第六話 守る者
王都の夜は静かだった。
昼間の喧騒が消え、街は眠りに包まれている。だが、その静けさは本当の意味での安らぎではない。夜の闇は、昼には動かない者たちの時間でもある。
影は音もなく動き、目的のために進む。
守る者と、奪う者。
そのどちらもまた、同じ夜の中に存在していた。
リディアは油屋で最後の買い物を終え、帰り支度を整えていた。
蒼月亭へ戻る準備は、すでに整っている。
それでも――心に残るものがあった。
油の入った容器を袋に収め、口をしっかりと縛る。
これで買い出しはすべて終わった。
香辛料。
金具。
油。
蒼月亭に必要な物は揃った。
リディアは宿の部屋で荷物を確認し、静かに座った。
問題はない。
明日の朝には出発できる。
それで終わりのはずだった。
「……」
窓の外を見る。
王都の夜は静かだった。
だが、その静けさの裏で何が起きるのかを、彼女は知っている。
ダリウスの顔が浮かぶ。
騎士団の詰所で見た姿。
部下に指示を出し、状況に向き合っていた。
(大丈夫だと思うけど……)
小さく思う。
ダリウスは強い。
簡単にやられるような男ではない。
それでも――
胸の奥に残る感覚があった。
それは理屈ではない。
ただの感覚だった。
かつて守れなかった経験がある。
その時も、きっと大丈夫だと思っていた。
だが、結果は違った。
「……」
リディアは目を閉じた。
そして、小さく息を吐く。
「仲間だもんね」
それだけ呟いた。
立ち上がる。
帰り支度はすでに終わっている。
あとは、夜を待つだけだった。
深夜。
王都は完全に眠りについていた。
リディアは建物の影を伝い、城へと近づく。
正面から入るつもりはない。
人の目が届かない場所を選び、壁を越える。
足音はない。
気配もない。
城の内部へ侵入する。
廊下は暗く、静まり返っている。
その時――
金属音が響いた。
剣がぶつかる音。
「……」
リディアは音の方向を見た。
(向こうね……)
迷うことなく進む。
音は奥の方から聞こえてくる。
やがて、光が見えた。
王の寝室へと続く廊下。
そこに――ダリウスがいた。
扉を背にし、剣を構えている。
その前には、黒ずくめの男達。
数は多い。
床には、倒れた兵士たちが横たわっていた。
動かない者もいる。
ダリウスは一人だった。
「はあっ!」
剣を振るい、一人を退ける。
だが、すぐに別の男が前に出る。
(入口を守りながらはキツイわね……)
リディアは状況を把握する。
ダリウスは退けない。
扉の前を離れれば、その先に侵入される。
だから、その場で戦い続けるしかない。
体力は確実に削られていく。
このままでは――
(助けないと……)
リディアは動いた。
暗闇の中を進む。
音は立てない。
最も後ろにいた男へ近づく。
一瞬。
剣を抜く。
閃き。
男が崩れ落ちる。
「ん?」
ダリウスが異変に気づく。
黒ずくめの男達が振り返る。
「誰だ!」
「どうした!?」
混乱が広がる。
リディアは止まらない。
次の男へ。
動きは無駄がない。
確実に一人ずつ減らしていく。
「くそ!」
男達は混乱していた。
敵の位置が分からない。
その隙を、ダリウスは見逃さなかった。
「はあああっ!」
剣を振るい、前の男を倒す。
数が減っていく。
均衡が崩れる。
戦況は一気に変わった。
ダリウスが最後の一人へ斬りかかった時――
その瞬間。
暗闇の中に、黒ずくめの影が見えた。
剣を持つ姿。
その動き。
(あの動き方……)
見覚えがあった。
(うちの団員にはいない……)
そして――
(……まさかリディアか?)
だが、確信する前に影は動いた。
最後の敵が倒れる。
静寂が戻る。
ダリウスは息を整えながら言った。
「誰だか知らんが助かった。ありがとう」
沈黙。
暗闇の中から、声が返る。
「仲間は見捨てない」
短い言葉。
それだけだった。
影は背を向け、歩き出す。
止めない。
止める理由もなかった。
影は闇の中へ消えた。
ダリウスはしばらくその方向を見ていた。
そして、小さく笑った。
「リディアのやつ……」
その声には、感謝が込められていた。
王都の夜は終わった。
守る者は守り、奪う者は倒れた。
誰にも知られず。
誰にも称えられず。
ただ、そこにいた者だけが知っている。
リディアは城を後にした。
彼女の役目は終わった。
蒼月亭へ戻るために。
仲間の待つ場所へ戻るために。
夜の影は、静かに消えていった。




