7−2 喧騒
佐伯は席からスッと立ち上がった。激しく脈打つ鼓動を感じながら、込み上げる感情を無理やり押し殺して、背後のボックス席へと歩み寄る。
「ちょっと、そこのお二人。公共の場所なんだから、もう少し静かにしてもらえるかしら?」
努めて冷静に、大人のトーンを意識して声をかけた。「あ、すいません」そんな当たり前の、些細な謝罪の言葉が返ってくると思っていた。だが、現実は佐伯の予想を無残に裏切った。
「あ? 何このオバサン、誰?」
「っていうか、私たち店員さんには何にも言われてませんけどー」
「そんなに嫌なら、あんたが店から出てけば良くない? こっちは誰にも迷惑かけてませーん」
二人の女子高生は、スマートフォンをいじったまま目線すら合わせず、小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべて言い放った。あまりにも理不尽で、あまりにも想定外な反論に、佐伯は一瞬、呆気にとられて言葉を失った。
――私が、出ていく……?
意味が理解できなかった。次の瞬間、カッと頭に血が上り、握りしめた拳が怒りでワナワナと震え始める。社会人としての理性が、足元から崩れていくような感覚だった。
「あ、アンタたちがうるさいって言っているのよ! 何なのその態度は。アンタたち、どこの高校の生徒?」
「は? 学校とか関係なくないですかー?」
「何? このオバサン、若い私たちに嫉妬してんの? やだねー、見苦しいよババア」
「あ、あんたたちねぇ……!」
あまりの侮辱と、まともな会話が成り立たない不条理さに、佐伯の声は制御を失って次第に大きくなっていった。
フロアに響くその険悪な騒ぎを聞きつけ、奥からエプロン姿の店長が、額に汗をにじませて慌てた様子で駆け寄ってきた。ふと見ると、先ほどまで女子高生たちを忌々しげに見ていた隣の席の若い男性客は、ワイヤレスイヤホンを耳の奥に押し込んだまま、我関せずといった様子で無感動にスマホの画面を見つめ続けている。トラブルの気配を察知して、透明な防壁の向こうへ逃げ込んだのだ。
「あ、アンタたち、どこの学校か言いなさい! 名前は!?」
「オバサン、人に名前聞く時は自分からって習わなかったの? 学校ちゃんと行った方がいいよー」
「そうそう。低学歴だと将来ないよ? あ、オバサンはもう手遅れかー!」
「ギャハハハハ!」と、手を叩いて下品に笑い転げる女子高生二人。その甲高い笑い声が、静まり返ったフロアに虚しく響く。
佐伯が我慢の限界を完全に超え、大声で怒鳴りつけそうになったその瞬間、店長が二人の間に割って入った。
「お客様! 他のお客様に多大なご迷惑となるような行為は、どうかお控えください……!」
店長の放った、鋭く、そして押し殺したような低い声。女子高生二人は、佐伯と店長をゴミでも見るようなジロリとした目で見据えた。そして、心底めんどくさそうに派手な舌打ちをした。
「チッ、うざ。わかったよ、帰りゃいいんでしょ、帰りゃ」
乱暴に椅子を引いて立ち上がると、テーブルの上の教科書やペンケースをカバンに押し込み、足早に店を出て行った。引き戸がバタンと大きな音を立てて閉まり、フロアにようやく、本来の穏やかな静けさが戻ってくる。
退店していく二人の後ろ姿を、拳をぎゅっと握りしめて苦々しく見送っていた店長に、佐伯はまだ収まらない興奮と、バクバクと波打つ動悸をぶつけるように詰め寄った。
「あの制服、近くの高校のよね? お店としても、ちゃんと学校側に報告して抗議した方がいいわよ!」
店長は佐伯に向き直ると、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「……はい。実は、以前からあそこの生徒による長時間の居座りや迷惑行為には、何度か苦情を入れていたのですが……今回ばかりは、私も学校側に毅然とした態度で抗議を行います」
店長が顔を上げたその目は、これまでの理不尽なトラブルの蓄積によって、一線を越えて完全に「限界」を迎えている、冷徹な怒りが静かに見て取れた。
<つづく>




