7−4 アオハル
「違う! 全然そういうことじゃないの! 私は、あんたと学校帰りにあそこのボックス席に行くのがいいんでしょ! 学校帰りに制服姿でお喋りしながら食べるパフェこそが、JKにとって最高の『アオハルの一ページ』なんだから!」
「……リアルな会話で、アオハルなんて単語を大真面面に叫んでる人、生まれて初めて見たよ」
私は呆れを通り越して、ちょっと感心しながらツッコミを入れた。窓の外からは、グラウンドで朝練に励む運動部の元気な声が響いてくる。こんなに清々しい朝なのに、私たちの会話のテーマは重すぎる。
「そんなことはどうでもいいの! それより問題は、今日の放課後の行き先をどうすんのよ?」
「え? あんた、全校出禁を食らった今日もファミレスに行くつもりだったわけ? まぁ、あれだけお店側に多大な迷惑をかけてたんだから、今回の出禁はしょうがないよね。いいじゃん、今日の放課後は図書室で。静かだし冷房も効いてるし」
七香は不満を全身でアピールするように、ぷーっと両頬を限界まで膨らませてみせた。その姿は、ディズニーのアニメに出てくる怒ったリスにそっくりで、私は思わず吹き出しそうになる。
「でもね、紬。この問題は、そこで終わりじゃないのよ」
七香は急に真面目な顔になると、周囲のクラスメートに聞こえないよう、ぐっと声を潜めて顔を近づけてきた。その大きな瞳に、好奇心とは異なる、少し怯えたような色が混ざる。
「例の騒ぎを起こした生徒の親がね、昨日の夕方、もの凄い剣幕でファミレスの店舗に怒鳴り込んだんだって。『本人の許可なく勝手に防犯カメラの映像を学校の教師に見せるのは、重大な法律違反だ!』ってさ」
「え!? 法律違反って……お店側が?」
思わず声が大きくなりそうになって、慌てて口元を手で押さえた。どうやら学校に苦情が入った際、生徒指導の先生が事実確認のためにファミレスに赴き、問題の生徒を特定するため、店長さんから防犯カメラの映像を見せてもらったらしい。
「それで、その生徒の親がね、なんと『自分は弁護士だ。店側の対応は明確な個人情報保護法違反だから、訴えてやる』って、店長さんを脅したんだって……」
――弁護士? 個人情報保護法違反で、訴える!?
胸の奥が、冷たい嫌悪感でざわついた。
「でもそれって、そもそも店内で激しい迷惑行為をして営業妨害をしてた生徒の親だよね……? 普通なら、まずは店長さんに平謝りする局面じゃないの?」
「そうだよねー! もし私の親がそんなことを知ったら、間違いなくその場で顔の形が変わるくらいひっぱたかれるよ。……まぁ、うちの場合、怒り狂ってひっぱたいてくるのは鬼より怖いお姉だけどね……」
七香の言葉を聴いて、私の脳裏に、彼女の実のお姉さんである九美さんの冷徹なビジュアルがフラッシュバックした。常軌を逸した戦闘力を持ち、渡瀬家の絶対権力者。あのお姉ちゃんにシメられることを想像しただけで、背筋にゾクッと冷たい悪寒が走って思わず身震いをしてしまう。
――もし、私が学校から停学処分を受けるようなことをやらかしたら、パパなら一体どうするのかな? やっぱり、烈火のごとく怒るんだろうか?
パパの怒った顔を脳内で再生しようとしてみたけれど、いつもリビングで飄々とキーボードを叩き、デリカシーのない発言で私を呆れさせているのんきな姿しか浮かばず、どうしても上手くいかなかった。
――それにしても、個人情報保護法違反、か。防犯カメラの映像を、身元が確かな学校関係者に見せて身元を確認しただけで、本当に法律違反になっちゃうのかな?
私は腕を組んだまま、再度掲示板にピン留めされた『出入り禁止』の無慈悲な白黒の張り紙をまじまじと眺めた。
ただの女子高生たちの喧騒とファミレスの騒音騒ぎだと思っていたことが、いつの間にか、とんでもなく厄介な問題へと発展しつつあった。
朝の爽やかな空気とは裏腹に、どんよりとした大人の世界の生々しさが、じわりと教室の片隅を侵食していくようだった。
<つづく>




