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第24話 魂を分かち合う夜

 二日目の朝は温泉に浸かり、ゆっくりと過ごしたあと、

それぞれ行きたい場所へ向かった。

サキと本田さんはお土産探しへ。

他の四人は一緒に川を見に行き、

そのあと二手に別れて、私はシン君と神社へ向かった。

並んで歩く距離が、まだ少しだけくすぐったい。

「初デートだね」

「本当だね」

その一言だけで、胸の奥がじんわり熱くなる。

「ネックレス、つけてくれてありがとう」

「これからずっとつけると思う」

「嬉しいな」

森の中、苔むした鳥居をくぐる。

そこだけ、時間の流れが違うみたいだった。

シン君が大きく息を吸う。

「幻想の世界みたい」

「本当に神様が出てきそうな社殿だね」

二人で階段を上がり、手を合わせる。

(ここまでシン君との時間をくださってありがとうございます。

 どうか、これからも一緒にいられますように。

 みんなが健やかでありますように)

目を開けると、シン君の顔。

「ずいぶん長かったね。何お願いしてたの?」

「内緒です」

「ふふ」

額がそっと触れ、小さな頭突きになる。

その距離の近さに、胸があたたかくなる。

誰もいない森の小道を、手をつないで歩く。

こんなふうに堂々と歩けるのは、きっとここだけ。


木漏れ日の中の横顔が綺麗で、思わずシャッターを押した。

「どうしたの?」

「シン君と光が、あまりに綺麗で」

「一緒にも撮りたいな。ほら、こっち」

そう言って、二人で自撮りする。


少しの沈黙のあと、彼が言う。

「今日、ユキんちに行っちゃだめ?」

心臓が、どくんと跳ねる。

「明日のお仕事、大丈夫なの?」

「ユキの方は大変?」

「私は午後からだから平気だけど」

「じゃあ、ノア送ったら行くね」

顔を赤くして笑うシン君。

その笑顔に、胸がまた騒ぐ。

そっと手を引かれ、身体が近づく。

澄んだ森の風。

光と影の揺れる中で、静かに抱きしめ合った。

世界が、しんと澄んでいた。


-------

帰りの高速道路は、

ノア君のソロコンサートと化していた。

ミナコもサキも、本田さんまで興奮して大きな拍手を送る。

合間に今日の出来事を報告し合いながら、ゆっくり東京へ戻る。

サービスエリアでご当地うどんや蕎麦を食べる。

笑っているのに、頭のどこかでは“今夜”のことばかり考えていた。


十九時頃、解散。

急いで家に戻る。

シャワーを浴び、

急いで部屋を整え、シンを迎える準備をする。

鏡の中の自分は、自分でも驚くほど浮き足立っていた

明日の準備も全て終えた頃。

チャイムが鳴る。

「いらっしゃい」

「シャワー浴びてきたから!綺麗な足だから!」

そう言ってシン君は足を踏み入れた。

「ふふふ、そこまで気にしなくても」

「わ! 思ってたのと違う。ヴィンテージスタイルじゃん!」

彼はきょろきょろと辺りを見回す。1LDKのこじんまりした部屋にシン君が立つと、余計に小さく見える。

ソファに腰を下ろした瞬間、

「わ!」

と彼は立ち上がった。


「これ、俺があげた五円玉だ!」

指差した先には、テーブル横のチェスト。

その上に、祭壇みたいに、好きなものを並べていた。

猫の置物。

ミナコとサキの写真。

小さな母の位牌。

そして、五円玉。

(MUSEのライブグッズとシン君のアクスタは、

 見られたくなくて隠しちゃったけど)


シン君はふと五円玉を手に取った。

「ありがとう!お前が俺をここに連れてきてくれたんだな」

そう言って、手の上に語りかける。

可愛らしい姿に、頬が緩む。

すると、彼はふと思い出したように私の目を見つめ、

そっと右手を差し出してきた。

「ユキ、俺にも、一枚ちょうだい。『ごえん』」


彼の真剣な眼差しに気圧されながら、私は慌てて財布を取り出した。

小銭入れをひっくり返し、

一番新しく見える五円玉を探し出す。

「……はい。でも、これ……ちょっと汚れてるかな。

 レモン水で綺麗にしようか?」

「何それ!!やりたい!」

シン君は新しい遊びを見つけた子供みたいに

目を輝かせていた。

「前のも二人で綺麗にしてから、ゆっくりお互いの手で温めない?」

シン君が楽しそうに提案してくれた。


二人で、二つの五円玉をしばらくレモン汁に浸し、

洗い流して綺麗に拭いた。

「ピカピカ!」

「前の方を俺が温めるからね」

お互いの手の熱をぎゅっと五円玉に閉じ込める。


両手の間の五円を温めながら、シン君がこちらをのぞいてきた。

「初めて会った時、俺のこと知ってたの?」

「うん」

「オーディションのこと聞いてきたから、

 なんとなくそうかなとは思ってたけど」

「ありがとうございました。

 おかげさまで、なんとかやっていけるようになりました」

「本当によかった」

「仕事がいくつか決まって、ここにも引っ越せるようになって……」


私も両手で五円玉を感じていた。

「ご実家は?」

「ここの近くですが今はもうなくて。

 中学の頃、母が亡くなって、父は……他の家族ができたようです」

「そうだったんだ……」

シン君の声が低くなる。

「シン君は南のご出身ですよね」

「うん。家族はみんな向こう。大勢の兄弟も全部実家の近くなんだ」


そう言いながら、彼は重ねた手を棚に向けた。

「あの、もしかして……お母様のご位牌?」

「はい」

「俺、ご挨拶してもいい?」

「ありがとうございます」


シン君は立って、姿勢を正し、丁寧に手を合わせた。

「ユキさんのお母様。大山シンと言います。

 これからユキさんのこと、本当に大切にします。

 どうぞよろしくお願いします」

彼は深々と頭を下げてくれた。

胸の奥が熱くなる。

「本当にありがとう」

ちゃんと向き合ってくれる人。

こんなにもまっすぐな人。

「いつか、お墓参りも行きたいな」

「うん」

今まで、いないものみたいに扱われることの方が多かった。

雑に扱われるのが普通だった。

ここまで丁寧に、大切にしてもらうのは初めてで。

「こんなに良くしてもらったこと、なくて……」

「そうかな。

 俺も、他の人にはあんまりこんなことしないけどさ」

ふふ、と笑って、額をくっつける。

そして、お互いの手で温まった五円玉を

彼の手と私の手で包み込む。

ジンジンと、金属を通して彼の高い体温が伝わってくる。

「はい、これ」

「……ありがとう。俺のも」


十分にお互いの熱が移った五円玉を、ゆっくりと交換した。

シン君は私の五円玉を

まるで宝石でも扱うみたいに大切そうに眺めた。

それを自分の財布の、

一番奥にあるカード入れの隙間にそれを差し込む。

私も、またリボンをかけて、棚の元の位置に戻した。

「……これで、交換成立」

シン君は満足そうに笑って、そのまま私の指を絡めとった。

「なんだか、本当につながった気がする」

冗談めかした口調だったけれど、

その瞳の奥には、吸い込まれそうなほど深い光が宿っていた。


小さなソファに並んで座る。

「……映画とか、見ますか?」

「こんな時、どうしていいかわかんないね」

「シン君は明日、何時から?」

「朝8時」

「早っ! もう帰って寝ないと?」

「え……帰らなきゃダメ?」

「ダメじゃないですか?」

「ちょっと、さっきからまた敬語混ざってるから!」

わちゃわちゃ笑いながらも、胸の奥がドキドキしていた。

視線に気づいたのか、シン君が手を握ってくれた。

「なんか、緊張するね」

大きくて白い手が頬に触れる。

やさしいキス。

指がネックレスに触れて、くすぐったくて笑い合う。


「ねえ、明日のドラマ、ユキが俺の背中拭くシーン出るよ」

「早いねー」

「それもここで一緒に見たい」

「仕事は遅くまでじゃないの?」

「七時には終わる。ユキは?」

「私は大丈夫だけど……」

「じゃあ決まり」

当たり前みたいに「来る」と言うのが、嬉しい。


笑顔で彼を見ていたら

--突然、ぎゅっと抱きしめられた。

「ユキが他のドラマでキスシーンとかやったら、

 俺、絶対、耐えられない」

「……そんなにないし、大丈夫だと思うけど」

未来のことに嫉妬する彼が、愛おしい。

「それに、他の人だとあんな風にならないよ。

 シン君とは、本当にキスすることばっかり考えちゃったけど……」

その瞬間、強くキスされた。頬、口元、瞼、鼻先。そのままソファに倒れ込む。抱きしめたまま、少し離れてこちらを見る。

「今日、ベッドで一緒に寝てもいい?」

「……」

「何もしないから」

「……」

「一瞬でもそばにいたい」

「いいよ」

「ありがとう!」

眩しい笑顔のまま、手を引かれてベッドへ。

布団の中で抱きしめ合う。

「いつもの石鹸のいい匂い」

「そう?」

耳元に鼻を寄せられて、また強く抱きしめられる。


疲れているのに、眠りたくない。

話していたくてしょうがなかった。

「俺、四人兄弟の三番目で。いつもいてもいなくても変わらない感じだった」

「そうなの?」

「周りがすごくうるさくて。

 二段ベッドの下だけが自分の場所だった。

 ずっと布団かぶって

 兄貴の使わないパソコンで曲作ってたんだ」

「知らなかった」


もしかすると、彼は彼なりに大変で、

自分を守って生きてきたのかもしれない。

ふと、十年前から大人びていたシン君の表情を思い出す。

「だから、こうやって布団の中に誰かといるの、嬉しい」

胸がぎゅっとする。

「ユキは?」

「母が亡くなって、父も帰ってこなくなって。

 給食だけが生きがいの中学生だった」

「泣けてくる……」

強く抱きしめられる。


今までの自分達の話、好きだったものの話。

相手の話が聞きたくてしょうがなくて。

時間があっという間に過ぎていく。

明け方までお話して、仕事に行くぎりぎりまで眠った。


朝はおにぎりを持って、慌てて車へ向かうシン君。

私も急いでお風呂に入り、準備をして仕事へ。

仕事の合間に何度かメッセージをやり取りする。

——九時に、そっちに帰るね。

その一文が、胸を温かくした。


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