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第23話 丑三つ時の逢瀬

 深夜二時。

スマホが震えた。

「もしまだ起きてたら、少し外で星を見ない?」

卓球台の部屋から外を見ると、

月明かりの下、庭園のベンチに

シン君が腰掛けているのが見えた。

返事を打つ余裕もなく、

私は急いで一階へ降り、

静かに外へ出た。


シン君がこちらを見て、驚いた表情をする。

「来てくれたんだ」

「うん、ちょうど見えて」

「嬉しい!!」

庭園の東家のベンチは、

少し冷たくて、心地よかった。

二人で池を眺めながら、腰を下ろす。


「やっと、二人きりになれたね」

シン君が、にっこり笑う。

小さくため息が漏れる。

その美しい頬が、私の方へ近づいてくる。

目の前まで顔を寄せ、

じっとこちらを見つめたまま言った。

「顔、ゆっくり見たかった」

「……ふふ。私も」

照れくさくなって、視線を下に落とす。

すると、

シン君の声が、少し低く、優しいものに変わった。

「前に話してた、いろんなお返し……今、もらってもいい?」

「え?」

胸が跳ねて、思わず顔を上げる。

「頬に触ってもいいかな?」

真っ直ぐな視線に、

私は小さく笑って頷いた。

「そんなの、もちろんいいけど……」

その瞬間、

シン君は顔をくしゃっとさせて笑った。


大きな身体がこちらに

そっと近づく。

ゆっくりと、

彼の指が私の頬をなぞる。

今度は両手で、そっと包み込まれる。

「ユキちゃんのほっぺ、ふわふわで気持ちいい」

緩やかなカーブに沿って、

手が頬から首筋へと滑る。

「……ひゃっ」

思わず声が漏れた。

シン君は、

顔を真っ赤にして、眉をひそめたまま固まっている。

(……すごい。こんな表情、するんだ)

照れているような、

何かに必死で耐えているような顔。

「……抱きしめてもいい?」

一つ一つ、確かめるように聞いてくれる。

胸がきゅっとして、私は小さく答えた。

「うん」


大きな腕に、すっぽりと包まれる。

浴衣越しに、

シン君のブラックベリー系の香りがした。

「ユキちゃんに、会いたかった」

力のこもった腕。

柔らかな頬が、耳に触れる。


「私も……会いたかった」

肩に顔を埋められたまま言うと、

彼は「ふう……」と小さく息をつく。

「……キス、してもいい?」

余裕のなさそうな、真っ赤な顔。

私は、こくりと頷いた。

シン君は両手で私の頬を包み、

そっと顔を寄せてくる。

唇が、重なる。

優しくて、温かくて、

ゆっくり唇の上を伝っていく。


彼の呼吸が近くて、

胸の奥が締めつけられる。

目を開くと、シン君は真っ赤な顔で目を細めていた。

暗い森と、星空が、二人を包んでいた。

月明かりが、夜の庭園を淡く照らす。

シン君は、しっかりと私の手を握ったまま言った。

「会えなかった時間が、

 すごく長く感じちゃって」

「お仕事、忙しかったの?」

「うん。立て込んでたけど……

 ずっと、ユキちゃんのことしか考えられなかった」

「ふふふ」

シン君の長い腕が、

ふわっと伸びて、私を包み込む。


そのまま、顎の下に頭を擦り寄せてくる。

「もう、ずっとこのままがいい」

横顔の鼻筋と、

伏せたまつ毛が、月明かりを反射する。

思わず、両手でそっと撫でてしまう。

首筋を伝い、鎖骨に触れる。

「……本当に、綺麗」

私は、そのまま、

大きくて真っ白な彼の指に触れる。

少し深爪の、丸い指先まで綺麗で、

見つめて、撫でて……

気づいたら、

その手に、そっとキスをしていた。


「……んー」

シン君の息が、漏れる。

そして、彼は拗ねたように睨む。

「ちょっと……そんなことされたら、

 ドキドキするでしょ」

「そう?」

私はおどけてみる。

ニヤニヤが止まらない。


一度、彼は身体を離すと、

私の目元と頬にキスをした。

そして、首、鎖骨、腕へと――。

「きゃ……ちょっと……!! 私、そこまではしてないよ」

「ふふ。おんなじだよ」

いたずらっ子みたいな顔で、

シン君は見上げてくる。


私の手を握ったまま、じっと眺めて言った。

「……可愛い手」

シン君が、今度は私の身体を横に引き寄せ、

後ろから思いきり、ぎゅっと抱きしめてきた。

手だけが離れたと思った次の瞬間、

首元が、ふっとひやりとする。


指先で鎖骨に触れてみると、

月明かりに、キラッと硬いものが光った。

「……わ。雪の結晶だ」

「ユキ、だから」

「ネックレス……くれるの?」

「うん。どうしても、あげたかったんだ」

後ろで金具を留めてくれた手が、

また強く、抱きしめてくれる。

耳の後ろに、シン君の息がかかっていた。


「私だけがシン君を好きで、

 もし前のことが夢だったらどうしようって、ずっと思ってたの」

「……ちゃんと、俺の方が好きだよ」

幸せなはずなのに。

関係に名前がない不安が、

胸の奥をわずかに濁らせる。

その微かな曇りを、シンは見逃さなかった。

「あれ……気に入らなかった?」

「まさか!すごく嬉しい!!本当にありがとう」

「本当?」

「絶対宝物にする!

 私がお返ししたかったのに、もらってばっかでいいのかな」

「俺があげたかったから」

私の声色に気づいたのか、

シン君はまだ不思議そうな顔をしている。

少し迷ってから、私は彼の方を見た。


真剣な表情で、頬はまだ赤いままだ。

勇気を出して、聞いてみることに決めた。

「あの……私……

 シン君の彼女になっても、いいのかな?」

「……え?」

シン君が、驚いたようにこちらを見る。

「なんで?

 海辺で、彼女になってくれたんじゃ……」

「付き合うって話、してたっけ?」

「……え……」


シン君の顔が、みるみる青ざめていく。

「俺……

 もうあの日から、付き合ってると思ってた」

「ふふふ……なら、よかった」

そう言うと、

シン君は、さらに近づいてきた。


「ちゃんと、言葉にしてなかったかも」

両手を、ぎゅっと握られる。

「ユキ。俺と、付き合ってくれる?」

「……うん」

「絶対に大切にするから。離れていかないでね」

「ふふふ」

二人で、笑顔で抱きしめ合う。

浴衣の糊のきいた感触。

胸元に触れる、雪の結晶。

温かくて、大きな腕の温度。

――この時間が、少しでも長く続いてほしい。


「ねえ、今度ユキんち、連れてって」

「……でも……」

「まだ、東京の最果てに住んでるの?」

「……よく覚えてるね」

「うん。言い回しが面白くてさ。 メモしたんだ」

「ええ?」

「いい言葉集めるの、趣味だから」


甘い息遣いと、その言葉が、胸に落ちる。

「最果てのお家、行ってみたいな」

「狭いアパートだよ」

「すごくいい。

 全部、ユキちゃんの匂いがしそう」

「……え?」


思わず胸元の浴衣をつかんで、匂いを嗅いでしまう。

「……石鹸みたいな、いい匂いする」

「……」

彼の鼻が私の首筋にそっと当たる。

優しい夜の闇の中で、

私たちは、確かに、恋人になっていた。


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