4−6 豊田商事事件
パパは話を続けた。
「実はそれほど珍しい事象でもない。企業は複数ドメインを保持している場合もある。それの一つの更新を忘れてしまったのだろう」
パパの言葉を聞いて、私は胸のつかえが少し取れた気がした。小島くんは、本当にただ運が悪かっただけなのだ。
「でも……だったら、なんであんなに怒ってるの? 『泥棒』だなんて、ひどすぎるよ」
「それが『サイバースクワッティング』という行為と誤解されているからだ」
パパは手元のタブレットを操作し、図解を表示して私に見せた。
「有名企業の名前や商品名のドメインを、企業よりも先に取得して、高額で売りつけたり、偽サイトを作ったりする悪質な業者がいるんだ。不動産の占有みたいなものだな」
「占有?」
「簡単に言ってしまうと、更新を忘れた自分たちのミスを棚に上げて、奪われたと言ってきているってことだ」
「なるほど……。更新を忘れたのは自分たちなのに、逆ギレってこと?」
私はムッとして言った。自分のミスを他人のせいにするなんてかっこ悪い。
「まあ、向こうも必死なんだろう。ドメインが変わるということは、住所が変わるということだ。今まで印刷した名刺やパンフレットのURLも全部無駄になる。ビジネスとしては致命傷になりかねない」
パパは苦笑しながらコーヒーを啜った。
「例えば、有名な企業…例えばTOYOTAという有名な自動車メーカーがあるが、toyota.co.jpにアクセスしたら、全く違う企業だったら、どうなる?」
「本当にTOYOTAにアクセスしたい人ができなくなっちゃうね、しかもアクセスすること自体諦めちゃうかも」
「そう、顧客の離脱がありえるな。それだけじゃない。もしそのサイトが、TOYOTAの名前を真似る別企業だったら?」
「え?そんなことがあったら、その企業をTOYOTAの会社かと思っちゃわない?」
「そうだ、有名企業の名前に似せるには、インターネット以前からある手法で、それで実際に悲惨な事件が起きている。有名な豊田商事事件だ」
「豊田商事事件…?聞いたことはないけど…要するに、勘違いしたお客さんが騙されて被害に遭っちゃうってことだよね?」
「そういうことだ。企業にとってはまさに致命的だな。なんとしても取り戻したくなる気持ちもわかる」
それは確かに、想像するだけで胃が痛くなるような状況だ。
小島くんの不運と、会社の怠慢。二つの歯車が最悪の形で噛み合ってしまった結果が、あの部室の光景だったのだ。
<つづく>




