8ー5 七香のバカ
部屋に入るなり、スクールバッグを壁に叩きつけた。自分では制御できない衝動が心を支配していた。
七香のバカ! こんなに心配しているのに!
ベッドには、前に七香が置いていったクッションがあった。
「七香のバカ! 七香のバカ! 七香のバカ」
そう言いながら、クッションを何度も床に叩きつけた。そしてぎゅっと掴んだ。急に目の前が滲んで、涙が溢れてきた。
――こんなはずじゃなかったのに。ただ七香のことが心配なだけだったのに。もう七香と終わりなのかな。小さい頃からずっと一緒にいたのに、こんなことで。
このクッションも、本棚のコスメも、アロマも、全部七香が用意してくれたんだっけ。この部屋には、七香のものが溢れている。
――これ、全部捨てるのかな。
台所から新しいゴミ袋を持ってきて、クッションをそこに投げ入れた。コスメのビンも入れた。アロマディフューザーも……。
――何やってるんだろう。これって燃えるゴミじゃないじゃん。
電気もつけない薄暗い部屋の中で、ゴミ袋からクッションを取り出した。そして抱きしめて、じっと固まる。
――モノに罪はないよね。友達だって七香だけじゃないし。他にも仲の良い子だって……。
そういいながら、心の中にぽっかりと穴が空いたようだった。
暗い。部屋の電気をつけていなかったから、徐々に部屋の中が暗くなっていく。何も考える事ができず、ただベッドに座って、クッションを力一杯抱きしめていた。
スマホの画面が点滅して、部屋の中を照らしていた。床には、さっきクッションを投げつけた振動で落ちてきたものが散らばっていた。
その一枚を取り上げてみた。珍しく印刷した写真だった。今年の卒業式、佐々木先輩と三人で撮った写真だった。わざわざ印刷してくれたんだっけ。
『つ・む・ギー!』
『ほら、紬の好きなホイップあんぱん!』
『セキュリティ探偵にお任せ!』
『んー、これこれ、このメロンパフェ、サイコー』
ディズニーのリスみたいな、キラキラ顔で、いつもトラブルばかり持ってきて、ホント迷惑!
……いいんだ、これで。厄介払いができたよ。もう余計な事件に巻き込まれることもない。平和な高校生活が戻ってくるんだ。
満面の笑みで写る七香と私、その間で、ちょっと困ったような顔をしている先輩の写真が目に入った。急に目から涙が溢れそうになる。慌ててクッションを顔に押し付けた。
――七香のバカ! バカ! バカバカー!
顔を押し付けたクッションの中で、思いっきり叫んでいた。
ピロリン!
スマホの通知音が鳴った。ソシャゲのイベントの通知音だった。
なんとなくソシャゲを開いて、通知音を見てみた。その下にプレイヤー同士のチャット画面が表示されていた。
そういえば、七香はいつ会いに行くつもりなんだろう? ソシャゲを起動して、チャット欄を見てみる。
「え? これって今晩九時?」
デジタル表示の時計は、午後八時を指していた。
<つづく>




