番外編7ー6 定義の解釈の先
「じゃあまず、最初から。『生存する個人に関する情報であって』」
「うん、そこはわかる。要するに、生きている人間に関する情報ってことでしょ?」
「よし、じゃあ次だ。『当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの』」
「……う、うわぁ、もう無理! 何なの? 『その他の記述等により』って!? 『その他』と『等』を一つの文の中に同時に混ぜないでほしいんだけど!! それって完全に『頭痛が痛い』とか『危険が危ない』的な、二重表現じゃないの!?」
「……いや、そう言われてもな。法律の条文というのは、あらゆるレアケースを想定して、後から誤解の余地が一切生まれないように網羅した結果、こういう複雑な記述になってしまうものなんだよ。……その結果、意味が全く分からない文章になってしまっては、本末転倒だと思うが」
「誤解を防ぐ以前に、そもそも一般言語として理解できないんですけど……」
「ははは、それが普通の感覚さ。この条文を主に読むのは、法律家たちだからね。じゃあ、これをさらに分かりやすくしてみようか」
「うん、ぜひお願い」
「要するにね、その情報をパッと見た時に、『あ、これはあの人のことだ』と、特定の個人を識別できる情報すべてのこと、と言えば通じるかい?」
「……うん、ギリギリ。要するに、名前とか住所がセットになっているデータのことね」
「まぁ、基本的にはそういうことなんだが。……例えば紬、今パッと頭に思い浮かぶ、世間で有名な芸能人の名前を誰でもいいから一人挙げてごらん?」
「えー、急に言われても誰だろう……。じゃあ、目黒蓮くんとか?」
「誰だい、それは? 歴史上の人物かい?」
「はえっ!? パパ、嘘でしょ、本気で言ってる!? スノーマンの超人気メンバーだよ!?」
「……スノーマン? 雪だるま……? まぁいい。ではね、その『目黒蓮』という文字列は、個人情報に該当すると思うかい?」
「それくらい、わかります! 個人情報ではありません! だって、日本全国を探せば同姓同名の一般人が何人かいるかもしれないじゃん」
「では、紬が明日にでも学校に行ってクラスの友達の前で『目黒蓮』と発言したら、その場のほぼ全員が、全く同じ特定の人物を思い浮かべるんじゃないかい?」
「それは……まぁそうだね。今の女子高生でSnowManを知らない人なんていないだろうし、この私ですら知っているくらいなんだから……」
――目の前に、スノーマンを雪だるまだと思ってる人が約一名いるけれどね。
「だとしたら、その文脈において『目黒蓮』という文字列は、立派な個人情報になるんだよ。厳密な定義では『個人情報相当』という扱いになるがね」
「ええええっ!? そうなの!? 文字単体でも、みんなが一人を特定できちゃえば法律の対象になっちゃうの?」
「ちょっと特殊なケースではあるけれど、他の情報と照合するまでもなく、その言葉だけで特定の個人を特定できてしまえば、それは個人情報になるんだよ」
――パパ、その超有名個人情報を『歴史上の人物か?』って言ってたけどね。
「んんー、なんか頭では分かっても納得いかないっていうか……。えっと、まだ続きのカッコ書きがあったよね? 次は何だっけ?」
「よし、最大の難所だ。――『他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む』」
「……うわぁ、もう呪文だね。どういう意味?」
「それ単体の文字列だけでは誰のことか特定できなくても、別のデータと組み合わせることで、個人を特定できるようになる場合のことさ」
「えっと……んんー? つまり? 具体例で言うと?」
「……そうだな。例えば、この家の中で紬が『パパ』と口にしたら、それは当然、僕のことだろう?」
「そんなの当たり前じゃん。私のパパはこの世に一人しかいないんだし」
――もし我が家にパパが二人いたら……地獄絵図ー! 却下却下!
「ではね、『パパ』というただの二文字の単語は、一般的な個人情報だと思うかい?」
「え? それは違うでしょ? だって、外の街中で知らない人が『パパ』って言っても、誰のことか分からないんだから」
「その通り。だけどね、紬が学校の友達に向かって『私の』『パパ』と言ったらどうだい? あるいは、七香ちゃんが『紬の』『パパ』と言ったら?」
「そうなると、完全にうちのパパのことだって特定できちゃうね」
「そう。つまり『パパ』単体ではただの一般名詞だけど、『紬の』という別の情報と組み合わせることで、容易に特定の個人を識別できるようになる。だから『紬のパパ』という組み合わせ情報は、立派な個人情報という扱いになるのさ」
「わかった! わかんないけど、ここは一旦『わかったこと』にする! だけどさ、やっぱり納得いかないよ! なんで個人情報のルールって、そんなにややこしくて複雑なの?」
「それはね、紬。目に見えない個人の権利を、悪意ある人や企業の乱用から守るためなんだが……」
<つづく>




