表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第二話 酒場の噂

夕方の王都は、昼間とは違う顔を見せる。


働き手たちは一日の仕事を終え、商人は店を閉じ、人の流れは酒場へと集まっていく。

酒場は単に酒を飲む場所ではない。そこには旅人、商人、兵士、職人――様々な立場の人間が集まり、それぞれの持つ話を落としていく。


噂は、風のように酒場を巡る。

真実も、嘘も、その区別がつかないまま。


だが、その中には確かに、見逃してはならないものも混ざっている。


リディアは王都の門をくぐった後、迷うことなく酒場へ向かった。


それは休息のためであり、同時に、この街の空気を知るためでもあった。

王都の石畳は、夕日の光を受けて赤く染まっていた。


店の灯りが一つ、また一つと灯り始め、人の流れは自然と夜の場所へと集まっていく。


リディアは通りを進み、一軒の酒場の前で足を止めた。


扉の隙間から、話し声と食器の触れ合う音が漏れてくる。


迷うことなく扉を開いた。


酒場の中は、すでに多くの客で賑わっていた。


商人、兵士、職人――様々な人間が席に着き、酒を飲みながら話している。笑い声もあれば、小声での会話もある。


リディアは壁際の空いた席に座った。


すぐに店主が近づいてくる。


「何にする?」


「食事と水を」


店主は頷き、すぐに離れていった。


リディアは周囲を見渡す。


酒場は情報の宝庫だ。


誰もが、無意識に何かを話している。


意識を向ければ、自然と声が耳に入ってくる。


「――聞いたか?」


近くの席で、男が低い声で言った。


「最近、貴族が動いてるらしい」


「動いてる?」


「詳しくは分からん。だが、妙な話が多い」


別の男が酒を口に運びながら答える。


「クーデターかも知れん、って噂もある」


「王様に反旗でも翻す気か?」


「さあな。だが、静かすぎるのが気味が悪い」


別の席でも声がする。


「該当しそうな貴族が、何人か消えてるらしい」


「消えた?」


「ああ。事故だとか、病死だとか言われてるが……」


男は声を落とした。


「暗殺部隊が動いてる、って話もある」


短い沈黙。


「証拠はない。ただの噂だ」


「だが、火のないところに煙は立たん」


リディアは黙って聞いていた。


表情は変わらない。


やがて料理が運ばれてくる。


パンと、肉の煮込み。


リディアは静かに口に運んだ。


味は悪くない。だが――


「……」


小さく息を吐く。


「姉さんの料理の方が美味しいわね……」


誰に聞かせるでもなく呟く。


蒼月亭の食事は、温かかった。


それを思い出しながら、リディアは食事を終えた。


周囲の話し声は、途切れることなく続いている。


真実かどうかは分からない。


だが、噂がここまで広がっている以上、何もないとは言い切れない。


「注意するに越した事はないわね」


小さく呟く。


食事を終え、席を立つ。


店主に代金を払い、酒場を出た。


外はすでに夜だった。


街灯の光が石畳を照らし、人通りはまだ途絶えていない。


リディアは通りを歩く。


その時――


気配を感じた。


視線を上げる。


屋根の上。


黒い影が、走り抜けていく。


速い。


一瞬だった。


音は、ほとんどない。


だが確かに、人だった。


「……」


リディアは立ち止まり、影が消えた方向を見る。


追うことはしない。


目的は買い出しだ。


それ以上でも、それ以下でもない。


「物騒ね……」


小さく呟く。


それだけ言って、再び歩き出した。


やがて宿の前に辿り着く。


灯りはついている。営業しているようだった。


リディアは扉を開き、中に入る。


今夜はここで休む。


明日は買い出しを終え、蒼月亭へ戻る。


それが今回の役目だった。


だが王都の空気は、静かに揺れていた。


見えないところで、何かが動いている。


リディアは何も言わず、宿の奥へと進んだ。

酒場には、多くの噂が流れていた。


貴族の動き。

暗殺の話。

消えた者たち。


それが真実かどうかは分からない。


だが、王都の空気は確かに変わっている。


そして夜の屋根を走る影。


それは、この街で何かが動いている証だった。


リディアはそれを追わない。


彼女の役目は、蒼月亭のための買い出し。


ただ、それだけ。


だが王都は、静かに牙を隠していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ