8ー9 こわかった……
男は文字通り九美さんに頭を掴まれたまま、引きずられて交番に連れて行かれた。お巡りさんが、まるで従者のようにその後を追って行っていた。
その場に残され、立つことができず、呆然と三人を目で追いかけていると、七香が近寄ってきた。
「紬、大丈夫? 怪我はない? なんでアンタがここに?」
地面に座り込んで、腕をぎゅっと締め付けていた。ブラウスのボタンが幾つか取れていた。痙攣を起こしたみたいに、体がガタガタ震え出した。さっきのあの気持ち悪い男の手の感触が消えない。乾いた息が口から漏れるけど、言葉にならなかった。
「な……七香がソ……ソシャゲの人とあ……会うって思って……」
さっきまで出てなかった涙が、堰を切ったように溢れて止まらない。それと同時に、やっとの思いで声が出ていた。
「こ……こわかった……」
涙で滲んだ風景。七香の顔が歪んで見える。
「こわかったよ……もうダメかもって……」
七香が、私の頭をそっと包んで、撫でてくれた。
「もう大丈夫、安心して。大丈夫、大丈夫、大丈夫」
私がこわかったと吐き出すたびに、大丈夫と撫でてくれる七香。七香の言葉が耳から体の奥底に染み込むように、徐々に体のガクガクがおさまってきた。
後で聞いた話では、本当は男が先に来て、待っているところを問い詰める予定だったようだ。だが、私が早く着き過ぎてしまったために、順序が逆になってしまったらしい。元々の計画では、男を九美さんが押さえつけている間に警察を呼ぶ予定だったとか。
ところが七香と九美さんが待ち合わせ場所に来て監視していると、私が男に連れ去られそうになっていた。警察を呼ぶのが間に合わないと思って、七香は慌てて交番にいた小峰さんを連れてきたのだとか。
女性だけでそんなことして危なくないの? って思うけど、「お姉、ラオウだから」って。
――ラ王? って、なんで?
「紬ちゃん、大丈夫? 今救急車呼んだからね」
戻ってきた九美さんが声をかけてきた。たいしたケガではないけど「こういう時の救急車は、使っていいんだよ」と九美さんに押し切られた。これも証拠になるとか。
九美さんと七香は、一緒に病院まで着いてきてくれた。本当は家族以外は乗れないらしいんだけど、九美さんの顔を見た救急隊の人が、なぜか乗せてくれていた。救急隊の人が怯えているように見えたのは、きっと気のせいだと思うけど。
この男は女性のふりをしてネットで知り合った人を連れ出し、暴行する常習犯だったらしい。もし来たのが男性だった場合は、最初の女の人に手を出したと言いがかりをつけて、お金を取る「美人局」の手口だったとか。
九美さんの後輩も被害に遭って探していたとのこと。だから七香がこんな時期にソシャゲなんてやってたんだね。
「言ってくれれば……」
九美さんが説明してくれた。
「紬ちゃん、私が七香に口止めしたの。紬ちゃんを巻き込むなって」
「え?」
「だって、七香の話を聞いたら、何か発動しちゃうでしょ? 微妙な時期の受験生を巻き込むわけにはいかないよ。ある程度荒事になるのは予想できたし。七香ならギリセーフだけど、人様の娘さんを私の都合に合わせるわけにはね」
「私は息抜きがてら、ソシャゲやってただけだから」
――そうだったんだ。
七香が立ち上がって言った。
「アンタのパパ、きてるよ。事情はお姉ちゃんと小峰さんが説明したけど、すごい心配してたから」
七香の指差す方向から、パパが入ってきた。走ってきたのか汗だくで。
「紬、怪我はないか? 心配したぞ! なんて無茶なことを!」
「パパ、私……私……ごめんなさい、私……ごめんなさい」
パパに抱きしめられて心が軽くなっていくのを感じながら、涙が止まらない。泣きながらずっと同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。
<つづく>




