第十八章 ざまぁ、自然落下式
リネットの聖女認定の翌週、クロウド・ガルザの貴族院裁判が、開かれた。
俺は、傍聴席に、招かれた。
ガイの瘴気抜きが、ある程度進み、ガイも左腕の自由は、取り戻した。
ただし、右腕の力は、戻らなかった。
それでも、ガイは、笑った。
「親方、左腕で十分だ。職人の片腕だけでも、現場には立てる」
俺は、その言葉に、頷いた。
ガイの右腕は、肘から下が半分、感覚がないと本人が言っていた。
それでも、ガイは、毎朝左手で刷毛を持って、塗布の練習をしていた。
利き腕を変えるというのは、職人にとって最大の苦行だった。
地球で、岩木さんの若い頃の知り合いに、利き腕を失った左官職人が、いたと聞いた。
その人は、十年かけて、反対の腕で、左官の技術を再構築したという。
ガイは、それと似たことを、半年でやろうとしている。
俺は、ガイの腕の再構築を、応急処置の合間に、見守っていた。
裁判の当日、ガイ、リネット、俺の三人で傍聴席に座った。
クロウドが、囚人服で、引き出された。
数日収監されていただけなのに、頬がこけていた。
目の下に、深い隈が、出ていた。
クロウドが、傍聴席の、俺たちを見た。
その目に、最初は、憎悪が、あった。
しかし、その目は、すぐに落ちた。
クロウドは、自分の不正会計の証拠を突きつけられた。
過去十年の修繕費の帳簿。
その帳簿の、半分が、クロウドの個人口座に流れていた。
宝石、別荘、愛人への貢ぎ物。
すべての、金の行方が、明らかにされていた。
それから過去にクロウドが地下牢に送った、見習い聖女十二名のリストが読み上げられた。
そのうち、八名は、すでに亡くなっていた。
四名が、生存していた。
その四名が、証言台に立った。
四名とも痩せて、青ざめた顔をしていた。
それでも、震える、声で、証言した。
「クロウド枢機卿に強いられて、彼の私的な要求を」
一人が、声を詰まらせた。
「断った、ことが、地下牢送りの理由でした」
クロウドの顔が、青ざめた。
裁判長が、ゆっくり頷いた。
「クロウド・ガルザ、罪状認定。判決、王立北の塔への終身幽閉」
クロウドが、よろけた。
「お、お待ち、ください」
クロウドが、傍聴席の、教会の枢機卿たちを見た。
しかし、誰も、目を合わせなかった。
過去クロウドの派閥に、所属していた貴族たちが、こぞって目を伏せた。
クロウドが、王の玉座を見た。
王は、無表情で、玉座に、座っていた。
「お、王、これは教会の内部の問題」
「教会の内部の問題、ではない」
王が、低い声で、答えた。
「世界の壁の修繕費を私的に流用した、ことは、王国の安全保障の問題、だ。終身刑は軽すぎるほどだ」
クロウドが、よろけて、両膝を、ついた。
「和泉殿」
クロウドが、傍聴席の、俺を見た。
「和泉殿、お助けください。私は、長年教会に仕えて、参りました」
俺は答えなかった。
ノートを開いて、ペンで、書きとめた。
「クロウド・ガルザ、終身幽閉。教会の不正会計、終結。」
そして、ノートを閉じた。
クロウドが看守に引きずられて、法廷から出ていった。
その背中が、消えるまで、俺は見ていた。
何も感じなかった。
地球で黒田の過去の不正を知ったときと、同じ感覚だった。
そういう、人間は、いずれ自分で自分を潰す。
俺はその真実を、また、確認した。
裁判の、後、王宮の廊下を、歩いていた。
教会の枢機卿たちが、すれ違うと、深く頭を下げた。
過去クロウドの派閥に属していた、貴族たちが、こぞって目を伏せた。
俺は、その視線の、変化を、ノートに書きとめた。
「裁判の後、教会とクロウド派貴族の態度、激変」
書きながら、俺は苦笑した。
地球の現場でも、上司が不祥事で降格になると、その日のうちに、職場の空気が変わる。
世界が変わっても、人の態度は同じらしかった。
王宮の廊下の途中で、ある侯爵が俺の前に現れた。
太った、男だった。
過去クロウドの最大の後援者だった貴族、とリネットから聞いていた。
侯爵が、俺の前で、深く頭を下げた。
「和泉殿」
「はい」
「私の、過去の、ご無礼、お許しください」
「無礼、されてないです」
俺は、短く答えた。
「いえ、心の中で、あなたを軽く見ておりました」
侯爵が、震える、声で、言った。
「ただの職人と、馬鹿にしておりました。今、私の過ちがわかりました」
俺はしばらく何も言わなかった。
それから、ゆっくり答えた。
「現場知らない人は、職人を見下しがちです。それは世界中どこでも、同じです」
「申し訳、ありません」
「謝罪は、いいです」
俺は頷いた。
「ただ、これからは現場の職人を軽く見ないでください。それで十分です」
侯爵が深く頭を下げた。
そのまま、廊下の、奥へと、消えていった。
リネットが、俺の隣で、ぽつりと言った。
「親方、優しいですね」
「優しいんじゃない」
俺は首を振った。
「謝罪を受け入れて、それで終わらせる方がお互いに楽だ。職人は、過去を引きずらない」
「過去を、引きずらない」
「うん」
俺は答えた。
「漏れがあったら、塞ぐ。塞いだ漏れは、もう終わった、漏れだ。次の、漏れを、見る。それだけだ」
リネットがふっと笑った。
「親方の、話、毎度、職人のたとえ、ですね」
「それしか、わからない、から」
俺は、短く答えた。
ガイが横で、笑った。
「親方、本当にぶれないな」
「ぶれる場所が、ない」
俺は答えた。
リネットが、俺の隣で、ぽつりと言った。
「親方、終わりましたね」
「終わった」
俺は、短く答えた。
「これで、過去十二名の、見習い聖女の無念が、晴らされました」
「八名は、亡くなっていた」
「はい」
リネットの声が、低かった。
「私の、聖女学院の、先輩も、その中に、含まれていました」
俺は、リネットの横顔を見た。
緑の瞳に、深い悲しみが、あった。
「リネット、君が、生き残ったのは」
「はい」
「君が、本物の聖女だった、から、だ」
リネットがぐっと唇を結んだ。
「わかりません。たまたま教会の田舎の、村に、派遣されただけ、かもしれません」
「いや」
俺は首を振った。
「君が、本物だったから、神様だか、何だかが、君を、田舎の、村に、回したんだろう。そして、俺と、出会わせた」
リネットがぱちりとまばたきをした。
「親方は、神様、信じてるのですか」
「神様は、信じてない」
俺は苦笑した。
「だが、現場の巡り合わせ、は、信じてる」
リネットがふっと笑った。
ガイが隣で、肩を揺らして、笑った。
「親方、今、いいこと言ったぞ」
「うるさい」
俺は、短く答えた。
裁判所を、出ると、空が、晴れていた。
王都の屋根の、上に、青い空が、広がっていた。
俺は深く息を吸った。
クロウドの件は、終わった。
教会の不正は、終わった。
これからが、本番だった。
世界の壁の、本格的な補修作戦の、開幕だった。
俺はノートを開いた。
そして、新しいページに、こう、書いた。
「明日から、大陸シール作戦、開始」
書きながら、俺は深く息を吐いた。
地球で、十四年、現場を続けてきた。
ところが、これからの、現場は、地球の十四年、すべてを、合わせた、規模を、超える。
千か所、の、漏れ、を塞ぐ。
それも、千年に一度の本物の聖女と、剣聖、と、千人の、職人、と、共に。
ふと岩木さんの口癖を、思い出した。
「現場の規模に、ビビるな。職人は、ビビった瞬間、手が止まる。手が止まったら、現場が、終わる」
俺はその言葉を、心の中で、繰り返した。
そして、ノートを閉じた。
ガイが、俺の隣で、ぽつりと言った。
「親方、世界、塞ぎに、行くか」
「ああ」
俺は、短く答えた。
「世界、塞ぎに、行く」
リネットが、隣で、頷いた。
「私の、血、いつでも、用意しています」
俺は、リネットの横顔を見た。
緑の瞳に、強い光が、戻っていた。
恐怖は、もうなかった。
決意、だけが宿っていた。
俺は頷いた。
「行くぞ」
俺は、短く言った。
「明日、辺境へ、出発する」
その夜、王宮の客間に戻ると、扉の前に、一通の、書状が、置かれていた。
俺はそれを拾い上げた。
差出人の、名前が、なかった。
開くと、こう、書かれていた。
「和泉殿、辺境のハインリヒ伯、本日、ご逝去」
俺は、書状を握りしめた。
しばらく、扉の前で、立ち尽くした。
ハインリヒの痩せた顔が、頭に、浮かんだ。
最後の言葉、「娘の、ヴァレリアを、よろしく頼む」
その声が、頭の中で、響いた。
俺はノートを開いた。
そして、書きとめた。
「ハインリヒ伯、ご逝去。次の現場の看板、ヴァレリアが、引き継ぐ」
書きながら、俺の、手が震えていた。
それでも、俺は、手を止めなかった。
涙は、出なかった。
ただ、深い悔しさが、胸の奥に、残った。
「もっと、早く、辺境に、戻っていれば」
そう、心の中で、何度、繰り返しても、結果は、変わらなかった。
岩木さんの葬式の、夜と、同じ感覚だった。
俺はノートを閉じた。
明日、辺境へ、出発する。
ヴァレリアを、抱きしめに、行く、ためでは、ない。
ハインリヒが、守りたかった、辺境の子どもたちを、救うために、行く。
それが、ハインリヒへの、最後の義理だった。
俺は、ベッドに座った。
窓の外で、月が、丸く、光っていた。
その月の、光を、見ながら、俺は、長く、何も、考えずに、座っていた。




