第七話 帰る場所
夜が明ければ、すべては日常へ戻る。
どれほど激しい戦いがあったとしても、朝は変わらず訪れる。街は動き出し、人々は昨日と同じように生活を始める。
知らないままの者もいる。
気づかないままの者もいる。
それでも、守られたものは確かに存在していた。
リディアは宿の部屋で、静かに荷物を確認していた。
王都での買い出しは、すべて終わっている。
あとは、帰るだけだった。
蒼月亭へ。
窓から差し込む朝の光が、部屋の中を照らしていた。
リディアは袋の口を開き、中身をひとつずつ確認する。
香辛料。
金具。
油。
どれも問題ない。
蒼月亭で必要なものは、すべて揃っていた。
袋の口を閉じ、しっかりと縛る。
準備は整った。
リディアは部屋を出て、宿を後にした。
王都の朝は、すでに動き始めている。
商人が店を開き、人々が通りを歩いている。
昨日の夜に何があったのかを知る者は、ほとんどいない。
それでいい。
リディアはそのまま門へ向かった。
蒼月亭へ戻るために。
王都の門が見えてくる。
門の前には兵士が立っていた。
その中に、見覚えのある姿があった。
ダリウスだった。
腕を組み、門の様子を見ている。
リディアに気づくと、視線を向けた。
そして、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「リディア」
名前を呼ばれる。
リディアは足を止めた。
ダリウスは、真っ直ぐに彼女を見た。
そして言った。
「昨日は助かったよ」
その言葉に、リディアは小さく首を傾げた。
「何のこと?(^^)」
クスッと笑う。
その表情は、いつもと変わらない。
ダリウスはしばらく彼女を見ていた。
そして、ふっと息を吐く。
小さく笑った。
「……そうか」
それ以上は何も言わない。
リディアは軽く手を上げた。
「じゃあね」
そのまま門をくぐる。
振り返らない。
歩みは変わらない。
ダリウスはその背中を見送った。
そして、小さく呟いた。
「お前には敵わないな」
その声は、風に紛れて消えた。
街道は静かだった。
王都を離れ、平原を進む。
やがてオルフェンを越え、森へと入る。
木々の間を抜け、山道を進む。
足は迷わない。
蒼月亭への道は、すでに身体が覚えていた。
森を抜ける。
山道を登る。
そして――
蒼月亭が見えた。
修理された建物。
煙突から上がる煙。
帰る場所。
リディアはそのまま歩み寄った。
扉を開く。
「ただいま」
中にいたミレーヌが顔を上げた。
そして、柔らかく笑う。
「おかえり」
カイも振り返る。
「無事だったか」
リディアは頷いた。
袋を下ろす。
「頼まれた物、全部買ってきたよ」
ミレーヌが嬉しそうに袋を覗き込む。
「助かるよ」
カイも袋の中を見て、満足そうに頷いた。
「王都はどうだった?」
その問いに、リディアは少しだけ考える。
そして――
「楽しかったよ(^^)」
そう言って、笑った。
その笑顔は穏やかだった。
それ以上の言葉は必要なかった。
蒼月亭の中には、いつもの空気が流れていた。
変わらない日常。
それが、そこにあった。
リディアは王都から戻った。
買い出しを終え、蒼月亭へと帰る。
それが今回の目的だった。
王都で何があったのかを知る者は少ない。
知らなくても、日常は続く。
リディアもまた、何も語らない。
ただ、帰る場所へ戻っただけ。
蒼月亭という、守るべき場所へ。
影は去り、日常は続いていく。




