第十九章 大陸シール作戦
翌朝、俺たちは、辺境へ、出発した。
馬車は、王宮の新しい五頭立てだった。
馬車の後ろに、王宮の騎士団五十騎が、護衛で、ついた。
そのさらに後ろに、ギルドから招集された職人たちの馬車隊二十台が続いた。
王が自ら、王宮の門で、見送ってくれた。
「和泉殿、頼む」
王の声が、低かった。
「世界の壁の、最終的な塞ぎは、聖女と職人の共同作業とコーデックスに書かれている」
「はい」
「なるべく犠牲を出さないで、塞いで、ほしい」
「全力で、やります」
俺は、頭を下げて、馬車に、乗った。
辺境までの道のりは、八日間、と聞いていた。
しかし、俺は、五日間で辿り着く、計画を立てていた。
途中の村々で漏れの補修を行う、それを新しく招集された職人たちに教えるという研修も兼ねていた。
馬車の隊列の前を、ロウィスが、馬で、駆けていた。
ロウィスは、俺たちの出発前から、王宮に戻り、王から辺境への案内役を命じられていた。
ロウィスは、二週間ぶりに再会したとき、すでに宮廷魔術師団員というよりは、現場の職人の目をしていた。
「親方、最初の村、見えてきました」
ロウィスが、馬を、駐めて、振り返った。
「井戸の漏れの、噂、ある場所です」
「行くぞ」
俺は、馬車から、降りた。
二十台の、職人の馬車も、停まった。
総勢二百人の職人と、見習いが、馬車から降りてきた。
その全員が、地球の施工現場で見るような、緊張した目をしていた。
俺は、井戸の前に立った。
「これが、漏れの、現場だ」
俺は、二百人に向かって、声を上げた。
「俺の施工を見てくれ。これを君たちは明日から、各地で繰り返すんだ」
俺はノートを開いた。
そして、井戸の補修を、始めた。
二百人の職人と見習いが、一斉に、固唾を呑んで、見ていた。
これまで、何度も繰り返してきた、井戸の補修だった。
ところが今、俺の隣には、本物の聖女となったリネットが立っていた。
リネットが聖花の蜜を混ぜ、聖魔法を施した主材を用意した。
その、主材の効果が、これまでよりずっと強かった。
地球での最高品質のウレタンよりも、ウレタンよりも、明らかに強い。
「これは」
俺は思わず呟いた。
「リネット、君の、聖魔法、レベルが上がってる」
「はい」
リネットが、頬を、赤くした。
「本物の聖女判定後、不思議と、聖魔法の出力が跳ね上がりました」
俺は頷いた。
施工は、いつも通り、終わった。
しかし、結果はいつもよりずっといいものだった。
井戸の水の清浄度が、これまでで一番高い。
リネットが、聖魔法で、水を、検査した。
「親方、瘴気、完全に消えています。普通の井戸の塞ぎでは、ここまでなりません」
俺は頷いた。
これが、本物の聖女と職人の共同作業の、結果だった。
二百人の職人と見習いが、一斉に、息を飲んだ。
俺はノートを閉じた。
「これが、コーデックス、千年前の職人と聖女の共同作業の、再現だ」
俺は、低い声で、言った。
「これを君たちは各地で繰り返す。ただし、本物の聖女はリネット一人だ。だから、君たちには上級聖女四人を各班に配置する」
職人の中の、一人が、声を上げた。
「親方、上級聖女、四人だけで、足りるのですか」
「足りない」
俺は答えた。
「だから、本物のシールは、世界の壁の最深部だけ。各地の漏れの塞ぎは、君たちと上級聖女で十分だ」
「は、はい」
「最深部のシール、つまり、コーデックスに書かれた、最終工程はリネットと俺でやる」
俺はノートに計画を書きとめた。
「君たちは世界の各地で、表層の漏れを塞ぐ。俺たちは、世界の壁の最深部を塞ぐ。同時並行で進める」
職人たちが頷いた。
しかし、職人の何人かが、不安そうな顔をしていた。
最深部という言葉に戸惑っているのが、わかった。
俺はその表情を見て、少し、声を低くした。
「諸君、不安だろう」
俺は、短く言った。
「最深部と言われると、危険と感じるのは、当然だ。誰も行ったことがない場所だ」
職人たちが頷いた。
「だが、俺たちは、千年前の職人のノートを持っている」
俺はノートを掲げた。
「千年前の職人は、最深部に降りた。そして生きて戻ってきた。だから俺たちにもできる」
職人の中の、一人が、呟いた。
「親方、本気で信じてるんですね」
「信じてる」
俺は頷いた。
「同業の千年前の職人を信じる。職人は、職人を裏切らない」
その、言葉に、職人たちが、深く頷いた。
俺はその二百人を、十班に、分けた。
各班二十人ずつ。
各班に一人ずつ上級聖女を配置するため、王宮から追加で、聖女学院の卒業生七十人を招集した。
それに、俺のノートの写しを、各班、一冊、配った。
「これを、班長が、持つ。施工の判断に、迷ったら、これを、見ろ」
俺は、低い声で、言った。
「俺のノートは、千年前のコーデックスの写しと、地球での、十四年の、現場記録、両方が、入ってる。これを、信じて、現場に、立ってくれ」
班長たちが深く頭を下げた。
その夜、村の、宿で、俺は、王から、預かった、各地の、漏れの、地図を開いた。
ロウィスが、横で、地図に、書き込みを、入れてくれた。
「親方、各班の、担当、地域、決まりました」
「ありがとう」
俺は頷いた。
「これで、明日から、本格的に世界、塞ぎ作戦が、始まる」
リネットが、隣で、ぽつりと言った。
「親方、世界、本当に塞がるのでしょうか」
「塞がる」
俺は、短く答えた。
「漏れがあるなら、塞ぐ。それしか、ない」
「はい」
リネットが頷いた。
ガイが隣で、左手で、酒杯を、持ち、ちびちび舐めていた。
「親方、これから、半年、もしかしたら、一年だな」
「ああ」
「俺の、左腕、もう少し、慣らしておく。塗布の、技術、思い出してきた」
ガイの声が、深かった。
俺は、ガイの左手を見た。
その手の指が、わずかに、震えていた。
それでも、ガイは、酒杯を、しっかり握っていた。
俺はノートに書きとめた。
「ガイ、左手で、塗布、訓練中。来月から、現場、復帰、可能、見込み」
書きながら、俺はふっと笑った。
地球で、岩木さんが、引退する直前、若い職人を、見守っていた、あの、感覚を、思い出した。
俺は、まだ引退しないけれど、ガイの再起を、見守る、立場に、なっていた。
それは、岩木さんから、引き継いだ、職人の責任だった。
その夜、俺は、ガイに、聞いた。
「ガイ、お前、辺境の現場、終わった後、どうする」
ガイが、酒杯を置いた。
しばらく何も言わなかった。
それから、ぽつりと答えた。
「冒険者ギルド、辞める」
「辞める」
「ああ」
ガイが頷いた。
「俺、職人のギルドを、作ろうと思う」
「職人のギルド」
「世界の壁の、補修が、終わっても、漏れは、また、出る。各地の、井戸とか、地下水路とか、屋根、いつでも、補修、必要だ」
ガイの声が、低かった。
「親方の、技術を、学んだ、職人を、各地に、散らして、職人のギルドを、作る。漏れがあったら、いつでも、現場に、駆けつける」
俺はしばらく何も言わなかった。
ガイの構想が、地球の職人組合の、構想と、まったく、同じだった。
「いいよ」
俺は、短く答えた。
「親方、応援、してくれるか」
「応援、する」
俺は頷いた。
「ガイ、お前はもう職人の頭領だ」
ガイがふっと笑った。
「右腕の利かない、頭領、だな」
「左腕で、十分だ」
俺は、短く答えた。
ガイが、深く頷いた。
リネットが、隣で、ふっと笑った。
「親方、世界、塞いだ後の、計画、もうできているんですね」
「俺の計画じゃない」
俺は首を振った。
「ガイの計画だ。俺は、応援する、だけだ」
リネットが頷いた。
その夜、俺たちは、長く、たき火の、前で、話していた。
リネットが、ふと夜空を見上げた。
「親方、空の星、見えますか」
「見える」
俺は頷いた。
地球の星空とは、配置が、違っていた。
それでも、星の、光は、同じ深い青だった。
「私、聖女学院の、寮で、夜、よく、星を見ていました」
リネットが、低い声で、続けた。
「教会の規律で、夜、外に、出るのは、禁止、でした。でも、寮の、屋根の上に、こっそり、登って、星を見ていました」
「いいな」
俺は、短く答えた。
「屋上、上ると、世界が、広く、見えるよな」
「はい」
リネットが頷いた。
「親方は、地球で、屋上、上っていたから、わかるんですね」
「ああ」
俺は頷いた。
「俺、防水工、十四年。屋上、ばっかり、上ってた。地球の空、上から、見るのが、好きだった」
「ここの、空は」
「同じだ」
俺は答えた。
「星の、配置、違うけど、空の深さは、同じだ」
リネットが、深く頷いた。
ガイが横で、ぽつりと言った。
「親方、世界、塞ぎ、終わったら、地球に戻るのか」
俺はしばらく何も言わなかった。
正直、考えていなかった。
地球に戻る、方法も、戻りたい、気持ちも、特になかった。
「わからない」
俺は、短く答えた。
「戻る、方法、わからない。戻る、気も、特にない」
リネットが、ほっと息を吐いた。
ガイも、頷いた。
「親方、こっちに、いてくれよ」
「いるかも、しれない」
俺は答えた。
「ただ、それは、世界、塞いだ後、考える」
「ああ」
ガイが頷いた。
たき火の、火が、ぱちり、と、音を、立てた。
俺は、その音を、聞きながら、目を閉じた。
明日から、辺境への、本格的な移動が、始まる。
俺は、世界、塞ぎの、現場に、向かう。
それで、十分だった。




