7−8 笑顔の出張
数週間後。お昼休みの喧騒を迎えた学校の食堂は、普段のありふれた光景とはまったく違う熱気と活気に包まれていた。一歩足を踏み入れただけで、鼻腔をくすぐるメロンやチェリーの甘い香りと、生徒たちの弾けるような歓声が五感を震わせる。
食堂の入り口には、美術部が総力を挙げて描き上げた「1日限定! ファミレスコラボカフェ」の鮮やかなポップフォントの看板。いつもの無機質な食券機の前は、色鮮やかなポスターと、風にパタパタと小気味よく揺れるのぼり旗でド派手にデコレーションされていた。
あの放課後、七香が生徒会へと直談判し、さらには家庭科部、美術部、パソコン部、ロボット研究部、写真部、食堂の調理スタッフ、そしてお堅い指導部の先生たちまで次々と巻き込んで、学校と店側を説得する大がかりな企画を成立させたのだ。
美術部は空間装飾をフルプロデュースし、パソコン部は専用の特設ウェブサイトを立ち上げて『ファミレスでのネチケット&マナー向上タイピングゲーム』を開発。ロボ研はどこから調達してきたのかわからないけれど、最新の猫型配膳ロボットをピカピカ光らせ、楽しげな電子音を鳴らしながらフロアを走らせている。
最初は「生徒の悪ノリならお断りだ」と渋っていた店長さんも、「生徒たちが自分たちのマナー違反を反省して、信頼回復のためにここまで自発的に企画したなら」と、渋々ながら本部の了解を取り付けてコラボ用の食材を搬入してくれたらしい。
その噂を聞きつけた運動部も、このお祭りに全面合流していた。ダンス部は食堂のテラス前で、今回のために作り込んだ「創作パフェダンス」を笑顔で披露して場を盛り上げ、バスケ部は中庭のバスケットゴールを巨大なパフェグラスに見立てて、特製の赤いボールを投げ込む「チェリーシュートチャレンジ」を開催して長蛇の列を作っている。
――ちょっと待って。これって、文化祭よりも圧倒的に盛り上がってない?
もちろん、例の騒ぎを起こして停学を食らっていた生徒二人組も、今日の過酷な裏方のゴミ拾いや皿洗いを自ら買って出ることで、無事に処分を解除されていた。
「いらっしゃいませ! 本日限定、特製メロンパフェお待たせしました!」
ファミレスの店長さんが、慣れない学食の狭いカウンターの中で、額に汗を浮かべながら声を張り上げている。そのすぐ隣では、七香が派手なフリル付きのエプロンを身に付け、「メロンパフェ、サイコー!」とデカデカと書かれたお手製の特大うちわをブンブンと元気いっぱいに振り回していた。
なぜか気づけばこの私も、その隣で一緒になってうちわを振り回させられていた。家庭科部の女子たちがノリノリで作ったという、全身ミントグリーンの「メロンパフェ」をイメージした謎の特製ドレスを着せられて。
――なんか私、七香に巻き込まれるたびに、毎回何かしらのコスプレをさせられてない?
「ねえ、紬ちゃん……。私ってこの場に本当に必要かな……?」
すぐ隣から、限界を迎えたような蚊の泣くような声が聞こえた。同じく七香の全方位巻き込み攻撃の犠牲となった物理部の智子ちゃんが、私の隣で完全に目が死んだ状態で立ち尽くしていた。チェリーをかたどった真っ赤な帽子を頭にちょこんと乗せ、虚空を見つめて遠い目をする智子ちゃんの健気な姿を見上げて、私は苦笑するしかなかった。
――わかる! その顔から火が出そうな気持ち、痛いほどわかるよ、智子ちゃん……!
「わあ、店長さんありがとう!」「学食のパフェなのに、クオリティめちゃくちゃ高い!美味しい!」「店長さん、ポーズちょうだい!ねぇ、一緒に写真撮ろう?」
写真部が用意した特設フォトスポットでは、スプーンを持った生徒たちの行列が途切れることなく続いていた。
食堂を埋め尽くす、生徒たちのきらきらとした眩しい笑顔。それを見つめる店長さんの表情は、最初はどこか困惑したように固かったけれど、それでも嬉しそうに目元を和ませていた。
普段は「ただのうるさい迷惑な客」でしかなかった生徒たちが、今日という日を境に、お店の熱狂的なファンとして目をキラキラと輝かせている。店長さんの胸の中にあった頑なな不信感が、生徒たちの圧倒的な熱量によって次第に優しく和らいでいくのが、横にいてはっきりと分かった。
「……みんな、本当にいい顔をして食べるんですね」
ピークタイムが過ぎた短い休憩中、店長さんは厨房の裏で額の汗をタオルで拭いながら、ぽつりと嬉しそうに漏らした。
そこへ、裏方の過酷な作業でエプロンを真っ黒に汚し、疲れ果てた様子の、あの生徒二人組がおずおずとした足取りでやってきた。
「あの……店長さん。この間は、店内で本当にとんでもない騒ぎを起こしてしまって、すいませんでした」
「お店の皆さんに多大なご迷惑をかけてしまって……本当にごごめんなさい」
二人は店長さんの前に並ぶと、深く、深々と、腰が折れるほど頭を下げた。店長さんは少し驚いたように目を見張り、それから、子供を見守る父親のように優しく笑った。
「元気すぎるのが玉に瑕だけど……君たちが決して悪い子ばかりじゃないことも、今日の働きを見てよく分かったよ。それに……」
店長さんは、手作りのメロンパフェを美味しそうに頬張っている生徒たちで満席になった食堂のフロアを、眩しそうに、愛おしそうに眺めた。
「……君たちのその弾けるような笑顔を見てね、改めて思い出したんだ。なぜ自分が、何年もこの接客という仕事を続けているのかをね」
その優しい横顔に向かって、七香がストローの刺さったペットボトルのお茶を、ハイ、と可愛く差し出した。
「店長さん。私、またいつもの放課後に、店長さんのお店に行って大好きなパフェが食べたいな……」
ずるいほど計算され尽くした、完璧な上目遣いで七香が囁く。
――この、恐るべきあざとい女……!
店長さんは七香からペットボトルを受け取りながら、フッ、と降参したように破顔して言った。
「……出禁は今日で解除する。……また、うちの店にパフェを食べに来てくれるかい?」
その言葉を聴いた瞬間、七香と私はパッと顔を見合わせ、パーンと小気味よい音を立てて全力でハイタッチを交わした。手のひらから伝わる確かな熱さと爽快感。
「もちろん! やったーー!」
窓の向こうの青空は、私たちの失われたオアシスが戻ってきたことを祝福するように、どこまでも眩しく広がっていた。
<つづく>




