EP.8 山の頂へ
不規則な音を立てるエンジン。
俺たちの小さな砂上船は、船体が離散しそうなほど振動していた。
「本当に大丈夫なんだろうな、サウル」
「この俺が直したんだ。こいつは今、どの船よりも速く走りたがってるぜ!」
自信満々な表情をするサウル。
彼の晴れやかな表情とは裏腹に、砂上船からは薄黒い煙が上がっていた。
「北の港に着く前に爆発しそうだ」
声を張り上げる俺に「これは正常な振動さ」と低い声でサウルは返した。
「だと良いけど。———出航できなかったら意味が無い」
「そんなに心配するなってファーリス。コイツで最高のお宝を搔き集めて、今夜はパーティだ」
サウルの足取りはスキップのように軽い。
俺はつい、「フッ」と薄ら笑いをこぼしてしまった。
ふと、ジャンク山から部品を集める長い苦労が頭に浮かぶ。
目の前で不気味な音を立てるちっぽけな船が、重く腕に伸し掛かった。
サウルが高い声で言う。「俺に出会えて良かったな。幸運に思え」
大人とは違って、彼の笑顔には毒がない。
この時ばかりは、それがたまらなく鬱陶しかった。
「ちゃんと船を押してから言え。———さっきから俺しか押してないぞ」
慌てて腰を入れるサウル。「俺だって全力だ。押してるって」
「押してない」と俺はきっぱりと断じた。
「押してるって」
「押してないったら押してない!」
西の山岳地帯に降り積もった万年雪が容赦ない太陽の光を跳ね返し、刺すような白銀の輝きを放っていた。レースのカーテンのように幾重にも連なるあの山の頂に、砂漠の伝説へと繋がる手がかりが眠っている。
にわかには信じがたい。それなのに、俺の身体は確かな熱を帯びていた。
きっと、帆の綱引きをしたせいだろう。そうでなければ、この現象に説明がつかない。
俺はゴーグルについた砂を袖で乱暴に拭い、深く、ゆっくりと呼吸を整えた。
古びた防砂マスクをすり抜けて、微細な砂が肺の奥へと入り込む。
「ゴホッゴホッ」という浅い咳。
その反動で身に着けていた装備品たちが音を立てて揺れた。
だが、その直後。自分の動きとは明らかに同期しない、硬質な金属同士がぶつかり合う音が背後から届いた。
———俺の装備の音じゃない
振り返った先にいたのは、見覚えのある巨躯だった。
「ここにいたのか。探したぞ」
穏やかなダンカンの声に、俺は毒気を抜かれて溜息を吐いた。再び山岳地帯の方へ向き直り、フェンスに体重を預ける。
「あんたこそ、何をしてたんだ」
「船の旋回にタッキーが怯えるから、そばについてやっていた」
「手のかかる子供だな」
「俺はあいつの召使いさ。———エド、そんなところに立ってたら砂漠龍に喰われちまうぞ」
「そのときは、この船ごと飲み込まれるだろうな。この航路には砂漠龍がいない。そうだろ」
「当然さ」ダンカンは噛み締めるように言った。「今はまだ、奴の相手はしたくない」
「俺もだ」と浅く頷いて返す。
「———エド」と空気を貼り返るように言うダンカンは弾んでいた。「飯の配給が始まってる、早くいかないと無くなっちまうぞ。スカベンジャーってのは、どいつもこいつも飯に飢えたハイエナだ」
「なっ」俺は勢いよく振り返った。「それを早く言え!」
あまりの剣幕にダンカンは呆気にとられたあと、堪えきれないといった風に噴き出した。「なんだ、そんなに腹が減ってたのか」
「当然だ」ときっぱり断じる。「昨日の昼から何も食ってないんだぞ」
眉を上げて口をへの字にしながら頷くダンカン。「そうか、ならついて来い」彼は太い腕をぶんと振り、意気揚々と歩き出した。去り際、わざとらしくこちらを振り返り、茶化すような笑みを浮かべて言う。「———アナも待ってるぞ」
「そんなわけないだろ」
腹と背中が今にもくっつきそうだった。
胃に流し込んだ配給食。指先に馴染ませた装備の感触。そして、時折ルカに煽られながら手伝う帆操の重労働。そうして無心に身体を動かしているうちに太陽は南の空高くに昇り、ちょうどその頃、俺たちの砂上船は山岳地帯のふもとに辿り着いた。
極太の鎖から火花を散らし、解き放たれる巨大な碇。
船に張り巡らされた伝声管から、一斉にかかる出撃の号令。
武器を磨いていた奴も、甲板にモップ掛けをしていた奴も、喧嘩していた奴も、クソをしていた奴も、居眠りしていた奴も、みんなやっていたことを中断して、それぞれの装備を身にまとった。
甲板の隅に腰を下ろし巨大な帆が折り畳まれてゆく様子を眺めていた俺は、砂防マスクとゴーグルを外し、銃を肩にかけて立ち上がった。
ズドンという鈍い音と船体に伝わる衝撃。———メインハッチが開き、大きな足場が降ろされる。
次々に下船するスカベンジャーたち。俺はダンカンとアナと、それから沢山の荷物を背中に担いだタッキーと一緒に砂漠の大地に足を踏み下ろした。
冷たい空気が風に乗り流れてくる。
見上げると、岩がむき出しになった険しい山肌が天高くどこまで続いていた。視界が雄大な山々に覆い尽くされ、まるで、大波がゆっくりと迫ってくるような感じがした。
ウスマンの大きな背中に続いて、一派は山の山頂に向けて歩き出した。
両手で身体を支えながら岩場をよじ登った。風化した岩が崩れて滑り落ちそうになる奴もいた。屈強なスカベンジャーたちが肩で荒く息していた。
尾根にそって伸びる一つの長い隊列は途切れず前へ進んだ。
登るほどに空気が薄くなり、足場はより険しくなってゆく。
夕方。
「おい見てみろ!」前の方を歩く奴らが口々にそう言って、何かを指さす。
少し遅れて尾根に出た俺は、眼下に広がる光景に息を飲んだ。
山に囲まれた広い盆地。その中央に、朽ち果てた巨大な塔が何本も突き立っていた。外装は剥がれ落ち、幾重にも重なった内部の層が剥き出しになっている。夕日に染まった塔の足元には、瓦礫に埋もれた広い道が伸びていた。
「———古代都市か」ダンカンは目を丸くして言った。
「砂に埋もれていない古代都市なんて初めて見たわ」とアナ。
「こんなのが、まだ残っていたんだな」隊列は止まらない。俺も足を止めなかった。それでも、あの景色からは目を離せなかった。「———人が住んでいたのか、こんなところに」
「なんだか不気味だわ」アナは視線を切って、俺を追い越していく。
太陽が山の向こうに沈み、あたりが急に暗くなった。
そのとき、山頂で何かが一瞬だけ光った。
———あそこか
夜になると一派は足を止めて野営した。そして空が明るくなり足元が見えるようになった頃、再び隊列を組んで歩き出した。
岩は砕けた雪に変わり、振り返ると、ずっと遠くに星降りの砂漠が小さく見えた。深呼吸しても息は整わない。足は重くなる一方。それでも、俺達は前へ進んだ。
山頂が何度か雲に隠れて、そのたびに頂上から届く反射光が見えたり消えたりした。
そしてやがて俺たちは雲を抜け、山頂に辿り着いた。
目の奥を突き刺すような太陽の光。突き抜けるような突風。足元を覆う真っ白な雪。
長い登山と薄い空気のせいで、誰も声を上げられない。
いや、そうじゃない。俺たちはそのとき、圧倒されていたんだ。
山頂で目の前に現れたものに———。
空に向けられた巨大なアンテナと、天を貫くように伸びる長いレール。
古代文明の巨大な遺跡が、そこには鎮座していた。




