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EP.9 宇宙船

「きっと———」静かな山頂で、アナがそっと口を開いた。「これは宇宙港だわ。本で読んだことがある。昔の人々は空飛ぶ船を打ち上げて、星々を行き来していたと」


煌々と輝く太陽の光を受ける巨大な構造物は、気の遠くなるほど長い時を経てなお、吹き荒れる強風をものともせずに凛と建っていた。


「人間が空を越える。———信じられないな」と誰かが言う。


俺は遺跡を見上げたまま、唾をぐっと飲み込んだ。

吐く息は白かった。けれど、寒さなんて少しも感じなかった。


「俺たちには想像も出来ないようなことをしていた。それが古代人だ」辺りに響くウスマンの低い声。「救世の伝説は、伝説なんかじゃない。悠久の時を超え、彼らが俺たちのために残した希望だ。———さあ、みんな、立ち上がるんだ。古代の人々が残した手がかりを探しに行こう。ここに必ずある」


誰もが疲れ切った足に鞭を打って歩き出した。

まるで、吹雪く風が俺たちの背中を押しているようだった。


古代文明。

人類が途方もない時間をかけて築いた魔法は、空から降り注いだ光に飲み込まれ消失した。


ずっと先の未来を生きる顔も名前も知らない人々のために、彼らが何かを残そうとするだろうか。

そこに、意味はあるのだろうか。


「———カヤンベ宇宙港」アナは大きな看板に書かれた文字を見てそう言った。


立派なガラス張り———ガラスはほとんど割れていた———のエントランスをくぐって最初の大広間に入ったところで、一派はいくつかの班に分かれた。


これからは別行動で、このため息が出るほど巨大な宇宙港の中を探索していく。


俺は、ダンカン、アナ、タッキーとともに長い通路を突き進んだ。


「宇宙にはまだ、人がいると思うか」ダンカンはタッキーの手綱を引きながら言った。


少し間を開けて答えるアナ。「私はいないと思う。だって、もしまだ宇宙に人が住んでいたら、きっと私たちのことを助けに来てくれるはずでしょ」


ダンカンが頷いた。俺は頭を掻いて、それから言った。


「お前がそう信じたいだけなんじゃないか」アナの鋭い視線を肩に感じる。「宇宙にはまだ人がいて、俺たちは彼らに見捨てられたのかもしれない。———そうだろ?」


「なるほどなあ」とダンカン。


「古代文明は太陽とその周りの八つの惑星を支配していた」アナは少しだけ口調が速くなっていた。「地球は古代文明の中心地であり、唯一の故郷なのよ」


「だから何だって言うんだ」俺は吐き捨てた。


「星と星を行き来する術を持っていた彼らが、みすみす地球を放っておくわけがない。それなのに誰も助けに来ないということは、もう宇宙に人はいないということよ」


俺はアナの目を見て「こんな毒された砂漠の星なんて、放っておかれて当然さ」と言った。


「そんなはずない!」アナはきっぱりと言い放った。


俺は彼女の表情など意に介さず続ける。「別の星で生まれ育った人の子供のそのまた子供からしたら、地球なんてずっと遠くにいる他人も同然さ」


俺はつり上がった自分の口角に気付きながら、それを下げようとしなかった。


「だからって見捨てる理由にはならない!」


「なるさ」感情的なアナをあざ笑うように俺は言った。「母星が壊滅するほどの大惨事だぞ。他の星に影響が及んでいないはずがない。———余裕を失った人間ってのはな、簡単に他人を切り捨てるんだ」


「違うわ!」アナは顔を真っ赤にして、ついに俺の方へ詰め寄って来た。


「やめろ!」ダンカンが大声を出してアナを止めに入る。「俺が悪かった。この話はやめだ」


それでも俺は言ってやった。「砂漠の国を見てみろよ、助け合いなんて存在しないだろ」


「エド、もう止すんだ」と俺を諭そうとするダンカン。


アナの歪んだ表情も、ダンカンのマジな顔も、全て見えていた。それなのに俺は、内から湧き上がる感情を抑えきれずに言ってしまった。「助けなんて待っても無駄なんだよ!誰も来ちゃくれないんだ!」

 

「エド!」ダンカンの低い声が耳の奥に響いたあと、鈍い衝撃が頬を襲った。


酷い耳鳴りがして、視界がチカチカする。行き場を失った視線を力づくで持ち上げた。振り下ろされた太い腕。眉間に深いシワを寄せたダンカンの表情は、陰で真っ暗だった。


「いい加減にしろ。———任務中だぞ」彼は静かにそう言う。


「———最低」アナの声だけは、やけにはっきり聞こえた。


「アナ、お前もだ。子供じみた真似はよせ」


タッキーがこちらを窺うように、短い首を傾げた。

ダンカンはその手綱を無造作に引き寄せて、「ぐずぐずすな、ついて来い」と言って歩き出した。


心臓が大きく鼓動するたび、叩かれた頬が脈打つように痛む。

俺とアナの間を、タッキーが壁のように歩いていた。


もう何も言葉が沸いてこない。

思いつかないのか、喋りたくないのか。


俺たちの間に言葉のやり取りはなく、ただ、瓦礫を踏む音だけが広い通路に反響していた。


通路の突き当たりに、六つの柵が横一列に並んでいた。

腰ほどの高さ。俺たちはそれを跨ぎ、あるいは飛び越えて先へ進んだ。


その先には、六本の階段が並んで上へと伸びている。

大人二人が並べる程度の幅。円弧状の屋根が、それらをまとめてトンネルのように覆っていた。


俺たちは階段を登り始めた。

一段ずつ足を運ぶたび、さっき越えた柵が遠ざかり、小さくなっていく。


やがて、段差が終わった。


全面ガラス張りでドーム状になった広いロビー。そこには椅子がぎっちり並んでいて、ガラスの割れた穴から強烈な風が吹き込んでいた。


冷たい風から肌を守るようにフードを深く被る。

見上げると、黒の混ざった濃い青空が俺たちを飲み込もうとしていた。


宇宙船を発射するための太いレールが何本も空へ向かって伸びている。

そして目の前には、信じられないほど大きな宇宙船。レールに繋がれたその機体は、今にも飛び立つ瞬間を待っているかのように見えた。


「こりゃすげえ———」とダンカンが声を漏らした。「ステラが見たら、大喜びしただろうよ」


何百年も放置されているとは思えない。

頑強な装甲は太陽の光を跳ね返し、今も輝いている。


機体の各所には、砲台のような突起がいくつも突き出していた。

昔も今も、人間は争ってばかりいたのかもしれない。そんなことを思いながらアナの方をちらりと見た。開いた口が塞がらない。そんな様子だった。


「楽しそうだな」不意に、横からダンカンの声がした。


「———そんなことない」


「いや、」ダンカンが俺の顔を指さす。「お前、今、笑ってるぞ」


ハッとして一歩退いた。

口を手で覆い、自分に言い聞かせる。


———ダメだ


油断は死に直結する。たった一つの緩みが、すべてを奪うのだから。


ダンカンは笑った。「最高だよな、こんなの。———この世界で生きようって、そう思わせてくれる」


彼は口角を上げたまま、天井の先に広がる青空を見上げた。


「これ、軍艦だわ」アナが言う。「どこかの星を襲いに行きたかったのかも」


「———もしくは、ここから逃げようとしていたのか」そう言って、アナを見た。


彼女の背後。ガラスの壁の遥か先。

別の発射口の方から放たれる、網膜を焼き切るような純白の閃光。


影が消え、世界の輪郭が光の中に溶けていく。


地上に第二の太陽が生まれたかのような灼熱の黄金色の光球が、空間を物理的に押し潰しながら瞬く間に膨張した。

 

咄嗟に叫んだ。「伏せろー!」


次の瞬間、ドームのガラスが一斉に粉砕して、丸めた背中に爆音が打ち付ける。

粉々に割れたガラス片が降り注ぎ、ひどい耳鳴りが脳を突き刺した。

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