番外編8ー5 ラオウ、試す
「今日はせっかく可愛いゲストたちもきているし、一緒にやってみる?」
「押忍!」
――え? え? 私たちもやるの?
「じゃあ、みんなこれに着替えてきて。汚れちゃってもいやでしょ? 明美ちゃんには少年柔道教室のヤツがあるから」
渡された道着を抱えて、あれよあれよと言う間に更衣室に追い立てられた。
「ねえ、七香? 本当に私たちもやるの?」
「楽しそうだし、いいんじゃない? だいたいこうなったら、お姉人の話聞かないしねー」
目の前に広げた、白い道着を眺めた。
――コレを着るの?
「さあ、急がないと! お姉キレたらめんどくさいから!」
七香に急かされるように着替えて、ドタドタと三人で道場に戻って行った。
「おー、みんな、いいねー、よく似合っているよ」
――ほんとかな? 全く様になっていないけど。
「よし、じゃ軽く体をほぐしたら、始めてみる? 小椋さん!」
「押忍!」
「明美ちゃんと組んでみて」
「押忍!」
「明美ちゃん、あの人頑丈だから。何してもいいよ、蹴っても叩いてもいいからね」
「おっすー!」
明美ちゃんの可愛い声が、道場に響く。
「いいね、明美ちゃん、気合い十分」
明美ちゃんは小さい体で、小椋さんのことを蹴ったり殴ったりしていた。
ポニーテールが揺れまくって、道着もオーバーサイズだし、まるでぬいぐるみが暴れているみたい。
見ている周りの人も、まるで授業参観に来ている父親みたいになっている。ヒソヒソと「次長のお子さんもあれぐらいですか?」みたいな声も聞こえてくる。
そこへ九美さんの声が響く。
「いい調子! そのまま2分間がんばって!」
みんな九美さんの声を聞くと、話すのをやめてピリッとする。屈強な警察官が、まるでイタズラを見つけられた小学生男子みたいになっている。
――九美さん、本当にすごいんだね。
2分なんて、あっという間じゃんって思ったけど、想像より長い。だんだん明美ちゃんの動きが鈍くなってきた。小椋さんは、身動き一つせず明美ちゃんの攻撃を受けている。防御すらしていない。
――もし、こんな人が犯罪者だったら、何にもできないじゃん。
そんなことを考えていたら、疲れた明美ちゃんの足がもつれて、よろよろっと前に倒れそうになった。慌てて、それを受け止めようとした小椋さんと、足がもつれて倒れ込んだ明美ちゃんの頭が、小椋さんの股間にクリーンヒットした。
「……」
空気が一転し、男性陣全員の声にならない悲鳴が道場内を満たした。
小椋さんは、その場にうずくまっていた。他の誰も固まったように動かなかった。
九美さんの顔は笑っているけど、目には異様な威圧感があった。その視線に見据えられたら指一本動かすことができないような。
「勝負あり、だね。明美ちゃんの勝ちー!」
九美さんが明美ちゃんの手をとって、高らかに宣言した。その顔は相変わらずニコニコしているけど、目は笑っていない。その視線の先には、横で項垂れている小椋さんがいた。
――怖い。
「みんな、これチョー大事。どんな時でも油断しない。犯人がわざと油断させて反撃してくることはあり得るっしょ?だからそれを想定してポジショニングを取る。急所は常に守る。今回だって、半身の構えを維持していれば防げたでしょ?」
他の警察官部の人を見渡すように九美さんの声が道場内に響く。決して大きな声ではないのに、まるで空気を切るような威圧感のある響きがある。その声に全員が直立不動になっていた。
「押忍!」
緊迫した空気感とは裏腹に、明美ちゃんが、誇らしげな顔で帰ってきた。
「やったよ紬ちゃん!」
顔が上気している。
――強烈な脆弱性攻撃だったね。しかも全員に横展開までさせて……。
<つづく>




