番外編7ー9 広告料の先
「え? ええ? 三兆……!? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、おく……の、その次!?」
「そうだね、個人から見れば天文学的な大きさだろう?」
「大きすぎて、想像できないよ……」
七香が目を白黒させて完全にキャパオーバーを起こしている横で、パパは楽しそうに目元を綻ばせていた。
「Googleはね、iPhoneの検索エンジンになることで得られる広告収入の、なんと約三十六%をアップルに提供する契約を結んでいるんだ。おおよその計算だが、端末一台あたり、年間で二千円から三千円くらいの価値が動いている計算になるね」
手元にある自分のiPhoneを、思わずしげしげと眺めてしまった。
――このちっぽけな機械が、毎年それだけのお金を私の知らないところで創出し続けているというの?
「それらの巨大な利益はね、言ってみれば『ユーザー全員の行動の結果』だからね。本来は、皆が受け取るべきお金かもしれないね」
「ええっ!? パパさん、それってつまり、私たちがその三兆円を山分けして貰える可能性があるってことですか!? 三兆円なんて大きすぎてイメージが湧かないけど、億万長者の更に上の『兆万長者』になれるってこと!?」
「ちょっと七香、なんで独り占めする気になっているのよ? 世界中のiPhoneユーザーで割ったら、結局二千円くらいってことでしょ?……まぁ、でも、何もしないで毎年二千円が口座に入ってくるなら、十分に凄いけど」
「ははは、そういう前向きな解釈もできるね。まぁ、一般ユーザーはそのお金を直接受け取らない代わりに、世界最高峰のアプリや検索システムを、毎日タダ同然で利用できている、と解釈するのが正しいだろうね」
「つまり……実は『無料』に見えるアプリの裏でも、私たちは意識しないうちに、何かしらの見えない対価を支払っているってことなんだね? それこそ、『タダより高いものはない』ってやつ?」
「その通り。よくネット広告であるだろう? 『今だけ無料で全機能が使えます』とか『アンケートに答えるだけで豪華プレゼント』とか。あれらはね、皆の『個人情報や行動履歴』という貴重な情報のため、企業側からの対価なのさ。実際には莫大な開発費用や通信費が発生しているけれど、ユーザーは現金の代わりに、自分のプライベートな『情報』を差し出しているんだ」
「じゃあ、さっきの七香のスマホの画面が防犯カメラの広告だらけになってたのも……?」
「そう。七香ちゃんが街中で検索した履歴データが、MDIDを通じて広告配信システムに反映された結果だろうね。今の時代は、ネットの海に一歩でも足を踏み入れたら、すべての情報が追跡されていると言って良い。どのサイトを何秒閲覧したか、どんな種類の商品を購入したとか。それらは全て端末固有のIDとくっつけられて、企業の広告収入の元になったり、販売されたりしているのさ」
「それって……防御することはできないの?」
私が切実に問い詰めると、パパは少しだけ専門家としての寂しげな苦笑いを浮かべ、首を横に振った。
「システムがここまで肥大化した今となっては、一般ユーザーの手で完全に防ぐのはもう無理だな」
「そんなぁ……。なんだか、四六時中誰かに覗き見られてるみたいで嫌だなぁ……」
「これがデジタル社会の現実さ。便利なネットに繋いでいる限り、プライバシーなんて最初から諦めておいた方が賢明かもね。ネットの世界だけじゃない。いまは現実の町中だって、いたるところに『防犯カメラの目』が溢れかえっているだろう?」
「え? あ……うん、確かにそうだね」
「このファミレスの天井に付いているような業務用の高価なドーム型カメラもあれば、最近のネットワークカメラであれば数千円も出せば誰でも簡単に買える時代だからね。手頃で設置のコストが低いから、防犯や空き巣対策として、ごく普通の一般家庭の玄関先でも付けているケースが激増しているんだよ」
パパのその何気ない一言を聴いた瞬間、私の脳裏に、先日の学校帰りの七香のあの奇妙極まりない行動が鮮烈にフラッシュバックした。
――確かにあいつ、駅前の大通りにある、ごく普通の民家のオシャレな表札の横とかに設置された家庭用の小さな防犯カメラを見つけるたびに、「ファンサしとかなきゃ!」とか言って、片足を上げてグラビアアイドルみたいな難解な決めポーズをいちいちキメてドヤ顔してたっけ……。
<つづく>




