表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/31

第31話 最果ての家に積もる新雪

 ミナコとノアは、完全にやられた――と思った。

ブツリ、とノアが動画配信サイトを消す。

「衝撃が強すぎる……」

頭を抱えるノアの隣で、ミナコも深く息を吐いた。

「ほんと、やりすぎ」

次の瞬間、二人は顔を見合わせた。

「なんでこの結末が来るわけ?」

「つらい……」

強い口調でノアが言う。


「ドラマ最終回、一緒に見ようって言ってくれてありがと」

ミナコが彼の肩を叩く。

「私、今ショックで……」

「絶対なんか仕込んでる気がしてさ。

 俺も一人じゃ見られないと思った」

「うちに来てくれて正解」

「あ、……ここミナコんちだった。

 俺んちと色味ほぼ同じだから忘れてた」

グレーのソファに崩れ落ち、

クッションを抱きしめる二人。

「ごめん、俺、立ち直れない」

「結構ダメージ大きいね……どうしよ」

項垂れたまま、しばらく動けない。


やがてミナコが顔だけ上げた。

「……ラスト、もう一回、見ていい?」

「いいけど。心臓強いな。俺もうきついんだけど」

ミナコは再生ボタンを押した。


二人が見ていたのは、シンとユキのドラマ

『真夏の夜の雪』最終回。

不遇の女優とトップアイドルの恋。

共演して恋に落ちた二人が、

近づくことも許されない中。

何年も想い合いながらすれ違い続け――

ようやく結ばれる。

涙で画面が滲むほど美しいラストシーン。

……の、はずだった。


エンディング。

NGカット集。

笑顔、涙、撮影の裏側。

スクラップのような映像が続く。

その流れの中に――

一瞬だけ挿し込まれた映像。


書類にサインするシンとユキ。

並んでハンコを押すサキと本田。

そのまま市役所へ入っていく後ろ姿。

明らかに――入籍シーンに見える。

「え?」

五円玉。

シンのアクスタ。

三人で初めて行ったライブの写真。

MUSE七人の集合写真。

そしてテロップ。


『視聴者の皆様、本当にたくさんの応援ありがとうございました!』

『いただいた全てのメッセージがスタッフの宝物です!!!』

『これからもシンユキは頑張ります。どうか見守ってください』

『すべての皆さんに、素晴らしい愛を!!』


「……ごめん」

ノアがまた頭を抱える。

「俺、自分が仲間はずれにされた傷に向き合えない」

「わかる」

ミナコは画面を見ながら、彼の肩に手を掛ける。

「サキちゃんと本田さんが証人で、なんで俺達じゃなかったの?!」

彼は本当に怒っていた。

「……でも現実なのか、ドラマなのかもわからないし。

 ……絶対理由あるよ」

そのとき。

ミナコが映像を止めた。

「待って。ここ」

「え?」

「ほら、よく見て」

スクラップの絵の中の特別大きなハート。

special thanks――


そこに。

ミナコとノアの写真と名前。

『全部、二人のおかげだよ!! 本当にありがとう!!!』


--沈黙。

「あいつら……」

「ネット放送をなんだと思って……」

「一瞬ならバレないと思ったのか……?」

顔を見合わせる。

「「もーーーー!!!」」


笑いながら、

ミナコの目頭が熱くなる。

「でも嬉しいよー!!」

二人のことに、思わず涙が出てくる。

「俺だって」

ふわっとノアに抱きしめられる。


見上げると――

彼は号泣していた。

「なんでノア君まで泣いてるの」

「俺の方が、最初から応援してたっつーの……!」

「ふふ。そうだよね」

二人は思い切り抱きしめ合った。


配信サイトを閉じると同時に、ネットニュースが流れる。

『MUSEシン、飯島ユキ、ドラマ共演後、入籍か?』

見出しと共に、キャスターやコメンテイターが盛り上がる。

『スポンサーと事務所も祝福ムードとの情報が入ってます――』

『一応、ドラマの演出らしいので、これから本当の発表があるんですかね?』

『一部の熱烈なファンは悲鳴をあげていますが、

 それを圧倒するほどの祝福の声が……』

パソコンを閉じ、スマホを見る。

SNS上でもトレンド一位。

お祭り騒ぎだった。


【演出なの?現実なの? 】

【監督からの最高の演出サプライズでもう眠れない! 】

祝福は、止まらなかった。

ミナコとノアは顔を見合わせた。

「いつヨリ戻してたんだ!?」

「闇の中だね」

「俺達は聞く権利あるだろ!!

 今度拷問だ」

ビールを飲み干しながら騒ぐ。

怒ったり笑ったり落ち込んだりするノアが可笑しくて。

真っ赤な彼の頬に――

そっとキスをした。

「ノア君。本当に大好き。頑張ってくれてありがとう」

ノアの手が、強く身体を引き寄せる。

すると――

ノア君から、とびきりのキスが降ってきた。

「ミナコ、俺の方がもっと大好き」


--翌朝。

SNSサーバーはダウン。

MUSEの全楽曲がチャート独占。

ノアとミナコに、メッセージが届く。

シンからは来たのは『最果ての家で朝まで鍋パするぞ』だった。

ノアが即返信する。

『お前今日会ったら覚えてろよ』

ガチギレしたリスのスタンプも。

返ってきたのは土下座する黒猫。

とシンからの言葉。

『ノアを証人にしたら事務所がNG出すだろ。

 お前はもうすぐソロデビューするんだから。

 おめでとう。本当の夢が叶うな』

それをミナコに見せた瞬間。

ノアはまた大粒の涙で彼女の胸に飛び込んだ。


ミナコの元にはユキから。

『ミナコ、本当にありがとう。

 友達になれなかったら、この奇跡はなかった。

 女優を続けられたのも、

 MUSEを好きになれたのも、

 シン君と出会えたのも、

 恋人になれたのも、入籍できたのも――

 全部、ミナコのおかげ。

 今日は結婚式の相談させてね』


画面が涙で滲む。

ユキ……。

みんなで、どんどん幸せになろう。

私たち全員で。

楽しく、精一杯生きよう。

――MUSEを聴きながら叫んでいた

あの頃の私たちの声が、聞こえた気がした。


-------


 都心のホテルのガーデン。

陽光を受けてきらめく白いバージンロードの先に、シン君が立っている。

“アイドル”ではない。――私の隣に立つ、一人の男として。

真っ白なドレスの裾を握りしめながら、

私はその姿へ向かおうとしていた。


参列席にはMUSEのメンバーと事務所の方々、

ドラマ制作スタッフ。

シン君側の席では、

故郷から来てくれた大勢の親戚が

賑やかにグラスを掲げている。


私の身内は――

ミナコとサキ、本田さんだけ。

それでも。

胸の奥は、これ以上ないほど満たされていた。


「今日、二人と一緒に歩きたいの。

 私の、たった二人の家族として」

控室でそう言った瞬間、

ミナコとサキは言葉を失った。

それから顔を見合わせ、

大きく、力強く頷いてくれた。

「こんなに素敵な役をもらえてくれて嬉しい」

「ユキ、本当に光栄だよ」


今、三人で腕を組む。そして、ゆっくりと踏み出す一歩。歓声が降り注ぐ。

「ユキちゃん、綺麗だよ!」

「おめでとう!」

MUSEのメンバーの声が、

花道を鮮やかに彩っていく。

シンの前まで辿り着いたとき。

二人が、そっと私の背中を押した。

その瞬間。

ミナコとサキの瞳から、涙が溢れた。

かつて、痩せこけて絶望の底にいた私。

家族のことを打ち明けた夜、

一緒に泣いてくれた二人。


――これからも、よろしくね。

三人で目を合わせる。

いつも気持ちは一緒だった。

そして、私はシン君の大きな手を取った。

十四歳のあの日。

孤独に震えていた私には、

こんな未来――想像もできなかった。



二人で人前式を終え、みんなが円卓へ移る。

木漏れ日の美しい季節。

温かな風に乗って、余興が始まった。

MUSEのメンバーがステージへ上がった瞬間、

会場の空気が変わる。

イントロ。

歓声。

一瞬で、そこはライブ会場になった。

曲は――

彼らの原点、『教室時代』。

メンバーが客席に降り、私たちを取り囲んで歌い踊る。


シンもマイクを渡される。

照れくさそうに笑って、

それでも――今までで一番優しい声で、

彼のパートを歌った。


七人揃っての、一日限りの再結成。

そして。

曲は、彼と私を繋いでくれた『真夏の夜の雪』へ。

掃除用具入れで出会った、あの日。

夜な夜なおかしなことが起きた初夏。

二人で見上げた星空。

そして今。

シン君は夫として、愛おしそうに私を見ている。

すべての時間が重なって――

涙が頬を伝った。

(お母さん。

 私、こんなに素敵な家族に出会えたよ)


「ユキちゃん、シンをよろしくな!」

歌い終えたノア君が、

会場中に響く声で叫ぶ。

メンバー一人ひとりと目が合う。

全員が――

家族を迎え入れるような笑顔で、

深く頷いてくれた。


式の最後。

シン君がマイクを握った。

会場のざわめきが、すっと消える。

「--皆さんが応援してくださって、

 今、僕たちが歩んでいけると思います」

会場の皆さんへ頭を下げた後--。

シン君は真っ直ぐに、空を見上げた。


「そして、ユキの天国のお母さん。

 ユキのことを産んでくれて、

 命をかけて育ててくれて

 未来を残してくれて――

 本当にありがとうございます」

その声は、まっすぐ天へ届いていく。

「これからは、ユキと一緒に

 あなたが守った未来を歩んでいきたいと思います」

視界が、涙で崩れた。

春の陽だまりの庭園を、割れんばかりの拍手が包み込んだ。


-------

「シン君、シン君!」

夜中の二時。

ユキがベッドを揺らす。

「何〜?……」

「いつの間にか雪積もってる!」

「えー、珍しいね」


二人でベランダに出る。

しん、と静まり返った世界。

「パウダースノーの新雪だ」

「シンユキじゃなくて、本当はシンセツだけどね」

「ははは」

「すごく綺麗だね」

二人は肩を寄せ合う。


最果ての家と、都心の家。

二人で行き来する日々。

もうすぐ、新しい大きな家に移る。

「ちょっと寂しいけど……ここで初雪見れてよかった」

「うん。ここではもう見れないと思ってたのに」

「一緒に見る、初めての雪だね」

肩を寄せ合って、抱きしめ合う。


「シン君、ありがとう」

「なんで?」

「夏に雪を降らせる奇跡を願った、あの曲があるからこそ。

 今、この雪を隣で見られるんだね」

思い切り、彼の身体を抱きしめる。

「ユキー。へへへ、本当に見れて嬉しい」

シン君は瞼にそっとキスをくれた。



MUSEはそれぞれの道へ進んだ。

シン君は作曲家に。

ノア君は歌手に。


あの時。


シン君の思いを聞いた監督が、

事務所とスポンサーに掛け合って特大サプライズを演出した後。

嘘のように、CMやアンバサダー業が一気に増えた。

夫婦タレントとしての活動で、

事務所的にも新しい道を開けた。


「ユキ、寝ないの?」

「うーん眠れるかな……」

「俺が<失眠>のツボ押してやる!!」

「きゃー」

「ちゃんと寝なさいよー」

「はーい」

しんしんと降り積もる雪の中。

温かい最果ての家で、

お互いの鼓動を聞きながら、

ゆっくりと目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ