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第22話 生まれて初めての輝く季節

 撮影がすべて終わり、ドラマはクランクアップを迎えた。

私の最後のシーンは、主要メンバーとは別で、

凛子のカウンセリングの場面だった。

長かった撮影の日々は、驚くほど穏やかに幕を閉じた。

シン君の撮影も、先に終わっていた。

家でいただいた花束を丁寧にいけてみる。

ソファに腰掛けて花を眺めながら、

私は静かに息をついた。


大変なことも、たくさんあった。

(リカ、色々あったけど、

 皮肉なことに、あなたのお陰でシン君と仲良くなれたよ。

 だから、もう恨んだりはしない。

 どうか、誰かを傷つけることはやめてね。

 あなたはあなたの場所で、自分を大切にしてね)

心で祈る。


そしてやっぱり、このドラマがあったから、再会できた。

シン君と。

撮影中も、それ以外でも。

彼との時間は全てが最高だった。

素敵なことだけじゃなくて、

思わず笑ってしまうような出来事も。

クランクアップを迎えた今も、私はMUSEの曲を流している。


 何回転んでも、

 立ち上がれるよ

 楽しい日が必ずある

シン君の歌声に

私は相変わらず背中を押されていた。


そんな“遠い存在”だった人と、

まさか、明日から温泉旅行に行くなんて。

嬉しさで、頭の中は沸騰寸前だった。

まっすぐな告白。

それに応えるように、私も気持ちを伝えた。

……あれ?

そこで、ふと立ち止まる。

私たち、

付き合う……って話、したっけ?


今の関係って、一体何なんだろう。

好きって伝え合っただけだったような気がする。

普通、その後ってどうするんだろう。

考えてみれば、

リカの件以外で、

まともに連絡を取り合っていなかった。

私もドラマ以外の仕事があったし、

彼は、きっとそれ以上に忙しかったはずだ。


本当は。

ちゃんと恋人として認められたいし、

彼氏になってくれたら、嬉しい。

でも、わかってる。

彼は、アイドルだ。

恋人を持つなんて、

きっと簡単なことじゃない。

私から、勝手なことは言えない。


推しとして崇めてきた人を、

こんなに近くで見られるだけで、十分すぎるほど幸せなのに。

それでも――

気持ちは、どんどん大きくなっていく。

でも、期待しすぎても仕方がない。

(本当に、この瞬間をありがたいと思って、

 楽しむしかない)

無理やり、強く心に決める。

私は胸の奥のざわめきを抱えながら、

一泊二日の温泉旅行の荷物をまとめた。


-------

 土曜日の朝早く。

待ち合わせ場所は、

山手線沿線とは思えないほど

人の少ない駅のロータリーだった。

サングラス姿のシン君が、堂々と車を停めていた。


私が一番乗りだった。

「おー!ユキちゃん、来たねー!」

助手席の、帽子と眼鏡をかけたノア君が振り返る。

「車出してくれてありがとう!」

「普通にJRの出口から来てびっくり」

シン君は驚いた顔でこちらを見た。

「私、普段から電車ですよ」

「そんな格好で、バレないの?」

「全然」

今日はノア君のコスプレではなく、

帽子にメガネ、シンプルなワンピース。

二人とも、少し意外そうに私を見ていた。


そこへ続いて、本田さんが乗り込んでくる。

「チノパンと白シャツって!私服もちゃんとしてる感!」

ノア君がすぐに反応した。

「もしや白衣の中と、同じ格好なんじゃ……!」

シン君の冗談めいた言葉に、

「バレた?」

と、本田さんも乗っかる。


みんなの笑い声が弾ける。

「それより、あとでシン君の腕、見せてくださいよ」

「もう治りましたって!」

「本当かな……?」

優しくて、さりげない気遣い。

本田さんの紳士的な空気に、

アイドルの二人までも

自然と好感を寄せているのが伝わってくる。

サキとミナコも乗り込み、ドアが閉まった。

車はそのまま、静かに走り出した。


走り出した途端、会話は止まらなくなった。

仲間――

そんな言葉が、自然と浮かぶ。

こういう関係性も、実は初めてだった。

嬉しくて、ワクワクしてしまう。

気楽に話せて、気遣いたくなる相手がいること。


中学の頃も、高校の頃も、

地味な私はいつも輪の外にいた。

部活やサークルの仲間。

そんな存在に、ずっと憧れていた。

その「憧れの場所」に、

まさかシン君とノア君がいるなんて。

遅れてきた青春みたいで

胸の奥がくすぐったくなる。


道中、小さなサービスエリアに立ち寄った。

「見たことないお菓子ある!」

「食べてみよー」

本田さんとサキが、楽しそうにカゴへ放り込んでいく。

お菓子やジュースを選ぶだけなのに、どうしてこんなに楽しいんだろう。

重いものを率先して持ってくれる男性陣。

ミナコとサキは、大判焼きまで買っていた。

私が楽しみにしていたおやきを手に取ると、

「一口ちょうだい!」

シン君が、当たり前みたいにやってきて、

私のおやきを一口かじる。

首を傾ける角度。

歯が見える距離の近さ。

胸が、きゅっと跳ねた。

「やっぱ、野沢菜だよね」

そう言って、にっこり笑う。

(好みが一緒!)

それだけのことなのに、

心臓が勝手に騒ぐ。

一緒に並んで車まで歩くだけで、こんなに楽しいなんて。


少し前では、ノア君の冗談に、ミナコが大笑いしていた。

「私、こういうの本当に人生で初めてで……楽しくて」

ぽつりとそう言うと、

シン君は少し考えるような顔をしてから答えた。

「俺も。

 グループでの合宿と地方ライブはあるけど……

 女子とは初めてかも。部活もしてなかったし」

「フェスとかで、

他の女性アーティストさんと仲良くしてるイメージでした」

「全然。去年まで宿舎だったし、

 マネージャーか警護が必ずついてて、

 見張りもすごかったんだよ。

 今年の春から、やっと一人暮らしできて、緩くなって」

「女の子達に追いかけられてましたし……

 厳戒態勢だったんですね」

「見られたもんね」

顔を見合わせて、笑う。

そしてまた、大きな車に乗り込んだ。


-------


 東京を出て、二時間半。

山道を登った先。

温泉宿のゲートをくぐった瞬間、思わず息をのむ。

敷地内と車を走らせると、

大きな庭園の中に、小さな古民家が点在していた。

「……すごい」

シン君は「古いだけだよ」と言っていたけれど、

どう見ても、造りも佇まいも荘厳だった。

「あの……これ、すごいお値段なんじゃ……」

「五千円だって」

「本当ですか?」

シーズンオフのせいか、全然、人も見当たらない。

「ペンションの、旅館バージョンですね」

「ここまで人目につかない施設があるなんて……」

サキと本田さんも、驚きを隠せない様子だった。


「よく来るんですか?」

ミナコが少し心配そうに尋ねると、

途中で運転を代わっていたノア君が首を振る。

「初めてだよ。

 この前、芸能界の先輩が“家族で使ってる”

 って教えてくれたんだ」


予約してくれていた一棟の古民家の横で、車を降りる。

「すごい……空気も綺麗ー!」

伸びをするサキ。

扉を開けると、

一階には、レトロなソファが並ぶ洋室と、大きなお座敷。

奥には、趣のある床の間があった。

「わあーかわいい!」

「写真撮ろう!」

荷物を置いてすぐ、撮影会が始まった。


二階は一転して現代的で、

広いスペースに卓球台。

奥が女性陣の部屋になっていた。

どこから見ても、外の景色が綺麗に見える。

大きなテレビには、カラオケが。

一階のバスルームの奥には、露天温泉がついていた。


大きなお座敷で、すぐに昼食が用意された。

「食事前で申し訳ないけど、ちょっと失礼」

そう言って、本田さんがシン君の袖をそっとまくる。

「わ、急に?」

驚くシン君をよそに、

本田さんは腕を確認し、ほっとしたように頷いた。

「大丈夫ですね。これなら傷跡もすぐ消えます」

「本当に、擦っただけでしょ?」


シン君の笑顔に、全員が安心する。

「きちんと対処してくださったと聞きました」

サキが深く頭を下げた。

「ユキのこと、助けてくださって

 ……本当にありがとうございます」

「ありがとうございます」

私も、改めて頭を下げる。

「いやいや」

「ノア君も、動画残してくれたって……」

サキが言いかけると、ノア君が明るくかぶせた。


「いいんだって!もう全部忘れて、楽しもう!」

そう言って、ビールを掲げる。

「乾杯しよー!」

「お疲れさまー!!」

「かんぱーい!」

季節の川魚と、野菜中心の料理。

私にも食べられるものばかりだった。

溢れるビールと、みんなの笑顔。


この光景が、すごく大切なものに思えた。

ノア君はまたカメラを回していて、

ミナコも、彼を撮ろうとスマホを構えている。

「ほら、二人こっち向いて」

そう言って、私は二人を一緒に撮った。

「わあ!ユキ、ありがと!」

ミナコが目を細めて笑う。


-------


 食後、男女に分かれて温泉へ。

最初は少し熱く感じたけれど、

すぐに、じんわり浸かれる温度だとわかった。

「やばい……」

「最高のロケーション」

ミナコとサキも、うっとりしている。

「こんな綺麗なお宿だと思わなかったね。さすがMUSE」

サキの言葉に、ミナコと一緒に大きく頷いた。

「明日どうする?

 庭の先に神社があるって聞いて、写真撮りたいな」

私が言うと、二人はそれぞれ別の予定を口にした。

「滝があるって聞いて。

 私はノア君と行こうかって話してたんだけど」

「私は本田さんと、道の駅でお土産買いに行きたい」

顔を見合わせて、笑う。

「みんな、それぞれ好きな方に行こうよ」

「そうだね」


三人で、天井を見上げた。

「すごいね……やっと来れたね、温泉旅行」

「念願の……」

「見て!肌、めっちゃすべすべ!」

はしゃぐミナコ。

「腰痛にも効いてる気がする」

サキも笑う。

「まさか、サキの彼氏とMUSEまで一緒にいるなんて」

「うちらさ、絶対、前世で、どこかの国救ったんじゃない?」

「ははは」

幸せそうな二人の横顔を見て、

私の胸も満たされていた。

――シン君に、

いろんな意味で、ちゃんと恩返しをしなきゃ。

そう、静かに心に誓った。


-------

女性陣と交代で、男性陣がお風呂に入っていった。

「ちょっと荷物まとめてくるね」

そう言うと、ミナコとサキはすぐに二階へ上がっていった。

私は一瞬、景色に見惚れて、洋室の窓から外を眺めていた。


その時。

「こんなに短くても、髪って結べるんだね」

振り向くと、シン君がすぐ後ろに立っていた。

簡単に乾かした髪が浴衣にかからないよう、

私が高い位置で結んでいたのを、まじまじと見ている。

「自分で結んだり、誰かの見たりしないの?」

「うん。男兄弟だったし、あんまり……」

「ノア君、たまに結んでると思うけど」

「あいつのこと、全然見てないから気づかなかった」

ワハハ、とシン君が笑う。


次の瞬間、

彼の指が、首筋と髪の境目にふれた。

息が、止まる。

鼓動が、はっきり音を立てた。

「……なんか、珍しい眺めで、かわいい」

「シン君、ちょ……誰かに見られたら……」

「へへ」

彼はすっと手と顔を離し、

にっこりとした表情でこちらを見る。

「自分でも不思議なんだ。制御できなくて」

「……え?」

「するっと手が伸びちゃうし、

 体が近づいちゃう。ユキちゃんに」

そう言いながら、

彼の掌が、私のうなじを包み込んだ。

「……う」

恥ずかしくて、思わず俯く。


「いい匂いする」

「シン君……」

「ふふ。こうやって、

 見たことない姿が見れて、嬉しいな」

彼は周囲を一瞬見渡してから、

ふわっと、私を抱きしめた。


「また後でね」

そう言い残して、

お風呂の方へ戻っていく。

私はその場で、完全に固まっていた。

顔だけじゃなく、

身体中が熱かった。

(こういう甘いこと、普段しなさそうなシン君だからこそ……

 破壊力、半端ない……)


 二階へ上がると、

サキもミナコも、缶チューハイを手ににっこり笑っていた。

「男の子たち出てきたら、卓球大会でしょ!」

ペアで白熱した卓球大会をして、全員で笑い転げた。

夕食後も、もう一度温泉に入った。


お風呂から出ると、

ソファではすでに男性陣が焼酎を手にしていた。

お菓子も開けて、ワイワイ飲み会が始まる。その時、

ノア君が部屋のシャンデリアの灯りを少し落とした。

「よっしゃー!いくぞー!

 『SUMMER DIVE』!!」

マイクを手に叫ぶ。

「きゃあああ!」

ミナコが喜びで倒れそうになっていた。


「こんなところで、歌っていただいちゃって大丈夫なんですか?」

本田さんが驚いてシン君に聞く。

「こいつ、基本どこでも歌うタイプなんで。大丈夫ですよ」

シン君は、にっこり笑った。

私が座っていた席は、シン君から少し離れていたのに、

彼が一瞬、ウインクをしてくれた。

驚いて、梅酒を落としそうになりながら、

必死でポーカーフェイスを保つ。

(……こういうことする人だったなんて……!!)

完全に、こっちが翻弄されていた。


みんなそれぞれ曲を入れていたけれど、

私とサキとミナコは、ずっと三人でMUSEの曲を歌っていた。

「三人とも上手だよ。

 すっごく可愛い声で歌ってくれて、ありがとう」

天才プロデューサーのシン君に褒められて、

全員で大喜びする。


「本田さんまでMUSE歌えるなんて!」

ノア君は口を押さえて驚いていた。

「サキちゃんに好かれたくて覚えたら、

 かっこよくてハマりました」

「本当にいい人すぎる!!」

シン君とノア君は、彼に握手を求めていた。


シン君が歌う知らない人の曲も素敵で、メモをしてると。

「今の曲、好きだった?」

彼が覗き込んできた。

「うん!シン君の、低い声にすごく合ってた」

「ふふ。後で送るよ」

「ありがとう」

肩が、ほんの少し触れる。

視線を落とすと、

彼の真っ白で柔らかそうな指が見えた。


緊張で、腕や肩、胸の奥が小さく震える。

――昔、サキが言っていた。

『好きな人が現れると、腕が痺れるんだよ』

これが、その痺れなんだと、

はっきりわかった。


ノア君のカラオケの最中。

「みんな寝てから少しでも会えたらいいな」

シン君が耳元に近づいてきて囁いた。

「うん。できたらいいね」

ユキは、

みんなの笑顔に囲まれながら、

生まれて初めての痺れを、そっと抱きしめていた。


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