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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★幕間5 保安隊の地下迷宮

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 多重階層都市ソラリスの下層、ディープセクターの地下連絡通路。そこは、無数の太い高圧パイプと古びた送風ファンが不気味な影を落とす、文字通りの地下迷宮だった。


 激しい空間の歪みによって発生した局地的な通信障害により、第7部隊「ノヴァ」の通信機からは、ザザ……ザ……という不快なホワイトノイズしか聞こえなくなっていた。

 アリアの操る三機のドローンも、この閉鎖空間に渦巻く高濃度のエーテル嵐によって索敵精度を著しく制限され、チームは一時的な孤立状態を余儀なくされていた。


「……リナさん、この先にある『地下シェルター09』への連絡が完全に途絶しています。手前のセクターで多数のスカベンジャー級の反応を確認。論理的に考えて、生存者の安全は危機的状況です」


 アリアが眼鏡の奥の瞳を険しくして告げる。


「急ぎましょう。みんな、私に続いて!」


 リナが細剣を強く握りしめ、闇の奥へと足を進めた。背後からは、モモが巨大な大剣を担ぎ、クロエが白銀の槍の穂先を警戒させながら追従する。


 鉄錆の匂いと、焦げ付いた重油の臭い。その中に、彼らが最も嗅ぎたくない「もう一つの匂い」が混じり始めた。火薬の硝煙。それも、衛士のエーテル兵装による美しい爆発の痕ではない。生身の人間が放つ、泥臭い実弾の硝煙の臭いだった。


ドガガガガガガガガガッ!!


 地下迷宮の曲がり角の向こうから、鼓膜を破らんばかりの暴力的な機関銃の銃声が響き渡った。

 リナたちが角を曲がると、そこには息を呑むような光景が広がっていた。壊れかけたシェルターの防護ハッチの前、無数の真鍮の薬莢が床を埋め尽くす中、一人の男が単身でヴォイドの群れを食い止めていたのだ。

 濃紺の、各所が引き裂かれた戦術ベスト。胸元には「一等保安曹」の階級章が鈍く光っている。

 都市保安隊のベテラン下士官だった。彼はエーテル適性を持たない。その手にあるのは、衛士の武器のような輝きを持たない、古びた実弾式のアサルトライフルだった。


「うおぉぉぉぉぉっ!!」


 下士官は、迫り来るスカベンジャー級の眉間に、正確に鉛の弾丸を叩き込んでいた。しかし、怪物の酸によって彼の左腕の袖は焼け焦げ、皮膚からは血が滲んでいる。圧倒的な物量の前、生身の肉体はすでに限界を迎えているのは明白だった。


「モモ、前方を薙ぎ払って! クロエ、ハッチに迫る個体を!」


 リナの鋭い号令と共に、第7部隊が戦場へと躍り出た。

 モモの大剣が重力加速を伴って一閃され、前方のヴォイドをまとめて吹き飛ばす。クロエの槍が最短直線の軌道を描き、ハッチに取り付こうとしていたプレデター級の脚部を正確に貫いた。


 リナは瞬時に下士官の前に滑り込み、細剣で残党を切り伏せた。紫色の結晶が霧散していく中、下士官のアサルトライフルが、カチン、と虚しい金属音を立てて静止した。ボルトストップ。すべての弾薬が尽き、完全に空っぽになった瞬間だった。


「……っ、衛士の、嬢ちゃんたちか。……遅かったじゃないか」


 下士官は荒い息を吐きながら、空になった銃を構えたまま、不敵に笑ってみせた。その顔は硝煙と泥で黒く汚れていたが、その眼差しには、戦士としての凄まじい光が残っていた。


「申し訳ありません、通信障害で合流が遅れました。一等保安曹、お怪我は!? すぐに後方へ下がってください。ここからは、私たち第7部隊が引き受けます」


 リナは先輩の戦士に対する敬意を込め、丁寧な言葉遣いで素早く告げた。しかし、下士官は首を横に振った。


「下がる場所なんて、もうどこにもないさ。この薄いハッチの一枚後ろには、逃げ遅れた下層の市民が、子供たちが数百人詰まってるんだ。俺が下がれば、あいつらが死ぬ」


 下士官はそう言うと、使えなくなったライフルを床に置くことなく、不器用な手つきで腰のホルダーから最後の一丁――実弾式の拳銃を引き抜いた。残された弾倉は、あと一つだけだった。

 闇の奥から、さらに巨大なプレデター級の変異体が、排熱パイプを噛み砕きながら姿を現した。通信障害はまだ続いており、アリアの索敵もノイズに遮られている。絶体絶命の状況は変わっていなかった。


 リナは、目の前の大人の背中を見つめた。エーテルも持たず、ヴォイドの侵食に対抗する術もない生身の人間が、なぜこれほどの恐怖の中で、たった一人で立ち続けられるのか。彼女の生真面目な心が、どうしてもその理由を突き止めたいと求めていた。


「どうして……どうして、そこまでできるのですか? 貴方たち都市保安隊には、私たちのようなエーテルの力はないのに。どうして命を懸けて、一人でここまで戦えるのですか……!?」


 リナの悲痛とも言える問いかけに、下士官は拳銃のシリンダーをガチリと噛み合わせ、リナの銀髪を振り返ることなく、前方の闇を睨み据えたまま静かに語り始めた。


「……嬢ちゃん。俺たち大人が、どうしてこの泥臭い銃を握り続けているか、分かるか? ……それはな、お前たちみたいな若い女の子に、こんな重い剣を握らせちまった、大人の『罪滅ぼし』だよ」


 その重々しい言葉が、リナの胸を深く突き刺した。


「衛士の武器しかこの化け物どもに通用しねぇってのはわかってる。だがな、だからといって俺たちが手をこまねいて見てるだけってわけにはいかねぇんだよ。超常の力を持たねえ俺たちが、泥を啜ってでも、身体を張って物言わぬ盾にならなきゃ、何のためにこの古い肉体があるんだ。……街を守るってのはな、英雄になることじゃない。誰かの明日を、泥塗れのこの手で、ただ無言で繋ぎ止めるってことだ。……さあ、嬢ちゃん。お前のその綺麗な剣で、この街の『普通の朝』を、俺たちに見せてくれ」


 下士官はそれだけを語ると、空の左腕でリナの背中を力強く押し出した。言葉はそれ以上必要なかった。彼が語った「街を守るための信念」――それは、名もなき盾として生きる男たちの、狂気にも似た誇りそのものだった。


「……はい! 教えていただきました、一等保安曹!」


 リナの瞳から、迷いの影が完全に消え去った。

 彼女は細剣を真っ直ぐに構え、その刃に、下士官の言葉という名の新たな「力」を宿らせた。


挿絵(By みてみん)


「第7部隊、最終突入! 私たちの後ろには、誰も通させない!」


 リナの凛とした号令が地下迷宮に響き渡る。

 モモの大剣が咆哮し、クロエの槍が最短の直線を走り、アリアのドローンがノイズを突き破って道を照らす。そしてリナの細剣が、プレデター級の核を完璧に、一色の一撃で貫いた。

 怪物が光の粒子となって霧散し、地下シェルターの前に、本当の静寂が戻ってきた。


 ハッチが内側からゆっくりと開けられ、怯えていた市民たちの無事な姿が見えたとき、下士官は拳銃を静かにホルダーへと収め、リナに向かって、泥と血で汚れた額にそっと右手を当てる、最高に無骨で温かい敬礼を送った。言葉はなかったが、その背中は、どんな衛士の兵装よりも力強く、ソラリスの明日を支えていた。

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