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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★幕間4 反転の槍と大剣

 衛士隊宿舎「アイギス・タワー」にある5407号室に、その日一番の絶叫が響き渡った。


「な、ななな、何これぇぇぇ!? あたしのツインテールが、一本の長いポニーテールになっちゃってるのー!?」


 姿見の前で、緑色の髪を両手で振り回しながら悲鳴を上げているのは、クロエ――の姿をした少女だった。

 普段のストイックで合理主義な面影は微塵もなく、その表情は天天爛漫なモモそのものだった。


「……静かにしなさい、モモ。取り乱すのは非合理的よ」


 その隣で、桃色のツインテールを綺麗に整えながら、冷徹な眼差しで自身の右腕の筋肉のキレを確かめているのは、モモ――の姿をした少女だった。

 彼女は落ち着き払った動作で拳を握り、ふぅと呼気を漏らす。その佇まいは、完璧主義者のクロエそのものであった。


挿絵(By みてみん)


「リナさん、昨日の戦域で遭遇した新型ヴォイドの残留エーテルが、二人の精神波形を反転、つまり『入れ替わり』を引き起こしているようです。一時的なエーテル共鳴の悪戯ですね」


 アリアが眼鏡の位置を直しながら、ホログラム端末のデータを提示した。


「ええっ!? じゃあ、今のクロエの中身がモモで、モモの中身がクロエってこと!?」


 リナがハーブティーのカップを持ったまま硬直する。起床5分前のルーティンどころではない、ノヴァ結成以来最大のシステムエラーだった。


 その日の朝食時、アイギス・タワーの食堂は異様な熱気に包まれていた。


「お腹空いたぁ! 料理長、特大カスタードプリンとライ麦パン五枚、あとシチュー大盛りで!」


 クロエの凛とした姿のまま、両手をバタバタと振るわせて食堂のカウンターへ突撃する「中身モモ」。

 周囲の衛士たちが「あの鉄のクロエが、プリン……?」と驚愕の視線を送るが、本人は全く気にする様子がない。トレイを持ったまま「あ、危ない!」とよろける所作まで、いつものクロエからは想像できないほど無邪気だった。

 一方、桃色ツインテールのモモの姿をした「中身クロエ」は、背筋を真っ直ぐに伸ばし、トレイの上に完璧に計算されたカロリーのサラダとブラックコーヒーだけを載せて席に着いた。


「……筋肉の出力に対して、この肉体は脂肪蓄積率がやや高いわね。毎朝五時の鍛錬メニューを倍にする必要があるわ」


 そう呟きながら、モモの肉体で黙々とサラダを口にする姿は、周囲の衛士たちに「モモが……生野菜を食べている……世界の終わり……?」という別の恐怖を与えていた。


「二人とも、今日を乗り切ればエーテルの逆流は収まるわ。お願いだから、一日頑張ってね」


 リナがお腹を押さえながら懇願した、まさにその時だった。タワー全域に緊急の警報音が鳴り響いた。


『セクター44にアビス・ゲート開放。スカベンジャー級の群れを検知。第7部隊、直ちに出撃せよ』


「ああ……」


最悪のタイミングでの出撃命令にリナは思わず嘆息して天を仰ぐ。


「……行くわよ。この肉体でも、私の槍技の最適解は導き出せるはず」


「うん! あたしもクロエの身体で、どっかーんと大暴れしてくるね!」


生真面目な表情で外見モモのクロエが言えば、外見クロエのモモも力こぶで気合を入れるのだった。


 最悪の不安を抱えたまま、第7部隊は炎上するセクター44へと急行した。

 セクター44。工業パイプが複雑に交錯するその戦域では、すでに都市保安隊(CSF)の装甲車が路地を封鎖し、重機関銃の実弾兵器でヴォイドの進撃を食い止めていた。彼らが命懸けで防衛線を維持している煙幕の向こう側へ、リナたちは飛び込んだ。


「アリア、索敵を! モモ、……じゃなくて中身クロエ、薙ぎ払いを!」


 リナの指示に、モモの肉体(中身クロエ)が動く。彼女は超重量の大剣「イグニス・ゼロ」を引き抜いた。


「……大剣術の基本。重心の移動を計算し、最短距離で――」


 フッ、とモモの肉体で放たれた一撃は、あまりにも精密な「刺突」のような軌道を描いた。しかし、大剣はその自重ゆえに、精密にコントロールしようとすればするほど、肉体にかかる負荷が跳ね上がる。


「くっ……!? 何て重さなの……! モモ、貴女はいつも、こんなデタラメな質量を振り回しているの!?」


 中身クロエが、強烈な遠心力に振り回されて体勢を崩す。


「次はあたしの番! クロエの槍、いっくよー!」


 今度はクロエの肉体(中身モモ)が、白銀の槍を構えた。


「重力加速、最大! おりゃぁぁぁ!!」


 彼女は槍を細剣のように精密に突くのではなく、まるで大剣のように頭上でブンブンと力任せに旋回させた。


「わわっ!? 槍って、軽すぎて手応えがないよーっ! どこに飛んでっちゃうかわかんない!」


 槍の穂先は空を切り、ヴォイドの装甲に当たってもパキンと虚しく弾かれるだけだった。


「だめです! 二人とも、兵装のエーテル特性と肉体の記憶が完全に喧嘩しています!」


 アリアがドローンのデータを叩きながら焦る。

 闇の中から、プレデター級の鋭い触手が、体勢を崩した二人の隙を狙って急襲した。


「モモ! クロエ! 避けて!」


 リナが細剣で割って入るが、敵の数が多すぎる。

 その極限の戦域の中で、二人はハッとお互いの肉体を見つめ合った。


 モモの肉体にいるクロエには、分かった。この肉体が、どれほど純粋で、どれほど強大なエネルギーを内包しているか。モモはいつも、周囲を壊してしまう恐怖と戦いながら、この圧倒的な力を「仲間を守るため」だけに必死にコントロールしていたのだ。


 クロエの肉体にいるモモにも、分かった。この肉体の指先、足の裏、すべての筋肉に刻まれた、気の遠くなるような毎朝の鍛錬の記憶。クロエは天才などではなく、誰よりも血の滲むような努力を積み重ねて、あの完璧な一突きを完成させていたのだ。


「……モモ。貴女の力、少しだけ理詰めで使わせてもらうわよ」


「うん! クロエの身体、あたしのハートで、一番かっこよく動かしてみせる!」


 二人の精神が、互いの肉体の「本質」を理解した瞬間、反転していたエーテル波形が奇跡的な同調シンクロを始めた。


「アリア、座標を! リナ、合図をお願い!」


 中身クロエ(モモの肉体)が、大剣の柄を力強く握りしめた。今度は無理に制御しない。モモの持つ圧倒的な肉体出力を、クロエの論理的な「旋回軌道の最適化」によって、完全な破壊の嵐へと昇華させる。


「座標確定! 3−2−1……」


「今よ!!」


 アリアが座標を指定し、リナの鋭い声が跳ぶ。

その瞬間、モモ(中身クロエ)の大剣が唸りを上げた。


「――重力共鳴、円運動の極致……なぎ払いなさい!!」


 ズドォォォォォン!!


 いつも以上の正確さを得た大剣の旋回は、一撃で前方のスカベンジャー級を塵へと変え、プレデター級の装甲を完璧に粉砕した。


「ラストはあたし! クロエの槍技、一丁あがりぃぃ!」


 露出したコアに向けて、クロエ(中身モモ)が跳躍した。彼女はクロエの筋肉に刻まれた「最短距離の記憶」に自分の魂を委ね、全力の力を一点へと込めた。


「……いっけぇぇぇ!!」


シュッ――!


 それは、クロエの精密さにモモの爆発的な突進力が融合した、ノヴァ史上最も鋭く、最も重い、完璧な一突きだった。

 光槍がプレデター級の核を正面から貫通し、怪物は紫色の結晶となって霧散していった。

 戦いが終わり、セクター44に都市保安隊の車両が残骸の撤去に集まる中、二人の身体からパチパチと微かなエーテルの火花が散った。


「あ……あれ? あたしのツインテールに戻ってる!」


「……筋肉の感触も、いつもの私ね」


 エーテルの逆流が収まり、二人は無事に元の肉体へと戻っていた。

 モモは自分の両手を見つめ、それからクロエに向かって満面の笑顔を向けた。


「クロエ、ありがとね。クロエの身体、すっごく真面目で、あったかかった!」


「……貴女の肉体も、見た目以上に不器用で、優しい力を持っていたわ。……悪くない経験だったわね」


 クロエは少し照れくさそうに、槍の穂先を確かめながら呟いた。


「二人とも、本当にお疲れ様。これで次の任務からは、もっと凄い連携が見られそうね」


 リナが安堵の笑みを浮かべ、アリアも「データの更新が必要です。二人の連携効率が20%向上しました」と眼鏡を光らせた。


 お互いの肉体と、その裏にある努力と苦悩を知ったノヴァの双璧。

 彼女たちの絆という名の重力は、入れ替わりのトラブルさえも糧にして、ソラリスの空でより一層、強く、眩しく輝き始めるのだった。

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