「戦士」として抗っていた。


「……あ」


 リナの胸の奥で、何かが激しく弾けた。

 かつて、訓練学校を卒業したばかりの頃の自分は、衛士こそが特別な存在であり、自分たちが市民を守る「選ばれた英雄」なのだと、どこかで思い上がっていたのかもしれない。しかし、それはあまりにも幼稚で、浅はかな錯覚だった。


「モモ! クロエ! バリケードの右翼を援護するわよ! 保安隊の火線を奪わせないで!」


 リナの号令が、精神のリンクを通じて一瞬で三人に伝わった。


「了解だよ、隊長ぉぉぉ!!」


 モモが震える腕に最後のエーテルを注ぎ込み、大剣「イニス・ゼロ」を横一文字に薙ぎ払った。バリケードに群がっていた数十体のスカベンジャー級が、光の嵐によって一瞬で消滅する。


「……貫く」


 クロエの白銀の槍が、アリアの指示した精密な座標へと一直線に伸び、候補生の少女たちに迫っていたプレデター級の胸部の核を、正確無比に撃ちぬいた。怪物は結晶の塵となって霧散し、候補生の少女が驚愕の表情でクロエを見上げた。クロエは言葉を交わすことなく、ただ静かに頷き、次なる敵へと視線を向けた。

 リナは自らも前線へと躍り出た。細剣を電光石火の速度で振るい,保安隊の兵士たちの隙を狙おうとした小型のヴォイドを次々と斬り伏せていく。彼女の剣筋には、もはや自分の未熟さを疑うような迷いは一切なかった。目の前で血を流しながら抗うすべての人々の意志が、彼女の細剣に絶対の確信を与えていた。

 その光景は、リナがこれまでに見てきたどの英雄譚よりも泥臭く、どの戦術書よりも残酷で、端的に美しかった。命が命を支え、絶望に抗うための巨大な一つの歯車として、都市全体が噛み合っていた。

 

 セクター17の包囲網を完全に突破し、生存者たちをシェルターの内部へと無事に送り届けたとき、周囲にはようやく短い静寂が訪れた。粉砕された怪物の結晶片が、人工太陽の遮断された暗闇の中で、星屑のように美しく、実るように残酷に煌めいていた。

 リナは細剣を鞘へと収め、激しく上下する肩を落ち着かせようと、深く息を吸い込んだ。彼女の制服の袖は裂け、肩口からは微かに赤い血が滲んでいたが、その肉体の痛みさえ、今の彼女にとっては心地よい感覚だった。


(マヤさん……。私は、ようやくわかりました)


 リナは、不気味に渦巻くアビス・ゲートの裂け目を見上げながら、心の中でかつて自分を厳しく突き放した先輩の姿を思い描いていた。

 模擬戦の後、マヤはリナを展望デッキへと連れ出し、かつての第7部隊が全滅した真実を語った。そして、「隊長は孤独でなければならない。仲間の死を背負う覚悟のない者に、部隊を率いる資格はない」と、残酷な現実を突きつけた。

 あの時の自分は、その「重さ」を、単なる義務や責任の数値としてしか理解していなかった。仲間を死なせてはいけないという恐怖の裏返しとして、一人で全部を背負い込もうとしていた。

 しかし、この地獄のような総力戦の中で、泥にまみれて盾を構える都市保安隊の姿を、涙を流しながらも負傷者の手当てを続ける後輩候補生たちの姿を見たことで、リナの認識は完全に書き換えられた。

 守るべき人々は、ただ後ろで怯えて保護されるだけの、脆弱な「お荷物」などではない。彼らもまた、このソラリスという人類の家を守るために、それぞれの持てる限界の命を燃やして戦う「戦友」なのだ。

 衛士が背負うべき「ものの重さ」とは、孤独に一人で抱え込むための重圧ではない。この都市に生きるすべての抗う者たちの意志を、その刃の先端に宿し、彼らが繋いでくれた一瞬の時間を、確実な勝利へと変えるための「誇りの重さ」なのだ。その真実を理解した瞬間、リナの心から、全滅への恐怖や隊長としての孤独は完全に消え去っていた。自分たちの後ろには、数万、数百万の、目に見えない強固な盾(仲間たち)が控えている。ならば、自分たち第7部隊は、彼らのために最も鋭い、絶望を打ち破るための剣になればいい。


「リナさん……聞いてください。全階層のゲートから逆流する広域エーテル波形を、ドローンの残存ログと結合して独自に逆位相解析デコードしました」


 眼鏡のヒビをそのままに、アリアがホログラムスクリーンを見つめながら、かつてないほど真剣な声で告げた。その表情には、新たな決意が宿っていた。


「……今回の未曾有の大規模侵攻を背後で統率し、全ゲートの出力を同調制御している、ヴォイドの未知の最上位個体の存在を突き止めました。仮に『キング』と呼称します。司令部は通信障害と情報錯雑のせいで、まだこの存在に気づいていないと思われます。王の所在地は、このソラリスの最下層、人工の光すら届かない未開発の暗黒区画です。そこから全階層のゲート出力を強制操作しています」


「最下層……。私たちの、本当の戦場ね」


 クロエが槍の柄を強く握り直した。その瞳には、すでに次なる死線を見据えた冷徹な闘志が灯っていた。


「あったりまえじゃん! 元凶がいるなら、あたしがその玉座ごと、粉々にぶっ飛ばしてあげる!」


 モモが震える腕で大剣を再び力強く担ぎ上げ,不敵に笑う。四人の精神は、限界を超えた過負荷の中にありながらも、精神同調の鎖を通じて、かつてないほど深く、そして強固に一つに結びついていた。


「ノヴァ、これより最終作戦に移行するわ」


 リナは三人の仲間を見渡し、晴れやかな笑顔を浮かべた。


「私たちは、誰の目にも触れない深淵へ潜る。私たちの活躍が、歴史に載ることはないかもしれない。でも、ここに生きるすべての戦士たちのために……私たちが、あの闇を終わらせよう!」


「「「了解、隊長!」」」


 三人の力強い声が響き渡る。

 泥濘の防衛線を越え、少女たちは真の覚悟を宿した戦士へと脱皮を遂げた。彼女たちの足音が、ソラリスの鋼鉄の床を力強く鳴らし、誰も知らない最終決戦の地、最下層の暗黒へと続いていく。

 私たちが繋ぐべきなのは、ただの命の数ではない。この都市に生きるすべての人々が持つ、明日を信じる心の輝きなのだ。

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