第五話 影からの報せ
影は、光の届かない場所を選ぶ。
王都の表通りは賑わいに満ち、人々の生活は変わらず続いている。だがその裏側には、人目を避けて動く者たちがいる。
誰にも知られず。
誰にも見られず。
ただ目的のためだけに動く者たち。
そしてまた、それを見つける者もいる。
追う者もまた、影の中にいる。
リディアは、黒ずくめの男の後を追っていた。
それは依頼でも任務でもない。
ただ、自分の目で確かめるためだった。
黒ずくめの男は、迷うことなく路地を進んでいた。
その動きには無駄がない。
王都の地形を把握している動きだった。
リディアは距離を保ったまま追う。
足音は立てない。
気配も消す。
男は振り返らない。
やがて男は一軒の建物の前で立ち止まり、周囲を確認した後、扉を開けて中へ入った。
リディアはすぐには近づかない。
少し間を置き、静かに建物の側面へ回った。
窓は高い位置にある。だが、わずかに開いていた。
リディアは壁に身を寄せ、中の様子を覗いた。
そこには、数人の黒ずくめの男達がいた。
全員が同じ装束を身に着けている。
一人が口を開いた。
「明日の夜決行だ」
低い声だった。
別の男が続ける。
「王と王女以外は目もくれるな」
短い沈黙。
そして、はっきりと言った。
「確実に仕留めろ」
室内の空気が張り詰める。
誰も異論を挟まない。
それは、すでに決まったことだった。
リディアは黙って聞いていた。
表情は変わらない。
だが、その言葉の意味は明確だった。
暗殺。
それも、王を狙ったもの。
「……」
小さく息を吐く。
(物騒ね……どこも一緒ね)
静かに思う。
驚きはない。
ただ、確認しただけだった。
それ以上聞く必要はない。
リディアはその場を離れた。
音を立てず、来た道を戻る。
誰にも気づかれていない。
建物から十分に距離を取ったところで、歩みを緩めた。
通りはいつも通りだった。
人々が歩き、店が開き、日常が続いている。
だが、その裏で何が起きようとしているのかを、知る者は少ない。
リディアは空を見上げた。
夕方にはまだ早い。
時間はある。
「ダリウスは知ってるのかしら?」
小さく呟く。
王都の兵をまとめる立場にある者なら、何か掴んでいる可能性はある。
だが、確実ではない。
リディアは少し考えた。
そして、小さく息を吐く。
「……私もお人好しね」
呟く。
足の向きを変えた。
騎士団の詰所がある方向へ。
騎士団の詰所は、王都の中心部近くにあった。
石造りの建物。入口には兵士が立っている。
リディアは近づかず、離れた位置から様子を見た。
中庭が見える。
そこに、ダリウスの姿があった。
部下たちに指示を出している。
真剣な表情。
周囲の兵士たちも緊張している様子だった。
リディアは周囲を確認した。
誰も自分を見ていない。
彼女は紙を取り出した。
簡潔に書く。
場所。
人数。
決行の時期。
それだけで十分だった。
近くに落ちていた小さな石を拾う。
紙を巻きつける。
しっかりと固定する。
ダリウスの位置を確認する。
距離。
風向き。
角度。
一瞬だけ目を細める。
そして――投げた。
石は音もなく飛び、中庭へ落ちる。
ダリウスのすぐ近くに。
「誰だ!」
ダリウスが即座に反応する。
周囲の兵士たちも警戒する。
ダリウスは石を拾い、巻きついた紙に気づいた。
広げる。
目を通す。
一瞬、表情が止まる。
周囲を見回す。
だが、すでにリディアの姿はない。
人混みの中に紛れていた。
ダリウスは紙を握りしめ、小さく呟いた。
「……誰だか知らんが、ありがとう」
その声は、誰にも届かなかった。
王都の影の中で、計画は動いていた。
それは明日の夜。
確実に実行されるはずのもの。
リディアはそれを知り、そして伝えた。
名を明かすことなく。
姿を見せることなく。
それで十分だった。
彼女の役目は、蒼月亭へ戻ること。
それは変わらない。
だが、王都の中で、ひとつの流れが動き始めていた。
影の中で。




