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第30話 ドラマ『真夏の世の雪』と熱望の声

「お久しぶりです!工藤監督!」

「またご一緒できて嬉しいです」

「この仕事、二人が引き受けてくれて本当によかった!」

『渚の灯りが見えた時』の工藤監督最新作。

動画配信サイトのオリジナルドラマ作品。


題名も『真夏の夜の雪』だった。

私とシン君が主演として呼ばれた。

「シン君の歌詞の通りのストーリーにしたんだ」

「この作品は、お二人しかいないと思ったんです」

懐かしいスタッフの顔ぶれ。

(前の美術アシスタントのお二人も、メイクさんも一緒だ)

監督や制作達の声に胸が熱くなった。


物語は――

苦悩するアイドル・シュウジと、不遇の女優ミユキ。

ドラマを通して恋人役を演じ、相手に心惹かれる。

心を通わせ、接触が増え、

キスをしても、その先は閉ざされる。

恋愛関係どころか

会うことも、話すことも許されない。

自分達の話のようで、胸の中で少し笑ってしまう。

事務所同士がピリピリしていたが、

思っていた以上に、

制作とスポンサーからの後押しが大きかった。


--あっという間に。

撮影が始まる。

演技とリハ以外でシン君と話すことはほぼ不可能。

マネージャー達の監視の目は厳しかった。

(仕方ないよね……でも)

リハやカメラ前で少し話せるだけで幸せだった。

視界の端に彼がいるだけで、胸が満たされた。


二人でピアノの連弾シーンを撮る

至近距離で聞く、彼の歌声。

いつものブラックベリーにシャンプーの香りがした。

それだけで、胸の奥がぎゅっとなる。

彼の横顔をじっと見つめていると、

彼が視線を合わせてくれる。

鼻先の目が合う。

笑ってしまう。

全部が本当に嬉しくて、ひとつずつ、心に積もっていく。


二話放送後。

スタジオに歓声が響いた。

「SNSトレンド1位でしたー!」

「見ました!?」

スタジオがどよめく。

【シンユキずっと見ていたい!】

【かわいすぎて推せる二人!】

回を重ねるごとに熱狂は増した。

SNSの話題はそんな言葉で溢れかえった。


ドラマの中盤で、シュウジとミユキは、

幼い頃の傷を打ち明け合う。

誰にも理解されなかった痛みを、

「分かるよ」と言い合う。


ある精神的に重いシーンで、

私は彼の手を握った。

「大丈夫だよ、落ち着くまでこうしてよう」

私が手を握ると、

シン君の身体がびくりと震えた。

顔が真っ赤で、切ない目をしていた。


「ありがとう」

私の手を両手でぎゅっと握った彼は

しがみつくように頬を擦り寄せる。

現場が、静まり返る。

私の手の甲に、彼の涙が伝う。

スタッフ全員が息を呑んだ。


--あの瞬間、

演技と現実の境界が、確かに揺らいだ。

翌日も、撮影前の歓声は止まらなかった。

「今日もたくさんの声がSNSで上がってたので発表しますね!」

【シンユキが本当に結ばれてくれたらいいのに】

【どっちかが他の人と恋愛したら嫌だ】

【知ってた?前はサブカップルの時から追いかけてるー!】

「実は、以前の共演ドラマも、再ムーブになってますよ!」


笑顔で応えたけれど、

現実は、うまくいっていなかった。


 昨日、シン君とはメッセージで喧嘩していた。

シン:昨日、白石君と楽しそうだったね

ユキ:挨拶だけだよ

シン:あいつ、ユキのこと狙ってると思うけど

ユキ:そっちこそ!

   新人女優さんと随分親しそうに猫の画像見てたよね?

   距離近すぎだよ

シン:ユキに誤解されるなら、もういい


お互い、いじけていた。

たくさんの素敵な声をいただいていても。

私たちは、一言も自由に話せない。

毎日近づきたくても許されない。

会えない時間を埋めたいのに。

自分とは話せないのに、

他の人とは仲良く話せるなんて。

話せない分だけ、嫉妬が膨らむ。

――抱きしめて、奪ってしまいたい。

私たちは、自分達の気持ちを押し殺すしかなかっった。


結局、裏垢ですぐに謝る。

シン:昨日はごめん

ユキ:こっちこそ

黒猫が土下座するスタンプ。

思わず笑ってしまう。

ユキ:今日の演技、楽しみにしてる

シン:俺も。ユキとキスできるの楽しみにしてる


心臓が跳ねた。


そして--

ついに、ドラマ終盤のキスシーンの日が来た。

「会いたかった」

「私も」

声が甘く、低く変わる。

「ずっと好きだった」

「私も。でも、付き合えなくて、ごめん」

「わかってる」

涙が溢れる。止められない。


二人は吸い込まれるように唇を重ねた。

震えるほど、強く抱きしめる。

呼吸が絡まる。

「本当は愛してるよ」

「私も」

――もう役じゃなかった。

(シン君と、2年ぶりのキス――)

吐息から漏れる熱。

いつもの香りと大好きな白い手。

ソファの暗がりで、二人は抱きしめたまま動けなかった。

「カット!」

その声さえ、遠い。

世界には、二人しかいなかった。


その放送後。

世論は、さらにドラマのカップルを応援する風潮が強まる。

【本当のファンなら二人の幸せを願うはず】

【引き離すなんて非人道的】

【現実の事務所の対応がこうでないことを祈る】

ドラマの配信後、「#ユキシン幸せになって」のハッシュタグが

世界中で数百万件を超えた。

スポンサーまでもが、

「この二人をCMに使いたい」と言い出した。

テレビで、二人のCMが流れると、

ネット配信ドラマへの注目が集まった。


--そして、ついに事務所からも通達がきた。

監視解除。

厳しい規則の撤廃。

MUSEのグループメンバーは

それぞれの個人宅へ戻ることができた。

事務所が、折れたのだ。


シン:もう、これからは現場でも堂々と話そう

ユキ:うん、一緒にお菓子食べたい

二人でメッセージのやり取りをした後。

撮影所で、今回初めて、隣に寄り添って座り、

笑い合った。


「久しぶりに、一緒に何か食べるね」

「うん!嬉しいな」

横にいるシン君が、満遍の笑みでこちらを見ていた。

「あれ……なんか他のこと考えてえる?」

ずっと吹き出しそうなのを堪えている彼を覗き込んだ。

「いや、昔買ってたシマシマパンツ、結局履いたのかなって」

「やめて!聞こえるでしょ、シー!!!!」

冗談を言うシン君の口を思い切り塞いだ。


辺りを見回して怒ってしまった。

その手を、シン君がそっと掴んで、いたずらっぽく笑った。

「家で、一回も見なかったなって」

「やめてってば」

叩くようなフリをして慌ててしまった。

指先から伝わる彼の熱。


あの日、埃っぽい掃除用具入れで

震えていた自分を思い出す。

――もう、隠れなくていいんだ。

その様子は、遠目から撮られていた。

このドラマのビハインドSNS動画も大バズり。

【お願いだから、もうシンユキで結婚して!!】

【むしろ早く祝わせてほしい】

世界が、変わった。

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