7−1 騒音
ランチタイムのせわしないピーク時間を過ぎて、それまで喧騒に包まれていたファミレスのフロアも、ようやく席がまばらになってきた。
カランと鳴るグラスの氷の音や、遠くの厨房から微かに聞こえる食器の音が心地よく響く。
代わりにカフェタイムを利用して参考書を広げる学生や、ノートPCと格闘するノマドサラリーマンなどがポツポツと増え始める、一日のうちで最も穏やかな時間帯だ。窓から差し込む午後の柔らかな光が、フロアの木目調のテーブルを静かに照らしていた。
佐伯も、そんなサラリーウーマンの一人だった。ちょうど顧客先への移動中に一時間ほどの隙間ができ、商談資料の最終確認を行うには格好の場所だと、この駅前のファミレスに滑り込んだのだ。
結露した冷たいアイスコーヒーのグラスを傍らに置き、リズミカルにノートPCのキーボードをタイプする。指先に伝わる小気味よいクリック感とともに、仕事は順調に進むはずだった。しかし、その集中力は、突如として背後のボックス席から響き渡った、耳を劈くような騒音によって無残にかき消された。
「ギャハハハハ! マジウケるんですけどー!」
「ねー! それなー! 画面バグってるし!」
背後の席に陣取る、二人の女子高生の甲高い声だった。頭の芯に直接突き刺さるような容赦のない笑い声。おまけにスマートフォンをスピーカーホンにしたまま、大音量で通話までしている。通話のノイズ混じりの声と彼女たちの笑い声が混ざり合い、穏やかだった空間の空気は一瞬にして不快な色に塗り替えられた。
――公共の場では声を落として静かに話し、電話をするときはシートを立って店外に出るのが最低限のマナーでしょう。
胸の奥でじわじわと広がる苛立ちとともに、いちいちそんな堅苦しい正論を考えてしまう自分自身の心の狭さにも気付く。若さゆえの無邪気さを許せない自分自身が、なんだかひどく「オバサンちっく」になっているようで、胸の奥に酸っぱい嫌気がさした。
佐伯はタイピングの手をピタリと止めると、振り返って女子高生たちのボックス席をじろりと睨みつけた。テーブルの上には教科書やノート、ペンケースが所狭しと散らばっており、どうやら一番安いドリンクバーだけを注文して何時間も粘っているようだ。
注意してもらおうと助けを求めるように周りを見渡したが、あいにく近くに店員の姿はない。ランチのピークが過ぎ、完全にシフトの人数が少なくなっているエアポケットのような時間帯なのだろう。張り詰めた店内の空気が、余計に重く感じられる。
ふと、隣のテーブル席に座る男性客と目が合った。向こうも露骨に顔を顰め、耳を塞ぐようにして女子高生たちのテーブルを忌々しげに見つめている。店内に無言の、だけど確実な「怒りの同期」が広がっていく。
自分のパソコンの画面に再び視線を落とした。しかし、明滅するカーソルの先にある資料のテキストは、さっきから一行たりとも先に進んでいない。頭の中が彼女たちの騒音にジャックされてしまっている。
このまま作業を諦めて、おとなしく店を出るべきか。
――いや、やはりいけないことはいけない。一人の大人として、そしてこの不快な空間を守るためにも、ここは毅然と行動を起こさなければ。
佐伯は、奥歯を少しだけ噛み締めた。ノートパソコンの画面をゆっくりと半分ほど閉じると、意を決して、シートから静かに腰を上げた。
<つづく>




