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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★第8話 新戦術・精神同調

 先日の、月に一度の完全休養日――あの穏やかなショッピングモールでの出来事を経て、第7部隊「ノヴァ」の空気は劇的に変わっていた。


 戦場での冷徹な連携は、今や互いの呼吸を完璧に察知し合う、温かな信頼の絆へと昇華されつつあった。

毎朝6時の起床。寝坊するモモをリナとクロエが起こし、アリアがその日の予定を読み上げる。

 そんな、どこにでもある少女たちの日常が、彼女たちの戦闘精度を何倍にも引き上げていた。ショッピングモールで買ったお揃いの星のキーホルダーは、それぞれの訓練用バッグのジッパーに揺れ、見るたびに過酷な戦いの中でのささやかな癒やしとなっていた。お揃いのキーホルダーを持つことで、お互いがただの「戦友」ではなく、16歳の等身大の少女として心を通わせたことが、目に見えない強固な鎖となって彼女たちを繋いでいたのだ。


 しかし、その順調な成長を見守っていた衛士隊の上層部は、彼女たちにさらなる試練を、それも未知の領域に属する過酷な任務を提示したのである。

 課業開始の直後、四人は衛士隊装備本部の中にある「第六研究室」へと呼び出されていた。

 重厚な鋼鉄の扉をいくつも潜り、エレベーターで地下深くへと降りていく間、リナたちは言葉少なだった。

 到着した場所は無機質な白い壁と、無数のエーテル計測用ケーブルが縦横無尽に這い回る特殊な部屋だった。そこで四人を迎えたのは、研究室の技術官だった。


「よく来てくれた、第7部隊。君たちの昨今の活躍、特に前衛と後衛の見事な役割分担は司令部でも高く評価されている。だからこそ、開発中のこの新戦術の適合者として、君たちが選ばれた」


 技術官が操作するホログラムスクリーンに、複雑な精神波形と、四つのエーテル兵装が一本の光の鎖で結ばれる様子が映し出された。


「エーテル兵装の隠された真の力、精神同調戦術――『シンクロニシティ』だ。これは、部隊全員のエーテル波形と精神領域を完全にリンクさせ、部隊全体の戦闘出力を爆発的に向上させる。成功すれば、個人の限界を超えた超常的な戦闘力が手に入るだろう。……だが、これには極めて高いリスクが伴う」


 技術官の言葉に、参謀のアリアが眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


「リスク……。精神領域の完全なリンクということは、脳波や思考の共有だけに留まらないということですか?」


「その通りだ、アリア君。精神の同調とは、互いの記憶、感情、あるいは他者には決して見せたくないトラウマや心の闇までもが、完全に曝け出され、共有されることを意味する。もし一人でも精神的に拒絶反応を起こせば、エーテル波形が逆流し、全員の精神が崩壊する危険性がある。どうだ、挑戦するかね?」


 研究室に重苦しい沈黙が降りる。互いのすべてを知ってしまうことへの恐怖。少女たちにとって、それは刃を向けられるよりも恐ろしいことかもしれない。

 しかし、リナは静かに一歩を踏み出した。


「やります。私たちがもっと強くならなければ、この都市の明日は守れないから。みんな、いいよね?」


「あったりまえじゃん! 隊長が行くなら、あたしも行くよ!」


 モモが元気よく拳を突き上げ、クロエも無言で槍の柄を握り直して頷いた。アリアは端末にデータを入力しながら、「論理的な成功確率は、私たちの絆の深さに比例しますね」と不敵に微笑んだ。


 実験が始まった。四人は専用の同調カプセルに入り、頭部にエーテル結合用のアタッチメントを装着される。


「シンクロニシティ、起動。カウントダウン、三、二、一……接続」


 システムのアナウンスと共に、リナの意識は急速に深い闇へと沈んでいった。やがて、彼女の脳内に、自分以外の三人の気配が流れ込んできた。


モモの持つ、太陽のような圧倒的な生命力。


クロエの持つ、氷のように研ぎ澄まされた静寂の意志。


アリアの持つ、星々のように精緻な論理の光。


四人のエーテルが混ざり合い、一つの巨大な奔流へと変わっていく。

 しかし、同調率が臨界点を突破したその瞬間、リナの心の奥底に封印されていた「澱」が、制御を失って溢れ出した。


『私は、みんなを生かして帰さなばならない』


 それは、リナが誰にも言わず、独りで抱え込んできた魂の叫びだった。

 マヤから聞いた、三年前の第7部隊の全滅。一瞬の決断の遅れが、仲間全員の命を奪うという残酷な真実。


(もし、私の指示が間違っていたら? もし、私のせいでモモの笑顔が消えたら? クロエの誇りが、アリアの知性が、私の無能さゆえに怪物に食い荒らされたら――?)


 リナの精神世界に、暗黒の津波が押し寄せる。それは、完璧な隊長であらねばならないという、過度な重圧が作り出した絶望の檻だった。

 脳裏に蘇るのは、模擬戦でマヤに叩きのめされた時の痛みと、あの冷徹な問いかけだ。隊長の決断一つで、仲間が灰になるという事実がリナの心を突き刺していた。深層心理に刻まれた「全滅」の二文字が彼女の足を引っ張る。完璧であらねばならないという頑なな思いが、彼女の意識を漆黒の闇の底へと引きずり込んでいく。

 リナは暗闇の中で膝を抱え、恐怖に震えていた。彼女は孤独だった。仲間を守るために、仲間と同じ場所に立ってはいけない、孤独でなければならないと、自分を強く追い詰めていたのだ。

 その時、暗闇を切り裂くように、温かな光が差し込んだ。


「なーんだ、隊長ってば、そんなこと考えてたの?」


 モモの声だった。彼女の精神が、リナの絶望の海へと迷いなく飛び込んできた。


「モモ……? 来ちゃダメ、私の弱さに巻き込まれたら、みんなの精神が……!」


「バカ言わないで。あたしのこの力はね、隊長を守るためにもあるんだよ。一人で全部背負うなんて、あたしが許さないんだから!」


 モモの温かい力が、リナの身体を包み込む。


「……そうよ、リナ。あなたは私たちを戦士として信頼すると言ったわ。なら、私たちの強さをもっと信じなさい。私たちは、あなたの独りよがりな理想を満たすための人形ではないわ」


 クロエの研ぎ澄まされた意志が、リナの周囲の暗黒の檻を鋭く一突きし、粉々に砕いた。


「リナさん。あなたの心拍数、脳波の乱れ、すべて検知しています。論理的に言って、隊長一人が全責任を負う組織は、非効率的で長持ちしません。私たちがいるのは、あなたの負担を四等分するためです。……一人で背負わないでください」


 アリアの静かな、しかし確固たる論理の光が、リナの精神世界を優しく満たしていく。

 三人の精神は、リナの弱さを拒絶しなかった。それどころか、彼女の抱える醜いほどの恐怖と重圧を、すべて我がことのように受け入れ、包み込んだのだ。


(ああ……私は、一人じゃなかったんだ)


 リナの心から、冷たい氷が溶けていくように、涙があふれ出た。孤独である必要などなかった。仲間を信頼するとは、自分の弱さをも彼女たちに預けることだったのだ。四人の精神が真の意味で溶け合い、完璧な同調――「シンクロニシティ」が完成したのである。


「素晴らしい…⋯。君たちにこのシステムを委ねて良かった……」


 日頃は冷徹な技術官も、少女たちのお互いの信頼を目の前に声を震わせた。


挿絵(By みてみん)


 こうして新戦術・シンクロニシティの第一歩がはじまった。それが第7部隊になにをもたらすのか。

 リナたちが期待と不安を胸にすべての実験を終えようとしたその瞬間、研究室の全スピーカーから、鼓膜を裂くような緊急警報音が鳴り響いた。


「緊急入電! 臨時出撃指令! セクター22を中心に、都市各所でアビス・ゲートの発生頻度が異常に跳ね上がっています! 過去に例のない規模の同時多発発生です! すべての衛士は直ちに出撃せよ!」


 四人はカプセルを飛び出し、それぞれの兵装を手に取った。


「第7部隊、出撃するわ!」


 リナの声には、もう一切の迷いも、歪んだ重圧もなかった。

 地上へ出ると、セクター22の空は不気味な紫色に変色し、空間のあちこちに無数の裂け目が走っていた。そこから這い出るヴォイドの数は、これまでに戦闘した数とは文字通り桁が違っていた。数百体のスカベンジャー級が街を埋め尽くし、空中をプレデター級が飛び交っている。


「くっ、多すぎる……!」


 周囲では、都市保安隊の隊員たちが装甲車を盾に防衛線を築き、必死に実弾を乱射していた。彼らの銃撃音と、避難を呼びかける拡声器の悲痛な声が響き渡る中、保安隊の防衛線は今にも決壊しそうだった。


「みんな、いくよ! 『シンクロニシティ』、発動!」


 現場に出たリナの号令と共に、四人のエーテル兵装がかつてない強烈な光を放った。精神同調の光が、彼女たちの制服を眩しく染め上げる。

 その瞬間、第7部隊の戦闘は、次元の違う領域へと突入した。


「……私の脳内データ、全感覚領域を皆さんに直接投影ダイレクト・マッピングします!」


 アリアが叫ぶと同時に、リナ、モモ、クロエの視界に、驚くべき光景が広がった。視覚の死角、建物の裏側に隠れた敵の位置、すべてのヴォイドの核の振動数、さらには数秒後の敵の移動軌跡までが、鮮明な光のデータとして全員の脳内に直接焼き付けられたのだ。アリアの「知性」が、全員の「目」となった。


「見える、見えるよ! 敵の動きが止まって見える!」


 モモが歓喜の声を上げ、大剣「イグニス・ゼロ」を構えた。アリアのデータに基づき、最も効率的な破壊の座標へと、モモの怪力が導かれる。


「一網打尽だよぉぉ!!」


 モモが放った薙ぎ払いは、従来の数倍のエーテル出力を伴う大嵐となり、前方のスカベンジャー級数十体を一瞬で塵へと変えた。大剣の軌道に合わせてエーテルの衝撃波が幾重にも広がり、街路にひしめいていた怪物の群れが悲鳴を上げる間もなく消滅していく。モモの豪快な笑い声が、精神のリンクを通じてリナの胸にも心地よく響いていた。敵の包囲網が、紙細工のように粉砕される。


「……次は私ね。射線確保」


 クロエの白銀の槍が、アリアの指定した「敵の核が最も脆弱になる瞬間」の座標へと吸い込まれるように伸びた。一突きで三体のプレデター級の核を同時に貫通するという、神業に近い刺突。クロエの槍が、戦場に確実な勝利の道を拓いていく。

 敵の中心へと、リナが飛び出した。


「私も、みんなと共に戦う!」


 リナは細剣を構え、流麗にして圧倒的な速度の剣撃を繰り出した。精神同調によって、モモの破壊力、クロエの正確さ、アリアの予測能力が、リナの細剣にすべて集約されていた。

 リナが細剣を一閃させるたび、エーテルの刃が何重にも波及し、漏れ出たヴォイドたちを一瞬で一網打尽にしていった。自ら前線に立ち、圧倒的な力で部隊を牽引する。これこそが、第7部隊の生み出した新たなる無敵の戦術だった。


 わずか数分の間に、セクター22を埋め尽くしていた絶望的な数の怪物の群れは、完全に消滅した。

 後に残されたのは、粉砕された結晶の美しい破片と、あまりの圧倒的な戦闘劇に言葉を失った都市保安隊の隊員たちの静寂だけだった。


「……やった、ね」


 リナが細剣を収めると、精神同調の光が穏やかに消えていった。四人は激しく息を切らしながらも、互いの顔を見て、最高の笑顔を交わした。


「あたしたち、本当に最強になっちゃったかも!」


 モモがリナに抱きつき、クロエも満足そうに微笑む。

アリアは眼鏡の位置を直し、「論理的な限界を超えた、完璧な勝利です」と誇らしげに言った。

 第7部隊は、この未曾有の戦いで、自分たちの絆が本物であることを証明したのだ。

 しかし、アリアの持つ戦術端末だけは、勝利を祝う空気を切り裂くように、冷酷な警告音を鳴らし続けていた。


「……待って、ください。これは、何ですか……?」


 アリアの顔から血の気が引いていく。彼女が提示したホログラムスクリーンには、セクター22だけでなく、ソラリス全土の空に、目に見えない巨大なアビス・ゲートの「超大型予滝波形」が渦巻いている様子が映し出されていた。


 今回の異常な多発発生は、決して偶然の襲来などではなかった。それは、都市そのものを丸ごと飲み込もうとする、より巨大な、あるいは破滅的な「大侵攻」の、ほんの序章――カウントダウンに過ぎなかったのだ。

 不気味に歪み始めるソラリスの空を見上げながら、リナは静かに細剣の柄を握り直した。本当の試練が、すぐそこまで迫っていることを、彼女たちの深層で繋がった精神が、本能的に察知していた。

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