8ー3 OSINT
「ねぇパパ、前に言っていたことを教えて欲しいんだけど? ほら、名簿とかを使って人を騙す手段」
前にパパから、企業や学校が職員名簿や生徒名簿を公開しなくなったのは、詐欺に使われるリスクがあるからということを聞いたことが、頭の片隅に残っていた。それが今回の七香の事象と関連性がありそうに感じたのだった。
「OSINTのことか?」
「おシンコ?」
「OSINT。Open Source Intelligenceのことだな。要するに公開されている情報を活用する諜報活動のことだ」
「OSINTね……それってどういうの?」
「端的に言ってしまえば詐欺のための手段だ。他人を信用させるために、その対象者が知っていることを使う手法だな。例えば会社だったら、同僚の人の名前を出すとかだな。『隣の部長さんの、誰々さん。先日大変お世話になりまして』というのが典型例だな。心理テクニックで『ハロー効果』とか『返報性の原理』とか言うな」
「ハロー効果? 返報性?」
「『ハロー効果』とは、目立ちやすい特徴に引きずられて、その人を信用してしまうことだ。『返報性の原理』とは、『◯◯さんにはいつもお世話になっています』と言われると、その◯◯さんとの関係性が悪くなることを恐れて、信用してしまう効果だ」
「え? そんな簡単に信じちゃうの?」
「例えば、紬が家にいるときに誰かが訪ねてきたとしよう。その人が『お父さんと同じ会社のものです』って言われたら、玄関のドアを開けてしまうだろう?」
「……それは、玄関のドアぐらいなら開けちゃうかも」
「その時点で、もう引き返せないところまできているな。そのケースの場合は、絶対に開けちゃダメなんだ」
「え? そうなの? それって相手に失礼に当たらない?」
「ほら、『失礼になる』って思ってしまうだろう? 『返報性の原理』そのものだ」
――そうか! 確かに!
「ドアを開けたら、最後だ。相手の要求は次々とエスカレーションしてくる。金銭の要求や犯罪への関与まであり得る話だ」
「そこまで?」
「一度ドアを開けてしまうと、次の要求が断りにくくなってしまうんだよ。前にも言った事があるが、『フット・イン・ザ・ドア』と言って、小さな要求を積み重ねることで、徐々に大きな要求を断れなくなる」
「『フット・イン・ザ・ドア』って前にも聞いたよね。それも詐欺の手口だった。確か闇バイトとかの」
「そうだ。人間は自分の行動に一貫性を持たせたいという強い心理を持っている。他にも『ペーシング』と言って、相手の話す速度、声のトーン、呼吸や仕草を合わせて親しみやすさや信頼性を構築するテクニックなどを同時に使うんだ。そして、その心理状態を巧みに利用して、攻撃者側は最初のドアを開けさせる。それが『ハロー効果』だな」
「なんか可愛い名前だね」
「そうだな。『第一印象』と言い換えればわかりやすいか。例えば警察官を名乗る場合もあるな。こちらは制服効果とも言うが」
「警察なら、警察手帳を見ればいいんじゃないの?」
「紬は、本物の警察手帳を見たことがあるのか?」
「……ない」
「じゃあ、見せられたとしても、本物かどうかわからないだろう? だが、警察官っぽい制服をきていて、黒い手帳を見せられると警察だと信じてしまうんだよ」
「じゃあさ、ネットの相手が受験生を名乗るって簡単なの?」
「簡単だと思う。そうだな、例えば試験日程を言うとか、受験科目や学部、教授の話をするとかだな。これらの情報はネットでいくらでも手に入る」
「……もし、そう言う人がいたら? 直接会いたいって言ってきたら?」
「無視するのが一番だな。さっきのドアの話と同じで、会ってしまったら最後だと思った方がいい。その時は、もう引き返せないところに来ている」
今朝の光景が頭を過ぎる。『オフ会』『会う』と言う文字が踊っていた。
会ったら最後……。
◇◇◇◇◇
――これしか方法がない。
七香のやっているソシャゲにアカウント登録してみることにした。なんかチームプレイでゾンビを倒しているゲームみたいだし、本気でやるわけじゃないし。
「紬がソシャゲとは珍しいな」
「うん、学校でやっている友達がいてね。話題合わせで」
パパは特に疑う様子もなく、許可してくれた。スマホにはペアレンタルコントロールが入っていて、アプリを入れるのにパパの許可がいる。普段の信頼の証だし、パパのことだからちゃんとチェックしてくれているという安心感がある。
アプリを起動すると、おどろおどろしいオープニングに続いて、チュートリアルが始まった。
どうやらゾンビ退治と言いつつ、みんなで協力して街作りをするのがメインのようだ。日本語だけではなく中国語、韓国語、英語、ロシア語、他の言語にも対応していて、世界中にプレイヤーがいるみたい。ただタイムゾーンの問題があるから、自然と同じ地域の人が集まってコミュニティを形成しているようだ。
七香のハンドルネーム『ナナハチマンツム』はあっさりと見つかった。
ただ、七香には内緒にしておくかな。私までハマったなんて言ったら、何言われるかわかんないし。ちょっと見るだけだし……。
誰にするでもない言い訳を呟きながら、七香と同じコミュニティに入ってみた。ゲームの中では「ギルド」って言うらしい。
ギルド内のチャットでは、七香のハンドルネームである「ナナハチマンツム」と、「りんごちゃん」の会話が展開していた。
ナナハチマンツム:こんばんわー、よろー
りんごちゃん:よろー、あー受験だるいー
ナナハチマンツム:こっちもー、リアルで誰も遊んでくれなくなっちゃったよー
りんごちゃん:まーしょうがないよねー
ナナハチマンツム:たまにはおしゃれカフェで、スイーツとか行きたいねー
りんごちゃん:じゃーさー、今度リアルで会う?
ナナハチマンツム:まじ
りんごちゃん:うん、ナナハチマンツム、安心できるからいいよ
ナナハチマンツム:やった、じゃ今週とか
――え? これってマズくない?
<つづく>




