7−7 七香がプロデュース
翌朝、私は登校するなり、まだ昨日のダメージが抜けきれずにどんよりとしたオーラを纏っている七香に、夜にパパから聴いた個人情報とハッタリ弁護士のことを伝えた。始業前の教室は、まだ少し眠たげな空気と、楽しげなお喋りの声が入り混じっている。
「えーっ!? あの怒鳴り込んできた親、まさかのニセ弁護士だったの!? 最悪じゃん!」
七香の大きな目がさらに人一倍おっきくなって丸くなる。本当にディズニーのアニメ映画に出てくる、驚いたリスのマスコットキャラみたいなリアクションだ。
「うん。パパの推測だから確定ではないんだけど、その可能性が極めて高いって。本物の弁護士だったら、身内の不祥事でわざわざそんなリスクのある名乗り方はしないだろうってさ。……でもね、そのハッタリを学校側が暴いたところで、事態は泥沼だよ。店長さんと学校の関係はもっと険悪になるし、全校生徒の出禁処分は解除されない。たぶん解決には何年もかかるんじゃないかな……。それこそ、あのお店が潰れて別のチェーンに変わるとか、何か天変地異みたいに大きなイベントでも起きない限りはね」
私の少し諦めを含んだ言葉を聴いた瞬間、七香は絵に描いたような絶望の表情を浮かべた。もしここが漫画の世界なら、背景に岩みたいな太文字で「ガビーン!」って効果音が浮き出ていそうなレベルだ。
「そんなの絶対ヤダ! 私はあの放課後のボックス席で、メロンパフェを紬と一緒に突っつきたいの! 楽しくお喋りしてアオハルしたいの!」
七香はよほどショックだったのか、自分の机の上に上半身ごとガバッと突っ伏して、子供みたいに足をジタバタさせて悔しがった。ゴンゴンと机がかすかに揺れる。
「そんなこと言ったって……元を正せばうちの学校の生徒たちの自業自得だしなぁ……」
窓の外を見やりながら、私は内心ため息をついた。この学校の周辺って、のんびり長居できる飲食店があそこくらいしか見当たらないのだ。新しい代替カフェでも開拓しに行ってみるかな。でも、前にも検索したことがあるけれど、高校生の財布に優しくてドリンクバーがあるコスパ最強のお店って、他には全滅だったのだ。
「ねえ七香、そんなに駄々をこねないでさ、これからの放課後は大人しく図書室にこもって勉強しようよ。静かで集中できるじゃん」
すると、机に突っ伏していた七香が、前髪の隙間から片目だけをギロリとこちらに向けて、幼児さながらの理不尽な抗議を始めた。
「ヤダ! ヤダヤダヤダ! 図書室じゃ声を出してお喋りできないじゃん! ひんやりしたメロンパフェも、無限に飲めるドリンクバーもないじゃん! そんなの、私のキラキラ輝くはずの花のJKの思い出が、喪女みたいなシワシワの思い出にされちゃう!」
――うん? 待って。何げに今、流れ弾が直撃してない? 私、放課後はだいたい図書室の常連なんですけど。
「で、でもさ! 図書室だって本がたくさんあって読み放題だし、無料だし……。司書の先生にお願いすれば、新しい本だって入荷してくれるかもだし!」
「ヤダヤダお断りですー! 図書室にはnon-no置いてないじゃん! Popteenの最新号もないじゃん! おまけに私の栄養源であるBLマンガだって一冊も無いじゃん!」
――それは流石に、どんなに熱烈にリクエストのフォームを送信しても審査で一瞬で弾かれるわ。っていうか七香、あんた、いつの間にBLなんていうジャンルにハマってたのよ……。
「あーあ。どうにかして、あの無慈悲な出禁、一発で解除されないかなぁ……」
ひとしきり机の上で顎を乗せてぼやいていた七香だったが、次の瞬間、フッと何かのインスピレーションを得たように勢いよく顔を跳ね上げ、私をじっと凝視した。
「ねえ紬? パバさんが言ってたんだよね? セキュリティには『解決の道筋』が必要だって」
「え? うん、確かにそう言ってたけど……」
急に真剣な、らんらんとした目を向けられて、私の背筋に妙な緊張が走る。
「それにさっき、紬自身も言ったよね? 『お店が変わるとか、なにか大きなイベントでも起きない限り』って!」
「……うん、確かにそう言ったけど……それが何?」
「そもそもファミレスの店長さんが激怒して出禁にしたのって、ウチらが店舗にとって『ただの迷惑な存在』だから、だよね? 安いドリンクバーだけで何時間も居座ったり、スピーカーホンで騒いだりするから……」
「……まぁ、その通りだろうね」
「だったらさ、私たちが、そのお店にとって『絶対に迷惑じゃない大歓迎な存在』に生まれ変わればいいんじゃない!?」
七香の濁りのない瞳の奥に、過去最大級のイタズラを思いついた瞬間の、あの無敵の輝きが宿るのを見た。私の脳内アラートがけたたましく鳴り響く。これは、嵐が来る!
「え? ちょっと、一体どういうことよ?」
「店長さんが『ウチの生徒、全然迷惑じゃないじゃん!』って思うような、おっきなイベントを学校全体で仕掛けるのよ!」
「えええっ!? あんた、急に何を言い出すのよ、どうしちゃったの七香……!」
「紬! ぐずぐずしてる時間はないわ、今すぐ生徒会室に行くよ!」
七香は立ち上がるや否や、私の右腕をがしっと掴み、強制的に私を椅子から引きずり上げた。
「はぁ!? ちょっと七香、引っ張らないで! なんでいきなり生徒会室なのよ!?」
「決まってるでしょ! 七香ちゃん全面プロデュース、失われたオアシス奪還のための『出張スイーツカフェ作戦』の始動よ!」
「え? え? 何それ、プロデュース? 出張? 作戦って、どういう……!?」
「本気になったウチの最大出力を、学校とファミレスの大人たちに見せつけてやるんだから!」
朝のチャイムが鳴る前の廊下を、私は親友の規格外の突進力に完全に圧倒され、抵抗する気すら与えられないまま連行されていく。ギュッと掴まれた腕から伝わる彼女の体温は、ワクワクとした熱量で満ちていた。
こうしてまたしても私は、この愛すべきトラブルメーカーの手によって、騒がしい日常の新しい渦中へと引きずり込まれていくのだった。
<つづく>




