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エーテル・ガーズ ―ソラリス衛士隊戦記―  作者: 白黒鯛
本編 第7独立遊撃部隊〈ノヴァ〉

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★第6話 静寂を貫く光槍

 衛士隊の訓練施設「アイギス・ドーム」。

 午前5時、人工太陽が登る準備を始める前の、最も深い「夜」の時間。静寂に包まれた演習場に、鋭く空気を切り裂く音が一定のリズムで響いていた。


「……997。998。999。……1000」


 緑色の髪を高い位置でポニーテールに結んだ少女、クロエは、白銀の槍を一突きするごとに、呼気と共にエーテルを練り、全身の筋肉へと循環させていた。

 彼女の突きは、もはや「攻撃」という荒々しい言葉では形容し難いほどに洗練され、一筋の光の線へと昇華されていた。


 クロエは、自分自身に「完璧」であることを課していた。

 彼女にとっての槍術とは、数学的な最適解の追求だ。敵の装甲の厚さ、コアの振動数、大気の湿度、そして己の心拍。それらすべての変数を計算し、最短距離で一点を貫く。それができて初めて、彼女は自分の存在価値を認めることができた。

 だが、その完璧主義の裏側には、決して消えることのない「影」があった。


 訓練学校時代。彼女は常に槍術の成績優秀者として、誰よりも先に技術を習得していた。しかし、卒業間近の最終評価試験において、彼女はその地位を奪われた。自分よりも遥かに奔放で、かつ最新の理論を取り入れた戦術を操る一人の少女に。


「……また、あの時のことを」


 クロエは槍を引き、額に浮かんだ汗を拭った。

 彼女が思い出したのは、その少女、エレナの顔だった。自分と同じく槍を武器としながら、クロエの「伝統的な刺突」を「時代遅れの棒振」と笑い飛ばした少女。


 そして、その日の朝礼。第7部隊「ノヴァ」の前に現れたのは、不敵な笑みを浮かべた少女たちだった。第8独立遊撃部隊「インノヴァーレ」の隊員四人だ。

 

「あら、久しぶりね、クロエ。まだそんな古臭い槍を使っているの?」


 聞き覚えのある挑発的な声。

 クロエの視線の先にいたのは、青黒い髪を肩まで伸ばし、標準制服ではなく体にぴったりとフィットした最新型の戦闘服を纏った隊長のエレナだった。

 彼女の背負っているのも、標準的な槍ではない。複数のエーテル発生装置が組み込まれた、変形機構付きの最新鋭エーテル兵装「アグライア」だ。


「……エレナ。第8部隊に配属されていたのね」


「ええ。隊長を任されているわ。あなたたち第7部隊が『セクター51』で幸運な勝利を収めたって聞いたから、本当の実力差ってものを教えてあげようと思って。第8部隊は、最新兵装の先行評価部隊テストベッドでもあるのよ。あなたみたいな『努力型』の槍が、どこまで通用するか楽しみだわ」


 エレナはクロエの横を通り抜ける際、その肩にわざとぶつかるようにして歩き去った。

 クロエの手が、槍の柄を強く握りしめる。


「クロエ、大丈夫?」


 隊長のリナが心配そうに声をかける。リナは第3部隊との合同演習以来、仲間の心の機微に敏感になっていた。


「……何でもないわ。任務に行きましょう」


 クロエは冷淡に答え、背中を向けた。だが、その足取りはいつになく重かった。


 今回の任務は、重要拠点であるエネルギー供給施設「セクター12」の警備と、付近に予兆が見られるアビス・ゲートの監視だった。

 第7部隊と第8部隊は、合同パトロールという形で、広大な施設内を二手に分かれて巡回することになった。

 施設の周囲では、都市保安隊(CSF)の装甲車が路地を封鎖し、拡声器を通した隊員たちの指示が住民の避難を促している。彼らの放つ実弾の掃射音が、どこか遠い世界の出来事のように響く中、リナたちは施設深部へと進んでいった。


「アリア、ゲートの状況は?」


「……不安定です。通常のプレデター級とは異なる波形を確認。……来ます! 北緯30度、高度15メートル! 裂け目が開きます!」


 アリアの警告と共に、空間が激しく歪んだ。

 現れたのは、無数の触手を持つクラゲのようなヴォイド「フェイズ・シフター」。その体表は常に高速で振動しており、物理的な攻撃を透過させる特性を持っていた。


「私の出番だね! どっかーーーんっ!」


 モモが大剣を振り回し、触手の一群をなぎ払おうとする。しかし、モモの豪快な一撃は、ヴォイドの身体をすり抜けるようにして空を切った。


「なにこれ!? 手応えがないよっ!」


「敵は体組織の位相を絶えず変化させています! 物理攻撃を当てるには、その振動周期を完全に読み取り、一瞬の静止時間を狙うしかありません!」


 アリアがホログラムスクリーンを叩きながら叫ぶ。だが、その「一瞬」はあまりに短く、かつ不規則だった。そこへ、別の方向から光の帯が飛来した。


「どいてなさい、第7部隊! こういうのは、面で制圧すればいいのよ!」


 エレナの声と共に、彼女の「アグライア」が展開した。槍の先端が複数のパーツに分離し、それぞれが独立したエーテルビットとしてヴォイドの周囲を囲む。無数の光線が網目状にヴォイドを焼き、その位相変化を強制的に飽和させていく。


「これが最新の槍術よ! クロエ、見てる!?」


 エレナの圧倒的な弾幕により、ヴォイドは確実にダメージを受けていた。だが、位相変化を封じられたヴォイドは、反撃として施設内の高圧電線を自ら切断し、周囲に強力な電磁パルスを放出した。


「なっ……!? 私のビットが、制御不能に……!」


 電子制御に依存していた「アグライア」が、強烈な電磁障害によって沈黙した。分離していたパーツが地面に落下し、エレナは丸腰の状態でヴォイドの触手に狙われる。


「エレナ!」


 リナが救出に向かおうとするが、ヴォイドが放つ電撃の壁に阻まれる。

 その時、静寂を切り裂く一筋の「風」が吹いた。

 クロエだった。

 彼女は電撃の壁の隙間を、流れるような歩法で縫うように進んだ。彼女の手に握られた白銀の槍には、複雑な電子回路も、便利な変形機構も備わっていない。ただ、純粋なエーテルの結晶体として、持ち主の意志をそのまま刃へと伝えている。


(音を聞くのよ。データの先にある、本質の音を……)


 クロエは目をつむった。

 アリアの計算、エレナの弾幕。それらはすべて「外側」からのアプローチだ。

 彼女が求めているのは、敵の内部にある唯一の「静止」。

 ヴォイドの身体が脈動する。触手がエレナを貫こうと加速する。

 その極限の緊張状態の中で、クロエには聞こえた。ヴォイドの位相が反転し、物理的な実体を結ぶ瞬間の、微かな、しかし決定的な「静寂」の音が。


「……捉えた」


 クロエの身体が光り輝いた。

 彼女は踏み込まない。ただ、その場に立ち、全身の力を一点の穂先へと集中させた。

 シュッ。

 それは、音さえ置き去りにした一突きだった。

 槍の先は、エレナの鼻先をかすめ、ヴォイドの触手の間を通り抜け、震え続ける胴体の中央――そこに隠されていたコアを、寸分の狂いもなく貫通した。


挿絵(By みてみん)


……ギ、ガガガ……ッ!


 ヴォイドの身体が、核の破壊と共に内側から弾け飛んだ。位相変化の波が止まり、紫色の結晶となってセクター12の冷たい床に降り注ぐ。

 静寂が戻った。

 エレナは床に座り込んだまま、目の前にあるクロエの槍の穂先を、呆然と見つめていた。


「……なぜ。計算上、あの速度と振動を読み切るなんて不可能なはずよ。最新の演算機でさえ、誤差が出るのに……」


 クロエは静かに槍を引き、背中のホルダーに収めた。彼女の呼吸は、驚くほど整っていた。


「エレナ。道具は確かに進化するわ。でも、それを操る私たちの心臓の鼓動は、前から変わっていない。……私は、自分の鼓動リズムを信じた。それだけよ」


 クロエは、エレナに手を差し出すことはしなかった。それは、戦士としてのエレナを尊重した結果でもあった。

 代わりに、彼女は駆け寄ってきたリナとモモの方を向き、微かに笑みを浮かべた。。


「リナ。任務継続。……次のセクターへ行きましょう」


「クロエ……! 今の、本当にかっこよかったよっ!」


 モモがクロエの肩に抱きつき、リナも安堵の笑顔を浮かべる。アリアは眼鏡の汚れを拭きながら、感心したようにタブレットのデータを見つめていた。


「驚きました。クロエさんの今の刺突、私の予測した『最短ルート』よりもさらに効率的な軌道を描いていました。……データを超えた、完璧ですね」


「完璧……か。いいえ、まだよ。私の槍は、もっと深くまで届くはず」


 クロエは自分の手を見つめた。

 かつての劣等感という名の影は、もうどこにもなかった。彼女が信じるべきは、最新の兵装でも、誰かとの比較でもない。ただ、毎朝五時に繰り返してきた、あの一突き。自分自身の積み重ねてきた静寂こそが、彼女の最強の武器であることを、彼女は確信していた。


 夜明けの光が、セクター12を照らし始める。

 立ち去る第7部隊の背後で、エレナは拾い上げた自分の槍を見つめ、唇を噛んでいた。だが、その瞳からは、第7部隊を侮るような色は消え去っていた。


「……待ってなさいよ。次は、私の方が先に貫いてみせるんだから」


 少女たちの競い合いは、ソラリスという戦場でこれからも続いていく。

 だが、第7部隊の「槍」は、どんな喧騒の中でも迷うことなく、常に真実の静寂を射抜き続けるだろう。

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